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種田流鎗術の伝書

種田流雌合目録
1716.正徳六丙申年二月吉日
種田市左衛門幸忠−田口善兵衛

種田流雌合目録添状
1716.正徳六丙申年二月吉日
種田市左衛門幸忠−田口善兵衛


『種田流雌合目録』と『種田流雌合目録添状』は対を為す。これに依て家中の者たちへ下地指南することが許された。但し他の家中の者へ指南することは禁じられており、当時は各家中ごとに門人の階級を考慮していたものと見られる。
伝授されたのは田口善兵衛と云い、子孫の田口氏は三代続けて丹波綾部藩の一刀流剣術師役を勤めた。

『種田流雌合目録』は、仮に問いを設けそれに答える五つの問答形式で構成され、最後に太刀入身を附言する。
これらの内容は下地指南を許された者を想定しており、弟子に対する心構え「其の機に應じて教を設けること乃ち師範たる人の常々心得べき事也」、素鎗の地位を脅かす横手物への心構えが説かれている「あらゆる入身横手物は本と素鎗を怖れて作り出せり物なれば虚動せざる素鎗に勝べきことなし」。
巻末の「太刀合」と呼ばれる太刀への対応は同流において極意に位置付けられ、至極目録に「必勝 壱本」がある。種田流は元来大島流の初代から分れた流派であり、太刀合を極意とするのはその名残と云える。「全体太刀合は十文字・長刀などとはちがひ、名も一本づつこれ有る位の事にて深き意味の有る事なり」
掲載史料及び参考資料
『丹波綾部藩田口家文書』私蔵文書
『種田流雌合目録』私蔵文書
『種田流雌合目録添状』私蔵文書
『日本武道全集』同朋舎

種田流雌合目録


或問曰鎗術を学ひ勝負を挑
に全き勝を可取事は理より可入
や事より勤んや請其要を聞ん
答曰近代鎗術を以て世に鳴る者
多しといへとも或は心理の高明を
説て當然の事を忘れ或は適事
に執するの族は剛強に失して一向理を
捨又事理一體なるを云もあれとも事
理をのつから差別ある事を不知是
皆事理兼備せされは鎗術の至極
たる事を不辨ゆへなり其至極を
不知して何そ勝と云事のあらん
又問然らは事理一同に執行するを
善とせんか 對曰鎗術のみに不限
武藝は悉く業なれは先業を能
錬鍛て自然として理に至るを善
とす雖然人々の気質斉しからねは
業より入て至極を知もあり又理よ
りうかヽひて奥儀に至もあり應
其機而教を設ること乃師範た
る人の常々可心得事也事を修
錬したりとも能理に徹せされは心安
定ならす心安定ならされは勝を取
事不全所謂一心万法之主と
云こと是なるへし亦理漸く至ると
いへとも所業全く備らされは理
藝になりて益なし縦令は二間柄の
鍵鎗を以て理を口才にいへは素
鎗よりの勝一切絶たり子細はか
ぎにて掛横手にて張り強く面を
打又入身をなし相突をもすると云
時は左来右去負る理更になしとき
こゆれとも仕合に臨て見れは素鎗
の益大にまされり然れは業は理に
不合理は業に不應ことも有と云
ことを知へし當流に必勝と云こと
を目録の奥儀に出して必の勝
を示すにも勝んと思ふ意を先ん
するを大に戒るなり此旨を能會
得有へき事也 亦問勝んと思
ふを禁ると云こと如何とも其理
會しかたし請其目を聞ん
對曰鎗を揮て敵に向ふ者勝を
望意あれは其意則心を動して不
實然則何そ全勝を得んや右
を押んと欲すれは左動左を拂
んと思えは右虚所謂虚動する
ときは勝ことなし苟も一物心に設
則虚動也予か流に教る處は
吾人鎗をて勝負を決し緞
令死すとも勝なきにあらす但かく
いへはとて彼釋氏の不生不
滅底の空言の心にはあらす是は
此相突の内の必勝にして然も武
士の心に安住する人は勝不住人
は負る故に予か教をなすや緞令は
数十年の修練をなすとも其人
心根必勝に不住則秘奥を
ゆるすことなしたとひ一日の修行た
りとも必勝の武意に安住の人には
傳之者也且武士の心に常々住
する人と云とも仕官に暇なく空く
月日を送り又其生得病患
あるの族尤於師宜勘弁之
而盡心こと肝要也されは事理
心住兼備の人には相突の内の必
勝を四分六分を以て教へ武意一
日の修行には死而不負と云勝を
教ゆ猶口決意味深し略之
問曰入身の足速く烈しく業
をなすものに速に勝を得る事
如何 對曰入身薙刀鍵十文
字一丈の内外の物にて足速な
るを突へきこと難にあらすあ
らゆる入身横手物は本素鎗
を怖れて作り出せり物なれ
は虚動せさる素鎗に勝へきこと
なし吾流に容易全勝をなすこと
あり先入身等の稽古を見るに大
抵五六間の場にて我も人も雙
劒を不帯裳をかヽけて走り
り然も五六間のうちにして先を留れ
は早跡へ引に場なく故大形入勝
の者也左右廣場にて何の全勝
あらんや緞令場は狭くも広くもあれ
入身には全くいられ後身際にて
十分に負て勝あり乃是秘奥也
入身に入れましきとの争陽に陽
を對するにより我先動く動くと
きは前に論することく全勝を得か
たし渠は陽にして声を發し走り掛る
也陰に位して彼か發動の機を呑
て相待て然も手もとまていらせ
て勝へし猶口決意味深長也
右之外入身の損を暁すへし場によ
りて變あり足入所苅田雨雪
の時堀切闇夜場を不知船中
山川高低の地にては其心勇猛
にして進むとも走り翔りなるへからす
如此の失あるを知へし
問曰近来長十文字二間一尺
の鍵擧世是を賞す其業を見
るに或は相突の鍵は面を打或はか
け又十文字は搦みはり捨ること甚
烈し是に全勝を可取こと如何
對曰前に入身に答ることく彼か
け打からみ相突をするを禦んと
思ふ故に其間虚になりて皆其
難を防くに成て相手に誘れ虚
動する也鍵十文字より欲する
處の利をあたへ後全勝をなすへし
若鍵十文字より此理を知てあ
たゆる處の利に乗すんは即是長横
手の詮なく素鎗の意味と同前
なるに依て横手却て害となる事必
せり按するに勝負をなすには心を一
にして死に赴くさへやヽもすれは二氣に
成て動くに然るを況長を恃み横
手に便りて相突打張掛搦み
なんと思ふ心豈虚動せさるへ
けんや畢竟入身長横手は初
心の素人勝しるしはやく見ゆる
故世人是に迷者乎
 問の条件に應してあらましの思按
 を述畢愚昧の答なれは又問を
 起し給へ予却て問如何してか
 太刀の入身を論し残せる全勝
 へきものと思ひ給ふか然らは大
 なる誤也夫太刀の入身は予か
 秘奥の難の一なり子細は太刀を以
 鎗の鋭に業をなすものに向ふは勇
 猛の心也彼は鎗を大敵とすれは死地
 に落来る金鐵の心也然るに鎗を
 持者は心散地に在て失あり殊に
 太刀を持ては緞令三尺の長身
 の鎗にても鉾尖僅に悖入れは太刀
 之勝となる故に必ゆるかせにする事
 なかれ猶質問を俟て禿毫をと
 とむる而已
右者任御懇望染管城畢尤他
見憚之者也

