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唯心一刀流註釈書

『唯心一刀流註釈書』は、杉浦三右衛門正備を祖とする唯心一刀流の伝書の註釈書である。流祖 杉浦正備は兄の杉浦三郎太夫正景と大垣藩士 古藤田彌左衛門尉俊定に一刀流を学び、独自の工夫を加えて一流を起した。
従来、この文書は『唯心一刀流太刀之巻』と称して各書籍に紹介されてきたが、それは正しい理解を妨げる不適当な名称である。
先ず、本巻は美濃加納藩−磐城平藩の杉浦家(杉浦正備を祖とする)が相傳した唯心一刀流の註釈書であり、前半「兵法太刀之巻」、後半「本目録」の二巻分の註釈で構成されている。

ではなぜ此の文書は『唯心一刀流太刀之巻』と表紙に記されているのか。その理由は、『丹波綾部藩田口家文書』の写本群の性質による。嘉永の頃に田口重良が作成した写本は10〜12冊(『唯心一刀流太刀之巻』を含む)あり、当初その表紙には何も記されなかった。
その白紙の表紙に、タイトルを記したのが田口重良の子 田口重男である。写本のすべてに目を通した結果、表紙を開くと見える一紙目の見出しをそのまま文書のタイトルにしたものが多いことに気が付く。
ゆえに『唯心一刀流太刀之巻』という表紙は、田口重男が写本群を分類するため便宜上タイトルにしたのであって、内容を鑑みてタイトルにしたわけではない。『唯心一刀流太刀之巻』と云うのは前半のみを指す。
猶、内容については別項「唯心一刀流の傳書」の『兵法太刀之巻』と比較すると分り易い。

兵法太刀之巻註釈

本目録註釈
『唯心一刀流註釈書』の成立について
享保7年(1722)1月杉浦三右衛門正森、子弟の為に書き始め秘蔵す。
享保18年(1733)10月29日遺言により北爪嘉置が此の書を預かる。
寛延4年(1751)3月北爪嘉置が20歳の杉浦三平正峯に奥秘を相傳するとき、この書を返授す。
宝暦10年(1760)仲夏、杉浦三平正峯が控えのため写本を作り甲櫃に秘蔵す。
天明3年(1783)この書を再考し、有余を省き不足を補い認める。
類本はこの3冊のほかに無し。
(※三冊とは、@杉浦正森→北爪嘉置→杉浦正峯のオリジナル、A杉浦正峯の写本、B杉浦正峯再考の當書の三冊を指す)
田生氏の懇信に感じ、且つ累年の執心によってこれを授けようと思う。然る上は生涯これを用い、末期に及ぶまで相續すべし。
弟子が無ければ同門と親族に相談のうえ師家に返納するか、または焼くべし。その事は家族に常々申し含めて置くように。

杉浦三右衛門正森 美濃加納藩士
杉浦三平正峯・北爪嘉置 美濃加納藩士−磐城平藩士
田生 磐城平藩士


掲載史料及び参考資料
『丹波綾部藩田口家文書』私蔵文書
『唯心一刀流註釈書』私蔵文書
『寛政重修諸家譜』続群書類従完成会
『福島県史 第8巻 近世資料1』福島県
『磐城三藩明治戊辰戦争余聞』齋藤笹舟著
『いわき市史 第9巻 近世資料』いわき市

※『唯心一刀流太刀之巻』は、『日本武道体系 第二巻』と『日本武道全集 第二巻』に全文が紹介されているが、実は途中が抜けている、”諸勝負相之事理”の二刀相之事「又手裏剣に...」この部分から、多勢之事・闇夜之事・馬上之事の前半が抜け落ち、その後半「我も其心持」につながる。

兵法太刀之巻註釈

唯心一刀流太刀之巻
唯心の二字は万法一心より生ずる理を以て唯心と云、万法唯一心にして而かも心の会を為さず、言ふは一心而かも取かためたる形底の物なり、鏡の空にして明かなるが如し
一刀の二字は先師一刀斎の名なり、外他通宗の弟子たるに依て一刀斎一代は外他流と号す、然るに一刀斎世に秀たる術にて周く諸国に名を顕す、世人呼で一刀が流と云、之より自から流儀の称号となると云々、一刀は一心也、一心は一刀なり、故に唯心即一刀と云也、右の唯心の号は先師俊定 若年十九歳にして執行の為、他国にをもむかるゝ時、所存ありて悉く工夫を起し、暫く一刀の号を秘して唯心流と改むと云々、按ずるに俊定は幼年より事理に通達し自然と師住に備る生質なれば、若年にして自己の発明をあらはし唯心と改め玉ふ
