丹波綾部藩田口家文書

丹波綾部藩一刀流劍術師役田口家舊藏文書

杉浦家傳一刀流傳系圖 因陽隱士調之

一刀流の傳書(杉浦家傳)

一刀流の傳書について(杉浦家傳)

一刀流を代々繼承した杉浦家(本家)は、『八風切紙』『理盡得心卷』『劍法卷』『家傳卷』『事理決心卷』『本目錄』を門弟に傳授しました。
このほか、別傳として『唯心流劍法初學書』を傳授することもありました。

各傳書と各傳位とについて

入門する者は、師家の「神文」(圖1)に署名・書判・血判して門弟になります。入門して未だ傳書を傳授されていない者を「初學」と云います。

『八風切紙』(圖2)は、初學の門弟に傳授されます。これは奧書によれば、初學の者の修行を勵ますことを目的として細分化されたものです。杉浦家四代杉浦景健が新たに加えた傳書と見られます。

『理盡得心卷』は、「得心」の位と云い、修行すること三~四年で傳授されます。その主旨たる「必勝之事」は杉浦家二代杉浦正本の創出と『唯心一刀流無題書』に記されています。杉浦正本は杉浦正景の子にて、家傳の一刀流を繼承して、牧野家に仕えて一刀流の指南役を勤めました。則ち、『理盡得心卷』は初代正景のとき存在し無かった傳書であり、且つ杉浦家が新たに加えた傳書ということです。

こゝまでの傳授段階にある門弟は、「初入」と云う扱いでした。

『劍法卷』(圖3)は、「九曜」の位と云い、「得心」から修行すること五~八年で傳授されます。これは「中極意」に相當し、「中格」と云う扱いでした。これは流儀の基礎傳書であったと考えられます。

『家傳卷』は、「五位」の位と云い、「九曜」から修行すること長くて六年ほどで傳授されます(この參考年數はとても長い場合)。これは「免許」に相當し、「上達」と云う扱いでした。通常の修行者はこの位より上には上れません。なお、『家傳卷』には杉浦正景の記述(圖4)があり、曰く、「右師傳の趣傳授有ると雖も、實志の者は鮮し。或は初學にして廢れ、或は半途にして止む。是れ則ち吾師の患ふ所也、故に其の心を摭て、以て之れを辨へ、後來兄弟子孫に傳へ、長へに斷絕無きことを希ふ也。仍て家傳の卷件の如し。」と。則ち、『家傳卷』は初代杉浦正景已來の基礎傳書と考えられます。

この間、門弟は傳授に及び『起請文』(圖5)を師家に申請(此語今樣に聞へ候へ共神文前書に有之)します。恐らく、『起請文』は『劍法卷』『家傳卷』の傳授のとき師家に申請したものと思われます。

『事理決心卷』『本目錄』(圖6)は、「兩度の傳授」と稱される一對の傳授にて、師範家として認められる門弟にのみ傳授されます。およそ「五位」から修行すること一~四年で傳授されます。これは「皆傳」或は「印可」に相當し、基礎傳書の一つであったと考られます。なお、『本目錄』は古藤田系の『唯心流目錄傳授之卷』に杉浦家の工夫を加えたものと見られ、杉浦家(分家)の『唯心一刀流太刀之卷』もまた同樣です。

更にこの「兩度の傳授」を濟ませた者は、特別に師範家の祕藏書を閱し寫すことを許されました。これによって師範家の者は、流儀について通常の門弟たちより豐富な智識を得られたわけです。田口家文書には、そういった寫本類が多く殘されています。

傳授の節精進日

各傳位の傳授に際して、夫々精進日が決められていました。『八風』は何もなし、『得心』は三日精進、『九曜』は三日別火(べっか)精進、『五位』は七日別火精進、『事理決心卷』は七日別火精進、『本目錄』は七日別火精進。なお、『九曜』~『本目錄』は、精進落ちに酒・吸物を出す事、とされていました。これらの精進の仕來りは、時代を下るに從って簡略化されていったようです。

