武術史料抄録



2019.3.21 日下開山武蔵守流
「古文書」を読むうえでもっぱら難しいとされるのは「行書・草書」の判読です,現代人にとっては見慣れない書体ですから,これが難しいとされるのは至極尤もなことでしょう,古文書を読んでみようと,いざ取り組んだことのある人は分ると思います,
けれども「行書・草書」を読むことばかりが古文書読解の難しさかといえばそうでもなく,これまた現代人にとってはあまり見慣れない「漢文体」も読解が難しいのではないでしょうか,

「漢文体」で書かれた古文書は,およそ楷書で書かれていることが多く,文字そのものはすらすらと読めるものゝ,はたして何を言っているのかさっぱりわからぬ,陳文漢文だという人も多いと思います,

句読点・返り点が無い,漢字のみを羅列した「漢文体」の読解は,現代人にとってたいへんな苦痛です,しかしこれを攻略せねば「漢文体」は読めませんし,ひいてはその古文書を理解することも出来ません,

「漢文体」をいかにして読めば良いのか,迂生は勉強を始めてさほどの月日も経っておらず,実に拙い読解しかできませんが,今日ほとんど知られていない『日下開山武蔵守流』という流儀を紹介致したく,これもまた勉強の一貫と思い推して乱文をさらすことに致しました,

『日下開山武蔵守流傳書:元禄十一戊寅年五月廿四日付』筆者蔵
日下開山武蔵守流兵灋一通之序,

夫文武者欲使天下為太平之政,
(夫れ文武なるものは天下をして太平の政を為さしめんと欲す,)
依然偏以文制民則劣癡不齊,
(然るに依て,偏へに文を以て民を制さは則ち劣癡齊しからす,)
将以武討罪則恐懼不穏,
(将に武を以て罪を討たんとすれは則ち恐懼し穏かならす,)
斯便曲直賢愚萬差各別,
(斯れ便ち曲直賢愚は萬差各別なり,)
故含文武兼用両道則無不和無不服,
(故に文武を含み両道を兼用すれは,則ち和ならさる無し服せさる無し,)
案彼慮此劒法者亦依天之霊妙乎,
(彼の慮を案するに,此の劒法なるものは亦た天の霊妙に依るか,)

予幼稚之昔志勵此道看百家之劒術,
(予[佐々木高成],幼稚の昔此の道に志勵し,百家の劒術を看る,)
更其利未詳,
(其の利を更むるも未た詳かならす,)
故發憤尋求此術年久矣,
(故に發憤し此の術を尋求すること年久し,)
于茲有日下開山宮本武蔵守者,
(茲に日下開山宮本武蔵守という者有り,)
察彼劒利誠似得水魚飛鳥之奇妙,
(彼の劒利を察するに,誠に水魚飛鳥の奇妙を得るに似たり,)

是以於九州肥後之國得幸結交懇望此一流,
(是れ以て九州肥後の國に於て幸ひ結交を得,此の一流を懇望す,)
于時武蔵守語予曰,
(時に武蔵守,予[佐々木高成]に語りて曰く,)
劒道者雖有陰陽之習,
(劒道なるものは陰陽の習ひ有りと雖も,)
而不能使初学者知之,
(而して初学の者をして之れを知らしむる能はす,)
故為以長短之両刀矣,
(故に長短の両刀を以て為す,)

予竊味之,
(予[佐々木高成],竊かに之れを味ふ,)
一刀有両刀,両刀有一刀,長有短,短有長,
(一刀は両刀に有り,両刀は一刀に有り,長は短に有り,短は長に有り,)
苟後君信斯者,豈於朝働百手於夕歩百足哉,
(苟くも後の君斯れを信すれは,豈に朝に百手を働かせ,夕に百足を歩ませんや,)
至必死位自可心明者也云〃,
(必死の位に至れは,自ら心明くへきものなり,云〃,)

右者先師之言也,予亦為此道之後胤,
(右は先師[佐々木高成]の言なり,予[佐々木高時]亦た此の道の後胤たり,)
旦暮考之,両刀一刀而長短一致也,
(旦暮之れを考ふるに,両刀一刀にして長短一致なり,)
左右之働得其自在,誠可謂得飛鳥之奇妙,
(左右の働き其の自在を得,誠に飛鳥の奇妙を得ると謂ひつへし,)
入此心術,傳此道人,
(此の心術に入り,此の道を人に傳へ,)
於積功者得天之冥加者也,
(功を積む者は天の冥加を得るものなり,)
請誠心不可疑而已,
(誠心に請ふ,疑ふへからす,而して已む,)
漢文体を読むときは,まづ全文を俯瞰し,徐々に細部に至る手順で文意を読み解きます,
何度も読み返して落ち着くべきところに落ち着いた結果が上に掲げた読解文です,但しまだまだ読解の経験が不足しており,確信の持てないところが数多あります,

難解な語句や古典の引用はあまり見られず,平易な文体であり読みやすいといえるのではないでしょうか,文意は充分に理解できると思います,


さて,「日下開山武蔵守流兵灋」とはいかなる流義なのか?,
さっそく「序」に従ってまとめると,
佐々木高成なる人物が幼稚のころより劒法の道を志励し,百家を詮索,長年研鑽をかさね,そして九州肥後において宮本武蔵守という人物に会い,一流を懇望し教えを受けて一流を開いた,といったことが書かれています,

流祖は佐々木高成という人物です,流儀の伝統は佐々木高時へと伝えられました,
後に佐々木高時はこゝに掲げた本傳書を著し,元禄十一年伏屋長左衛門へと傳授します,


佐々木高成,佐々木高時とは何者なのか?
これは一向に詳らかにできませんでした,大坂の人であったかもしれません,
というのも,傳授された伏屋長左衛門という人物は泉州万町の伏屋氏ではないかと考えられるからです,


以上のごとく「日下開山武蔵守流」について記してみたものゝ,どうも正体がよく分りません,史料が極めて少なく裏付けられる資料も見当たらない,しかし確かに存在していた,謎の多い流義です,