其をこりを察するに、一刀流は古歴の傳もつとも世に覚翫する事周く広し、然りと雖みな形容の上に於て沙汰し、或は一理万理を具する謂れを能弁へ知る事なり、一片の理に泥して偏着し事理ともに其正真を知るものまれ也、且流儀の称号の心をも取失ひ骨髄を知る者なく、流儀の一通りだに弁へ知る事難し、之に依り方便の為め旁厚き志を以て悉くエ夫を廻らし玉ひて、暫流の号をも改めて導き玉ふの外更に他事なしと見へたり、元より中興の名師とよばるゝ明術なれば、門人増益し教誨し玉ひし事年久し、其後古郷へ帰て古の流れを慕ひ、又号を改め一刀流の源を相続し今に其子孫ありて流儀怠る事なし、爰に杉浦正景十三歳の時より俊定師に親み、之を学び悉く傳受を得 唯心流の蘊奥を極む、予が父正備も幼歳十有四五の頃より之を学び、始めて俊定師武江に下向の時は正備幼少たるに因て、兄正景より術を傳へて同く一流の奥儀を極む、俊定再たび下向の節は正備対話して執行怠る事なし
正備が曰、中興の功師とする俊定も他国を執行の後、再び故郷に帰て古の傳を慕ひ一刀流と号し世に傳へ玉ふ、其趣意を感察すれば一刀の号黙止がたく、其のみならず古流の事理を数年したい殊更本家の師範俊矩 俊晴等会話して、上古より傳来のおもはく悉く之を集めて門下に傳ふ、されば上古 中興の傳来みな是各師の骨髄より出たる処の事理なれば、何れをか撰み何れをか省くべきや、元来俊定一刀骨髄の傳をつぎ来りて一度自己の発明をあらはし、唯心流と号を改め玉ふと雖も既に古傳に帰して再び一刀流と号して傳へ給う、然る上は此号黙止しがたく、亦唯心の流れをくんで斯の如く鍛煉し来る、是唯心の息深し、其上唯心の理は即ち一刀に貫通して一物也、俊定師も此意を以てかりに唯心と別号し玉ふ、彼と云 是と云 止む事を得ずして唯心一刀流と号する者也
夫当流兵法剣術者、事理要中和而変化応機也
「夫」は発端の詞也、「当流」は唯心一刀流也、「兵法剣術」とは都て武の術法或は皆兵の法なるにより此の如く云、兵法は武藝の惣名、其内の剣術なるゆへ兵法剣術と云
「事理要中和」とすとは当流剣術に於ては中和の理をかなめとする也、偏せず倚せず是を中と云、時に中するを和と云、中は体也、和は用也、此理を以て事も理もまなぶと云義也、中和の解は儒経にて委く知るべし、爰に略す
「変化応機」とは虚実にしたがつて千変万化をなす所也、微機と云てかすかなるきざし也、機と云は弩に具足する牙也、其事を発し行る肝心の要器なり、是を機と云、其わづかなるきざしを譬へて爰に引用る心は、変化する事は機に応ずるが如しと云義なり
蓋事者随流変動無常、因敵轉化不為事先動而輒随故事理正則為全勝
「蓋」とは此にて又句切して詞を改めおこして云也
「事は流に随」とは水の流にしたがう如きの事也
「変動無常」とは変じ動き、形する事は窮り定りたる事なし、故に変動無常と云
「因敵転化す」とは上に云如く極り定たる事なく敵の動くに因て此方も転化するなり
「不為事先動而輒随」とはみだりに先んずる事に非ず、動くに随ひ応ずる也
「故事理正則為全勝」とは上に云如くの理に叶ふときは事理正しき也、然るときは勝こと全き理也と云義なり
将掬水月在手、弄花香満衣、自得其妙而応万機而已
「将」には正しくと云事也
「掬水月在手」とははるかに高明なる月光も水を掬れば暫く手にも映ずる也
「弄花香満衣」とは梅花などの如き花の香ももてあそべば、どこともなく香ひ衣に移て薫ずる也
此の如くさとし、知がたきおもはくも執行たへず事理の功を積 万事にをし移て自から「其妙も手に得 心に得を 万の機にも応ずる」と云心にて万機に応ずると云也
仕組目録
「初入」より「中格上達」まで、導所の事仕方を仕組て目録にして傳る故にしくみ目録と云
表三段之仕組
是は初学のとき太刀数少して学ふに覚安きため始に教るなり此三の表の内にも初学の位よりすこしづヽ宜しきをもはくもあり然れとも初地な地なれば始の所作より少々高きおもわくも少しづヽ現し置也
併手の舞足の踏事を辨へ知さるは前に理を猥に語るへからず至極の初心の者は口才のをもはくに貪着なく唯一筋に事より入心持よろしかるへし一段二段三段と段を越て行く如くして高き処へも行(や)る手立の仕組也依て三段と云
とは太刀を切むすぷを二度ながら切くたき勝所作ゆへにくだきと云
とは青巌にて乗る所作なるに因て乗りと云