傳授日

傳書の傳授日は「二月二十八日」「八月十五日」と定められていました。傳書には「○○年二月二十八日」「○○年八月十五日」と書かれます。しかし、必ずしもその日に門弟に傳授するというわけではなく、傳書上はその日付を取るものです。

令和三年七月五日 因陽隱士稿

圖1『一刀流起請文』筆者藏
圖2『一刀流八風切紙』筆者藏
圖3『一刀流劍法卷』筆者藏
圖4『一刀流家傳巻:杉浦正景の署名』筆者藏
圖5『一刀流起請文』筆者藏
圖6『一刀流本目錄』筆者藏
圖7『杉浦家九代目杉浦景高に至る傳系』
筆者藏

唯心一刀流について(杉浦家傳)

初代杉浦正備以來、唯心一刀流を代々繼承した杉浦家(分家)は、『劍法得心之卷』『兵法太刀之卷』を門弟に傳授しました。このほかに未だ現存するものを見ませんが、註解書の記述によって『本目錄』と『事理決心之卷(或は事理口傳)』とが存在したと考えられます。

各傳書と各傳位とについて

『劍法得心之卷』(圖8)は、所謂「目錄」に相當し、杉浦本家の『理盡得心卷』と『劍法卷』とに似た內容を含みます。

『兵法太刀之卷』(圖9)は「中極意」に相當し、その內容は杉浦本家の『劍法卷』『家傳卷(五位)』『本目錄』にまで亙る內容を含みます。そして、傳位は『家傳卷(五位)』と同樣の位置づけです。なお、序は古藤田系の『唯心流目錄傳授之卷』に同じ。

そして、「免許」に相當する『本目錄』『事理決心之卷(或は事理口傳)』とが存在したと考えられます。この二卷は註解書の記述によって存在こそ知り得るものゝ、傳書そのものを未だ見ません。

唯心一刀流註解書(圖10)

『唯心一刀流太刀之卷』と『本目錄』と『事理口傳卷』との三卷の註解で構成される書です。先述の如く、『本目錄』と『事理口傳卷』とはその現存する文書を見ないため、註解の境界は曖昧ですが、『本目錄』と『事理口傳卷』とに分けられると推測しています。

抑この書は初代杉浦正備の子杉浦正森のときに著されるも未完のまゝ收藏され、杉浦正峯の代になって再考を加えられ、寫本が傳存したものです。この書の奧書には斯う書かれています。

唯心一刀流註解書の奧書

享保七年(1722)正月、杉浦三右衞門正森、子弟の爲に此の書を書き始め祕藏する。
享保十八年(1733)十月二十九日、遺言により北爪嘉置が此の書を預かる。
寬延四年(1751)三月、北爪嘉置が杉浦三平正峯(當時二十才)に奧祕を相傳するとき、この書を返授する。
寳曆十年(1760)仲夏、杉浦三平正峯、控として寫本を作り甲櫃に祕藏す。
天明三年(1783)此の書を再考し有餘を省き不足を補い認める。
→ 類本はこの三册のほかに無し。
三册とは、①杉浦正森→北爪嘉置→杉浦正峯へ相傳した原本、②杉浦正峯の寫本、③杉浦正峯再考書、これらの三册を指す。

則ち、丹波綾部藩田口家文書の『唯心一刀流註解書』は、③杉浦正峯再考書の冩本(或は冩本の冩本)と考えられます。

念のため、奧書に登場する杉浦氏・北爪氏・田生氏について調べたところ、平藩士(安藤家)と考えるのが妥當です。『平藩士役割覺』に「火之番二百石(格式物頭)北爪源太夫」「百石以上元服惣領北爪權輔」。『平藩明治二年十二月調の史料』に「準上士二百七十石(改正高現米十三石五斗) 田生小彌太」「準上士二百石(改正高現米十三石五斗) 北爪琢磨」「中士百九十石(改正高現米十二石) 杉浦源八・鋼五郞徧德」。いずれも『唯心一刀流無題書』の奧書の時期とは違うものゝ、子孫と見て良いと思われます。特に「杉浦鋼五郞徧德」は、唯心一刀流先師代々末修を稱する「杉浦三平正徧」と「徧」字が同じです。