    種田市左衛門
      幸忠(判)

正徳六丙申年
  二月吉日

  田口善兵衛殿
【訳】
[第1問]
或る人問いて曰く「鎗術を学び勝負を挑むに全き勝を取るべき事は理より入るべけんや、事より勤んや、請う其要を聞かん」

答えて曰く「近代鎗術を以て世に鳴る者多しといえども、或は心理の高明を説きて當然の事を忘れ、或は適事に執するの族は剛強に失して一向理を捨て、又事理一體なるを云うもあれども事理自ずから差別ある事を知らず、是皆事理兼備せざれは鎗術の至極たる事を辨えざる故なり、其至極を知らずして何ぞ勝つと云う事のあらん」

[第2問]
又問う「然らば事理一同に執行するを善とせんか」

對えて曰く「@鎗術のみに限らず武藝は悉く業なれば先づ業を能く錬り鍛えて自然として理に至るを善とす、然りと雖も人々の気質斉しからねば業より入りて至極を知るもあり、又理より窺いて奥儀に至るもあり、其の機に應じて教を設けること乃ち師範たる人の常々心得べき事也
A事を修錬したりとも能く理に徹せざれば心安定ならず、心安定ならざれば勝を取る事全きならず、所謂一心万法の主と云うこと是なるべし
B亦理漸く至ると雖も所業全く備らざれば理藝になりて益なし、縦令ば二間柄の鍵鎗を以て理を口才にいえば素鎗よりの勝一切絶たり子細は鍵にて掛り横手にて張り強く面を打つ、又入身をなし相突をもすると云う時は左に来り右に去り負る理更になしと聞ゆれども仕合に臨みて見れば素鎗の益大いにまされり、然れば業は理に合わず、理は業に應ぜざる事も有と云うことを知るべし
C當流に必勝と云う事を目録の奥儀に出して必の勝を示すにも勝んと思う意を先んずるを大いに戒るなり、此の旨を能く會得有るべき事也」