とは古傳に履責と云術あり打太刀より打出す太刀を沓下に踏て行く如くなるによつて履責と云古傳の太刀の意を以て名つけてせめと云當流に切落しと云術是也此仕組は正備の編添なり勿論先師相談の上にて加之故ある事也猶口傳すべし
五段之仕組
五つの太刀数ゆへ五段と云段は三段の解に准じて知べし
電光 一刀を発当して更に跡をとどめず石を合して火を発する如し物に応じ移りて其跡なし其術するどにして蹟を止めず是を以て電光と云たとへば石火の如し
明車 明は助字の意に見てよし車の理を以て見るべし構も車也畢竟車の構より切落し又振込て勝所車の事の如し止らず滞る事なきを以て明車と云車の事理を明かにする也古来は陰より打込て裏を止めながら勝つ中頃正備以来車にて専ら鍛煉すると云へども相車にて打込とき見合せ持合ふ意のまま出来るゆへ今又古来に戻りて昔の形を用ゆ惣じて構を以て名とし所作に顕るる形を以て名づけ或は勝利を以て名とし心気の理を以て名とする有必一偏に思ふべからず余も之に准じ知べし
円流 まとかに流るる也打込太刀にさからはす其事まん丸く流しやる心也依て円流と云
切留 打太刀打出すを切当る故に切とめと云
飛鳥 古より飛鳥の術あり当流にて古へは打込て飛ひらきたる也今も其意にて送り足の心にてつかふ也都てさそくを飛鳥と云応変する事鳥の飛行にたとへたり上古より飛鳥の翔り抔云ふ事是を以て知べし諸家にも傳来あるべし然れ共名のみ同して其術其形かわり又術同くして名の替ること有べし家々に取用る心により品のかわる事を以て外をも察し知るべし
小太刀連續之仕組
勝利離着進退を連ねつゝけたる仕組なる故也
旋移 うつりうつるの所作也、旋はめくるとも訓する也
二刀相之仕組
長短両刀を以て向ふ敵に対しての仕方也
奪車 二刀左右の術を用て車懸に来るを奪て勝の処作也、畢竟奪も車も心持にあり、打太刀つかい方ともに仕方心持あり
遷車 二刀を組て懸るを車の構より打込めは又組かへて合せ附来るを亦ふり返して打込事也、附入の上下によりて心得あり、事の上主の合点すへし、互に止らぬ術移り遷る味ひ也、仍て遷車に移ると云所よく味ひ知へし
誘利 利をさそふの字也、始に一刀を振とき其に貪着なく利をあたへて勝、之に依て利をさそふ意にて名つくる也
進退屈伸連續之仕組
屈伸進退の術つらね続けての所作也、仍て爾云ふ
屈伸進退ばかりにあらず急緩 強弱 軽重 前後 竪横 居立 曲直 巨細 浮沈 離着 遅速 手足の万事をこめたる仕組也
其術一々分ち見れば七本、或は八本 十二本也とも此仕組には面白きおもはく多し、万術のおもはく是に備る手練のため、常に之を学ぶと云へとも此仕組の本意に叶ひ難し、能々鍛練せすんは術の味ひ知るへからず
上古よりの表仕組なり、可信々々
天狗象
象はかたどると訓す、右の如く種々無量の形を能身にかなへ運奔し連続すること間断なく術を行ひ自由自在に身をつかふ事を天狗の飛行遍満するにたとヘて天狗象と云、都て万物にたとへて引用る事和国の風と云、漢土にても例多きこと也、殊更天狗は飛行通力天地に遍満する事人術にも及かたき程のものと云ならはす
仍て此の如き釼刀の術にも其名を引用たとへたるなり、努〃卒尓の批判あるへからす、古来の仕組也
五段切合之仕組
此五段切は俊定師編出す、上古は人の志も深く信も厚く筋骨剛健にしてやゝもすれは爰に戦ひかしこに生死のきづなを切て血煙を身にまとひ、或は討争する処の正真の物語をも耳にふれ、又は直ちに勝負を決するを眼前にさへきる時代なれは、何んそ平常に木刀 竹刀の身にこたはる事をいとはんや、是に依て常々稽古の具等もあらゝゝそこゝゝにして委しからざると也、 然るに今世人氣時風ともに少しつゝ替り、尤武士の勇猛は上古末代共にさのみ劣るましけれとも、今日学ふに面を打こわし腕(うて)を挫き臑をひしきては当前人前も成かたく、仕官の身は治世の忠勤つくし難くして習熟の甲斐空し、旁以て世と共に習学の安く手に入事を思ひ其々の導事くわしふして広く傳ふ、 故にしなひと云物を工みて学ばしむるの始め此五段切合を編と也 しなひにて心よく打込をたつふりと切合する所を知らしむる故に五段の切合と号す、当流にて是よりしなひを以て学ふ事を始むと云々
此五段切合より今表に学五段の仕組できたり、古の五段切合を俊定再ひ心持を加へ玉ひし五段切合あり、少つゝ術かはりたり、中すみを第一とする五段切なり
