塗箱に書かれた歌
丈夫之弓上振起射都流矢手後將見人者語繼金
丈夫(ますらを)の弓ずえ振り起し射つる矢を、後(のち)見む人は語り繼ぐがね <笠朝臣金村鹽津山にて作れる歌>
金泥によって書かれたこの歌は、『萬葉集』に收められた一首。高田浪吉著『萬葉集鑑賞』の中で、「「語り繼ぐがね」は、語りつぐために、と譯すのであるが、「射つる矢を」は、「射つる矢そのもを」と云ふ意である。」と說かれる。
當時の塗箱は已に朽ち、收納の用を爲さず、舊所藏者はこの內形を象った新たな箱を調え袋根を收めるも、當時の塗箱朽ちて尙貴しとして、これを袋根と共に二段の桐箱に收めて珍藏した。
雜感
觸れると薄いながらも銳利であり且つ硬質、掌に載せると見た目を上廻る重量、燈りに向けてかざすと曇りがちに鈍く輝く、この感動は、精巧なる造りによるものか、その一つ一つに、妥協を許さない作者の姿勢と、長年に亙って培われた精緻な技巧とを觀る。
「平元安」は銘鑑に該當する名を見ず、ために何人か知れず。また、この袋根というものについても、『矢鏃銘鑑』に「袋根」の項こそあれども、類例を見ず。
令和五年四月廿三日 因陽隱士