[第3問]
亦問う「勝んと思うを禁ずると云う事如何とも其の理會し難し、請う其目(目的)を聞かん」

對えて曰く「@鎗を揮て敵に向う者勝を望む意あれば其の意則ち心を動して實ならず、然らば則ち何ぞ全き勝を得んや、右を押んと欲すれば左動き、左を拂んと思えば右虚す、所謂虚動するときは勝ことなし、苟も一物心に設れば則ち虚動也
A予が流に教る處は吾・人 鎗を(とり)て勝負を決し、緞令死すとも勝なきにあらず、但しかく云えばとて彼釋氏の不生不滅底の空言の心にはあらず、是は此の相突の内の必勝にして然も武士の心に安住する人は勝、住せざる人は負る、故に予が教えをなすや、緞令ば数十年の修練を成すとも其の人心根必勝に住せざれば則ち秘奥を許す事なし、縦令一日の修行たりとも必勝の武意に安住の人にはこれを傳うもの也、且つ武士の心に常々住する人と云えども仕官に暇なく空しく月日を送り、又其の生得病患あるの族尤も師に宜しくこれを勘弁して心を盡すこと肝要也、されば事理・心住兼備の人には相突の内の必勝を四分六分を以て教え武意一日の修行には死して負けざると云う勝を教ゆ、猶口決意味深しこれを略す」

[第4問]
問いて曰く「入身の足速く烈しく業をなすものに速に勝を得る事如何」

對えて曰く「@入身薙刀鍵十文字一丈の内外の物にて足速なるを突べきこと難にあらず、あらゆる入身横手物は本と素鎗を怖れて作り出せり物なれば虚動せざる素鎗に勝べきことなし
A吾が流に容易く全き勝をなすことあり、先づ入身等の稽古を見るに大抵五六間の場にて我も人も雙
劒を帯びず、裳をかヽげて走り(かけ)り、然も五六間の内にして先を留れば、早跡へ引くに場なく故に大形入勝のもの也、左右廣場にて何の全き勝あらんや、緞令場は狭くも広くもあれ、入身には全く入られ後身際にて十分に負て勝あり、乃ち是秘奥也
入身に入れまじきとの争い、陽に陽を對するにより我先に動く、動くときは前に論ずることく全き勝を得難し、渠は陽にして声を發し走り掛る也、陰に位して彼が發動の機を呑て相待て然も手もとまで入らせて勝べし、猶口決意味深長也
B右の外入身の損を暁(あきらかに)すべし、場によりて變あり、足入る所苅田雨雪の時堀切闇夜場を知らず船中・山川・高低の地にては其そ心勇猛にして進むとも走り翔(かけ)りなるべからず此くの如くの失あるを知るべし」

[第5問]
問いて曰く「近来長十文字二間一尺の鍵世擧げて是を賞す、其の業を見るに或は相突の鍵は面を打ち、或は掛け、又十文字は搦み張り捨ること甚だ烈し、是に全き勝を取るべきこと如何」

對えて曰く「@前に入身に答る如く彼掛け打ち搦み相突をするを禦んと思う故に其の間虚に成りて皆其の難を防ぐに成て相手に誘われ虚動する也、鍵十文字より欲する處の利を与え後全き勝を成すべし
A若し鍵十文字より此の理を知りて与ゆる處の利に乗ずんば即ち是れ長横手の詮なく素鎗の意味と同前なるに依て横手却て害となる事必せり
B按ずるに勝負をなすには心を一つにして死に赴くさえやヽもすれば二氣に成りて動くに、然るを況んや長きを恃み横手に便りて相突打ち張り掛け搦みなんと思ふ心豈に虚動せざるべけんや
C畢竟入身長横手は初心の素人勝しるしはやく見ゆる故世人是に迷うものか」

問の条件に應じてあらましの思按を述べ畢ぬ、愚昧の答なれは又問を起し給え

[附問]
予却て問う、如何してか太刀の入身を論じ残せる、全き勝べきものと思い給うか、然らば大なる誤り也

それ太刀の入身は予が秘奥の難の一つなり、子細は太刀を以て鎗の鋭に業を成すものに向うは勇猛の心也、彼は鎗を大敵とすれば死地に落ち来る金鐵の心也、然るに鎗を持つ者は心散地に在りて失あり、殊に太刀を持てば緞令三尺の長身の鎗にても鉾尖僅かに悖(もと)りて入れば太刀の勝となる故に必ずゆるがせにする事なかれ、猶質問を俟て禿毫を止むるのみ

種田流雌合目録添状

今度雌合目録并太刀
合之御傳授申候依之誓
紙表許之畢於御右所御
傍輩中江下指南可有之候
判形於者宛所ニ御取可被成
候尤他家之指南必可為御
無用候以上
      種田市左衛門
正徳六丙申年
  二月吉日   幸忠(判)
      田口善兵衛殿
【訳】
今度雌合目録并太刀合の御傳授申し候、依て誓紙しこれを表許畢ぬ
御右所に於て御傍輩中へ下指南これ有るべく候、判形は宛所に御取り成らるべく候、尤も他家の指南は必ず御無用たるべく候以上
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