發留 敵の先に發し来るを事を以て留るなり、故に發し留ると云心にて發留と云
隋車 敵の事にしたかつて止り滞る事なく、事につき隋てめぐる心なる故に車と云心持を以て名づく、是は元来風車と云、然れとも今三行の内に風車あり、同名ある故爰にて隋車と改む、元の名なれは其をもかげを残して車の一字を用ひて隋の字を加ふ、心持相應するに仍て名之
輕玉 其術かろくして敵の事の中へ玉なんどを投入る心持也
移切 彼我互に移りうつりての所作也、其移り合中より切はらふと云意にていせつとも
流飛 仕かけの時さそくともに流れわしる心持にて、入込とも魚の尾をひるかへして波の中へ飛入る如し
裏五天之位
五天の二字の説、旧古より言語にわたらす今又作意して解こと恐あり、古傳の五天にて委く之を解き爰に略す
表の内は仕組と云、裏に成ては位と云、古は五天より裏と定む今は表の部なれとも古来の例にて此五天より裏五天の位と記せり、此次准し知へし
妙剣 即妙用なり
絶妙剣 妙にたへたり、玄々微妙なり
真剣 人情の一術真剣なり
金翅鳥王剣 事理広大を云へり
独妙剣 独立妙用也
右五天は俊定の所編也、此外に古傳八剣の五天あり秘して今容易にこれを傳へず
三行之位
初、中、終の三の間あり是を三段の間と云、此傳を此仕組にあらはす也、其三を行ひ亦其三の間を行くを以て三行と云、釼術の肝要は間也、然れども是を始めに知せて無理に心を止めて間を見ならはすれば、身も足も滞出来して一向あしきもの也
左なくてさへ敵と我と見合する事人々にある術のあしき病気也、味ひあしく是を見習へば却てあしヽ、自然に知る間よし、之に依り詞にも常々のべず仕組なんどに少つヽあらはし置て自然に知るはしごとする心也、尤大切の仕組也、口傳々々
風車 陰之位 形構ともに陰の体也、畢竟昇ると云共、又下る所作なるにより陰と云、仕方に意昧あり
風車 陽之位 形も勝利も陽分也、仕方に意味ありすべて陰中陽・陽中陰なれ共、専らあらはし用る処をさして陰と分、陽と分つなり
風車は元来の風車にて知べし、風来てめぐる也、車の太刀も敵より打に任せて振込む所風の来てめくる如し
二本目の青巌も打て来るとき裏へめくる様にして、ぬけて打こむも風来て廻る心持の事也、此仕組は名三つありて太刀数は六つ也
發的 進之位 身を繰(ぐり)て打込すヽむ位なり
發的 退之位 あます様にして打つ所退く位あり、發的は彼と我一對(たい)の的にして、發するを以てほつてきと云
流玉 左身 入込て敵を左にとるに依て左身と云
流玉 右身 敵を右に請るにより右の身と云、敵の備の中へ入詰て身を沈にする、是をさして水玉の浪へ打て入たる心也と云意味なり
五形之位
五形とは五つの構の切也、仍て尓云なり
構て立たる所の形は陽の姿なれとも上にあるものは下りて陰の理也、是をさして陰と云
何となく提たる構きわまりなき形也、車は自由に廻りはしる也、術の形きわまり無によりいか様にも振まわす、何れの構とする事も皆引下げたる所より成る、万の構に万の事を兼備ること珍しからざれとも提たる構は別して自由なる故に車の構と云、尤車の事理には色々意味あり口傳
青巌 此青巌は自然の形也、苔なめらかにして廣大なる青磐也、あをきいはほと訓す人作に拵たるにてはなきぞ引用る古語あり「山復山何工削成青巌之形、水復水誰家染出碧潭之色」此句中の青巌也、正備此意を用ゆ
下段 形は陰の姿、理は陽を備ふ、陰中に陽を發し陽成て陰を生す
八相 構たる手の形八文字にたとへたり仍て名とす
小太刀五事之位
術数五つある故に五つの事と云心にて五事と云、上古は外他流と号して傳る、此時の表小太刀の仕組也、其以後世世の先師編添玉ひて小太刀中太刀共に次第階級少づゝ心持を加へ玉ひ仕組等の順も改ると云々
正剣 制する事正明なり、往古文字の説委しからず依てむつかしく解く事あしヽ
殺機 微機を察して之を殺す也、敵の未發已發を制する所に心持口傳仕方あり
変隋 変し隋ふ也、さそふ位也、誘はれて動く所を制するにより爾云、尤したかひしたかつて勝つ心もあり
隋眼 きつ先を眼にあてヽつかふ仕懸あり、事にて委く知るべし、故に眼に隋ふと云心にて隋眼と云
車輪 其術のめぐりかなふ事車輪の能はしりてめぐりかなふ心也と云
不可忽略能可有修錬者也