唯心一刀流の流名

また、この『唯心一刀流註解書』には、唯心一刀流の流名についても言及されています。
曰く「予(杉森正森)が父正備も幼歲十有四五の頃より之を學び、始めて俊定師武江に下向の時は正備幼少たるに因て、兄正景より術を傳へて同く一流の奧儀を極む、俊定再たび下向の節は正備對話して執行怠る事なし。正備が曰く、中興の功師とする俊定も他國を執行の後、再び故鄕に歸て古の傳を慕ひ、一刀流と號し、世に傳へ玉ふ。其趣意を感察すれば、一刀の號默止がたく、其れのみならず古流の事理を數年したい、殊更本家の師範俊矩、俊晴等會話して、上古より傳來のおもはく、悉く之を集めて門下に傳ふ。されば上古、中興の傳來みな、是各師の骨髓より出たる處の事理なれば、何れをか撰み、何れをか省くべきや。元來俊定一刀骨髓の傳をつぎ來りて、一度自己の發明をあらはし、唯心流と號を改め玉ふと雖も、旣に古傳に歸して、再び一刀流と號して傳へ給う。然る上は、此號默止しがたく、亦唯心の流れをくんで、斯の如く鍛煉し來る。是唯心の息深し。其上唯心の理は、卽ち一刀に貫通して一物也。俊定師も此意を以て、かりに唯心と別號し玉ふ。彼と云、是と云、止む事を得ずして、唯心一刀流と號する者也。」と。

令和三年七月七日 因陽隱士稿

圖8『唯心一刀流劍法得心之卷奧書』筆者藏
圖9『唯心一刀流兵法太刀之卷』筆者藏
圖10『唯心一刀流註解書寫本奧書』筆者藏

揭載史料及び參考資料

『丹波綾部藩田口家文書』筆者藏
『全國諸藩劍豪人名事典』間島勳 新人物往來社
『劍道關係古文書解說』全日本劍道聯盟
『鈴鹿家文書解說』全日本劍道聯盟
『日本武道大系』今村嘉雄篇者代表 同朋舍
『日本武道全集』今村嘉雄篇者代表 同朋舍
『笠間藩の武術』小野崎紀男著 ツーワンライフ
『三百藩家臣人名事典』家臣人名事典編纂委員會編 新人物往來社
『增補大改訂 武藝流派大事典』綿谷雪氏/山田忠史編 東京コピイ
『山口縣劍道史』山口縣劍道史編輯委員會編 財團法人山口縣劍道聯盟
『茨城縣史』茨城縣史編纂委員會編 茨城縣
『綾部市史』綾部市史編纂委員會編 京都府綾部市役所
『藩史大事典』木村礎著/藤野保著/村上直著 雄山閣
『平和家文書』京都府立綜合資料館藏
『寬政重修諸家譜』續群書類從完成會
『福島縣史 第8卷 近世資料1』福島縣
『磐城三藩明治戊辰戰爭餘聞』齋藤笹舟著
『いわき市史 第9卷 近世資料』いわき市
『大垣市史 中卷』大垣市 昭和5年
『岐阜縣史 資料編』岐阜縣
『幕末維新全殉難者名鑑』明田鐵男著 新人物往來社
『本朝武藝小傳』日夏繁高著

更新履歷

丹波綾部藩田口家文書については、平成二十六年から二十七年にかけて作成した舊稿があり、此度改めて見直し、書き改めています。しかし、相變わらずの蕪穢、思うに任せず、乞 推讀。辛丑七月七日記