右一々記す処の所作一利一術と云とも忽かせに思ひ、事を略すべからず、只能々鍛錬すへしと云義なり
中極位目録
是より中格の事理を学ぶ、故に中極位目録と書物の上にも段を改め、次第を立て教る最も秘術なり、階級に始、中、終あり、此三つを始入、中格、上達と云、其中格にあたる事理を中極位と云也、是より弥他見を免さず秘する所也
小太刀木玉之位
山ひこに讐へたる位なり、其事理もとめずして来り静にしてめくり盈るとなくして盈つ、皆是自然にして移り至ずと云事なき位也、響の音に應ずるか如の事理なり故にこだまと云、此心を正森「間に間なく常の所に備りて知らぬかしこに至るやまひこ」と詠す
風声 風の音也、風吹来り声する如の術也
磁水 池水満々とたゝえてめぐり至らずと云所なきか如風来て水をうねらし彼岸此岸を打がことくの事理なり
月扉 とぼそに月のさし人ことくの術なり、扉を開けは其まゝさし入也
岸濤 岸へ寄る波なり、打は引き引けは打意の事なり
残響 打音は去てひゞきは残る意味の事なり
右五つの小太刀は正備新に撰添る、然れ共新規の作為にあらず、皆是古今名術の跡をしたひ先師の骨髄を察し、真を以て執行怠る事なきゆへに名師のをもかげ心身に自然とうつり現れたるに任せて撰み出す歟、其事理の至る事高く意味最深し、これに依て新たに出る所の形なりと雖中極位に入置ものなり、是を階級に配當して順を立る事正備恐れ憚て終に果さず、然れとも後輩に傳へ末代書録の外になし、着置ば終には取失ん事も有んかと思ひ自己の慎を忘て予が不正の意を以てあらまし階級に配す、後来懇得の正眼を以て委く順を改め階級を立へき者也
五位先後一事水車之位
此術は先後一事の位を鍛錬する所の綱領也、是を傳るに水車の位と云事を以て鍛錬す、此事數五つあり依て五位と云、先後一事とは先にも止らず後にも止らず亦先なるときは後も爰に兼、後なるときは先是に備る、全く先にあらず後にあらず先後は彼れにあり、我是を求めて行にあらず、則先後一事なるが故也
此位を能鍛錬するときは、千刀万剣の術成ずと云事なし當家傳位を鍛る所の肝要の秘事也、仍て中極位目録に出して学はしむる也、傳授の時は精進潔斎して堅く神文の誓約を見て後に傳ふ可き者也、始て五位を授る人傳授する其日より十七日の間連日此事理を取分け修行すべし、尤常々稽古の節も此心持を忘るべからず、鍛錬を重るほど自由になる也、事の至極鍛錬の綱令也、千着万品の術是よりなると云々、学者努々怠るベからず、五位の辨は末に委く出たり
随位刀 強弱、軽重、遠近、急緩に随ふ位也、都て五位の術は一致の事位也、然れ共一術万別に付て名を解くときは、其々に主る所の利をわかち云心持あり、自然に随行する位也、依て随位刀と云、此太刀の心持にて末の四刀の意味をも観じ知て執行すべし
妙殺刀 妙は心の妙用、殺は心鋒に向ふ所の邪を殺す也、前解にも云る如く太刀の銘解は一通りに軽く見る処も又傳也、理を付過たるは、却て術の本意を失ふ事多きもの也、心得あるべし
心活刀 其事理、己心に能応して自己の活性を現する也
連重刀 其事理連り重ねて更に止まざる也
無中刀 文字の如く知るへし、最無の字と中の字に見所あり、是も軽く見なしたるがよし意味あり、執行の為に筆を略す、工夫に出でずんば口傳すべし、畢竟無の中の一刀と見る意味面白し、事に委しからずんば知るべからす、又如斯者は中る事なしと云解も一通り妨あるべからず
「傳曰、正自己全躰、弁於離着、定本分位、威・勢・強之三倶足、全躰以水車之位、行其術矣、威者、所謂有威可畏謂之、威勢者、如発弩云々、水車者、気満其内術在其中而無毫髪間断、兼備攻守而確乎不可抜之謂也」
傳に曰とは、傳来する処の口傳に云の義也、「正自己全体」とは、己が事理、虚実、剣、体、心等の惣体を正ふする也、「弁離着」とは離ると着するとの理を弁へる也、亦合て合はず、離れて離れずのたぐひを弁へ知るべしと云義也、「定本分位」とは能根元の位を定ると云義也、「威・勢・強の三を倶足全躰以水車之位行其術」とは威と勢と強との三つを惣体にこめ備て、水車の能循環して止まざる如の位を以て其術を発し行うと云義也、「所謂有威可畏謂之、威勢者如発弩云々」とは、此の如く謂所、皆威ありて畏るるの理也、威は動かずして畏あり、勢は発動してあらわれ、物を破砕するの貌也、此勢は、たとへば弩を発つ如しと云義也、水車はめぐる内に水気を受備へ、含みて満る、みちて間の断る事なく、水を発し出す故に、術其内にあると云義也、しかし一筋の髪の毛を入る間もなくして、攻守る事を兼そなへる也、右の事理の趣を胸中におさめて、少も気をぬかすべからずと云義也、確乎とは掌を合て、其気機をもらさざる心持なり

右中極位事之至極也、可秘々々

本目録註釈

十轉之位
是は一々転化の形をあらはす術なり、其事の數十あるによりて名つけて十轉と云、此太刀術の形に強てなづみ妄りに轉動する事あるへからず、不側の全躰を以て自然に形をあらはす所自由に轉化をふるまふと云もの也、必しも疎略の思をなすべからず秘す可ものなり
五位傳授の人弥志あつく事理の執行怠ざる人に傳ふ可きものなり、古来中頃一つ二つ宛其人に依て傳来と雖、末々紛て無傳にならん事を思て取集て是を十轉とす
片手打 古傳三行の風車也
片羽打 古傳三行の発的也
具足切 古傳三行の流玉也、左右あり
覆責刀 足下に蹈て行く如きの所作也、故にくつせめと云、順逆あり
拂切刀 文字の如くはらひ切事也、拂車の形を變じたる所作也、心持口傳
巻利刀 巻下け巻上る故なり、くりから巻と云も同し太刀なり、心持口傳あり
軽重刀 心持わさの上にて知べし得水と云も同じ太刀なり
違ノ太刀 打違へる事也、太刀の名目不揃なれとも古来まヽにて用ゆ、然れとも同名まきらはしき事あれば止む事なく改ることもあり妄に私に新規を企る事あるへからず、余も准し察し知へし
乾坤刀 上下にわたる廣大の事なり
拂車刀 提たる処の形きわまりなき姿也、形とはかりみては叶かたし究りなき心持にて提け能發拂の氣を治めてしかも速かに車をめくらす如發し拂也、車を重く軽く力身なく心得べし、星夜刀と書く事は世上に多沙汰する故今其文字は隠し書改て傳ふ也心得あるへき也、且つ星の夜と闇夜とはかわりあり、口傳を残す
右十轉之位可秘者也
此十転は新作意の太刀に非す、然れ共一銘のみにて惣名なし人々の志に任せて一刀一術づヽ傳へたるなり、今改て十轉と部して名とす俊定國々執行のとき古傳の術を集め十轉と云て傳へ玉ふ、其銘をしたひ引用る也
真剣之傳
真剣の傳を刃挽を以て委く傳る所也、初学に教る三段の仕組より段々導く処の術皆真釼の傳にあらすと云事なし、然れとも木刀しなひにて實にあらはし難き手の内口傳等を刃挽を以て細に傳る也、真釼の意味を刃挽を以て取捌くと云心にて捌と云、手練に段々口傳あり可秘々々
八剣之五天之位
五天の天の字の説は妄に解す可からず、五は五、天は天と知へし、六ヶ鋪云なして先哲の意にたかふへからず猶口傳古傳の五天也、上古より傳る大切の術なり古は術の數少き故に初に出して学はしむる名は五つにして太刀數は八つなり依て八剣と云、不側天然にしてあらはす処なり中々凡愚の容易に及所の事理にあらず真實に秘すべき者也
右は五位十轉傳受し当流蘊奥を極め其上にも廣くつヾまやかに傳を継受る志の人あらば相傳すべし猥に傳ふべからざる者也、一通りと云とも極位傳授目録相傳の人にも深き志のなき者には傳ふべからずと云事意昧のある事也
妙剣 即妙用也
絶妙剣 下段/陰 玄々微妙也
真剣 抜打/相抜 人情の一術、真剣也
金翅鳥王剣 片手車 諸鳥中の大鳥也、心理の広大なるをたとへ云也、金麹鳥は其翅金の如きの色也、故にしか云、此鳥両つばさ相去こと、其長さ三万六千六百里也、荘子に呼て大鵬と為る者歟と云、広大なる鳥なり、是をさして鳥王と云
独妙剣 独正明なるままにて妙用あらはるる也、独明妙用也
右八剣五天之位、秘す可き者也
此五天は流儀眼目とする所也、当家の五天と云て世上に沙汰し聞及ぼす処也、然れども今秘して表仕組に出さず、常に初学に教る五天は此八剣五天の姿を本として俊定師編出すと云々、此八剣はたとへ事理共に功者の学士たりと云ども、当家に志浅く先師を疎に存る者には傳べからず、尤古藤田家に於て殊の外秘する処也、箇様の秘事は傳の正道を継ぎ来る所の験也、惣じて秘所のおもはくをば、中々新規を作意し志浅き不実の学者知るものに非ず、諒に仰ば弥高く秘すれば弥秘也、此段は何れの仕組、何れの事理とても同心也と云ども八剣は古より分て大切にする謂れを述るもの也
諸勝負相之事理
諸勝負相の大概を解く所也、此趣を以て千差万別の事利を察し弁べき也、此趣に限り尽したる事と思べからず、此の如に必取捌と一片に云事にはあらず、然れ共、常に委く万事を穿盤して置を心掛と云、嗜と云ベし、而も自然の変に小さき補とも成べし、心掛は委くして常にあり、場に至ては無造作なるを好むべき事也、此七ヶ条の類は、功を積て後には、自然に備るものなり、 況剣法上達に於て、日を同して語り難し、是等は皆術の枝葉也、然れども広く学び、約かに教る事捨る道あらず、依て大概を解く也
一 小具足相之事 小具足とは、甲冑の六具を着したる時の事に限りたる義には非ず、敵と我と身近く術を取詰たる場にて、組打に短刀さりくの差別に随て心持あり、合離の所作、第一也、譬は率然(常山に棲む蛇の名、「孫子」にあり)の如し、首を撃ば則尾至り、尾を打ば首至り、中を打ば首尾共に至る、能惣身を運働するのみ、形にあらず、事に非ず、形にあり、事にあり、能弁へ知べし、又世上に鍔押と云事ありとて、其術品を定め、或は五の術、十五の術と云て術数を極め教るもあり、一遍には云がたき事なれども、当流にては左様の事、専用ひ秘所とする事、好ざる義也、しなひ・木刀の上にて、仕方勝負の使にも成り、所作のこなし致ば、術数を極め云事も有べきか、流儀に定格の鍔押の作法と云事なし、恨べき也、此段故ある事也、畢竟常々の所作からしの類也、ヶ様の事は沙汰に及べからず、小利小術なりと云へども、知ると云ば広く、知ざると云へば事の狭きやうに愚術は思ふもの也、流儀に定たる鍔押等の所作なしと云へども、時により人により宜く語るべし、小術も無術には勝、小利無利には勝と云は、能々教る者、習ものの心得あるべき事かん要也、且、外の物と云て傳る用法あり、品々末に記す、ヶ様の義は、其人に依て語るべき也、あしく心得て本を失ひ、剣法正理の妨にもならば如何あるべし、導く人の心得あるべき事也
組討並首取様之事 口傳
当身之事 口傳
刀脇指抜口之事 術の上口傳
扉切抜之事 同断
扉探り座鋪探り之事 口傳
小刀並節之事 口傳
下緒之事 口傳
刀脇指拵之事 当流に専用ると云拵なし、大方世に有来る道具を去り嫌なく用る心也、古より用来る処、しかも正真なるべし、道具に異形を好は、勇士の制法に非ず、能々心得べし、然ども化粧拵へ手弱にして、不利方の無き様に心付べし、猶口傳
右の外にも用法少宛ありと云へども書に略す、尚又委事は広く尋る者あらば口傳に解べし
一 具足切之事 具足切とて分て云にも及ざれ共、直膚の時とは少づつ、相違も有ば、具足切と云所作、心持を傳る也、何れの術とかぎるも究屈なる様なれども、譬て云ば、金剛刀或は古傳の流玉にて事理を察し知べし、着する具足にもあき所、多き事、人皆知る処也、其弱き所を突切する事也、あき所弱みの所、大概七八ヶ所あり、能々心付べし、切る所作、突く所作ある中に突事利の多きもの也、具足を着ては身振りに心得あり、具足の着なし、悪き者は、弥あき身、弱身多き者也、然るときは、究りたる八ヶ所の外に、弱身を求る也、能々身の振廻し心付て、六具の時の勝負を察し知べし、明身・弱身を切り突く所作は、右の如の趣を以て応ずる事、我も知れば彼も知べし、然る間、彼がなす処の事をうばふ事第一也、能して 能せざる事を爾す也、惣じて身を能つかふ事を鍛錬すべ し、分て、請身の、防ぐ身の、と云事強て致す事にあら ず、身の運奔に任て、向所、皆刀剣となり、術を発する内に、防事も、請身も、自然に備る様に鍛錬し、唯々剣体・心三のものを一になる様に味ひ知べし、所作の応ずる心持は、小具足の解にも云如く、率然の利に能かなふべし、白地に解がたし、あらまし記す、此趣にて察し知べし、委く事にて心得べし、誠に術の枝葉也と云へども、此の如く解く処には少しく大切のおもはくも有、むざと云べからず、秘すべし、此術に志なき者、今時沙汰するには、剣術は直膚の時、第一也、六具の勝負は皆組打なれば、敢て剣術は入ざるなどと云者あり、是皆あらまし我見して云所也、素膚の時習ふ剣術なれば、猶更六具を着して、勝負には用ふ可き事也、何んぞ此術に於て運奔し、よく心体を味へずして、六具のとき自由の働なるべきや、直膚にてさへ、身心に叶ざる者が、身に六具を帯して自由の働なるべきや、然りと云へども六具のとき、直膚のとき、或は長袴、其外装束の時の仕方とて、事を極て、理屈なる事を云も、過不及のたがひ也、唯傳来の規矩を守て、心身共に自由をなし、時の宜に随ふこそ、正真の剣術なるべし、大概事理を知て後こそ、如何やうにも成べけれども、上達の人のまねをし、亦は曾て無面目に知ざる者の我身を生じて、武道不案内の沙汰多き者也、唯々己が事理を能鍛錬して至るべき者也、尚口傳すべし、甲冑の時は直膚の心持、すはだの時は六具を着したる心持面白し、能々味ひ知べし、形にあり、事にあり、形にあらず、事にあらず
一 二刀相之事 二刀には虚刀あり、実刀あり、両手に太刀を提て、始に用る一刀をゑば(餌)として、後の一刀にて打勝心持もあり、又手裏剣に我も其心得あるべし、弱みを突打所作、又は下より薙立て、はね落す類ひ、扨組んとするとき惣躰をたしかに、ひしと取ひしがんと強て思べからず、下散【革+周】、手先等、すべて著具のはずれはずれを取る心持、何の所にても向ふ所に付てしかと取、此方の鞍強くして引付け刺殺す、又右の如くしかと取て、鐙を当て引落す類也、浮沈の身仕ひする時、鞍のぬけざる事専一也、尤も表裏の所作肝要也、馬上より組て落るとき、落る所に少も心を止めず、地に落着所にて勝心持、或は取組落ながら突事もあるべし、少もたるむ心あるべからず、先に突心持忘るべからず、然れども、彼も知る所なれば此方も心得あるべきなり、馬上の太刀打、組合、別して身振に損益ある事なり、口傳すべし、早まるべからず、怠るべからず、形にあり、事にあり
一 多勢之事 三方一方の傳あり、敵を左へ請る心持よし、然れども一片に思べからず、傳と云はかようの趣にて知るべし、左へ請る心を知て、右へも受右へ請る心を知て、左へも請る、畢竟左右もなく前後もなく十方に通貫するときは応ぜざる所なし、形に非ず、形にあり、八方散乱と云事あり、口傳多、術に人数の定りなしと云事、構ずるべき先始に説義あり
一 闇夜之事 潜隠と与奪との傳あり、事利ともに口傳すべし、大方諸家に沙汰する処也と雖も、夜戦には別して傳あり、ひそかに傳べし、術に昼夜の差別なしと云事まづ始に説く義あり
一 馬上之事 馬上の事を馬術を達者にする事肝要也、乗馬の師に委く傳を受べき也、心躰釼を自由につかふ所、取の大概を解也、鞍固めの仕方、畢竟鞍中より身躰の生し出たる如く鞍に思つく心持なるべし、然れども、仕方六ヶ敷道具などを用い鞍を固たるは乗上りたる時の丈夫までにて自由に乗下なり難く、殊更変に応し急速の御不自由なるへし、故に當流には無造作なるを好む也、馬上の術は馬を打驚す類の事を通用にて敵も割れも其心得あるべし、弱みを突打、所作又は下より薙立てはね落す類い、扨組んとするとき惣躰をたしかにひしと取にても向ふ所に付てしかと取、此方の鞍強くして引付け刺殺す、又右の如くしかと取て鐙を當て引落す類也、浮沈の身仕ひする時、鞍のぬけさる事専一也、尤表裏の所作肝要也、馬上より組て落るとき落る所に少も心を止めず、地に落着所にて勝心持、或は取組落ながら突事もあるべし、少もたるむ心あるへからず、先に突心持忘るへからす、然れとも彼も知る所なれば此方も心得あるへきなり、馬上の太刀打組合、別して見振に損益ある事也、口傳すへし、早まるへからず急るへからず、形にあり事にあり
一 鑓相之事 直鎗にても、横手物にても、大概同じ事也、早く間を越、手本による事速なるべし、すべて太刀入に限ず、入身をば、長道具の方より打たおし、奪事あれば、よくよく心得あるべし、心得あるときは、柄打なんどに逢ても、さして動ぜざる所あり、其打を却て縁にする利も有、仕方・形の上にて、限り云事にはあらざれども、三行、右身、左身の味ひあり、入身によし、扨長刀に向ふ心得あり、長刀は鑓・太刀・棒を兼たるもの也と知べし、世に云鎌に向とき、此の如し、或は鼻捻に向とき、斯の如くして勝とて、事を極て云傳る術者もあり、一片に云難しと雖、みな左様なる六ヶ敷趣は、下手の雑談なるべし、一向知ぬ浅学の沙汰する所也、天地の中広ければ、我見及聞及たる諸道具、敵相ばかりには有べからず、終に目にも触ざる道具の相手も有まじき事に非ず、左様のとき勝負を如何すべきや、能々覚悟あるべし、是に限ず、皆愚術の上には色々せんなきおもはく多きもの也、当流に云所さへ、一片に泥んで用ひば、害を求べし、惣じて極め尽さざる所、是即窮めつくしたる所也、口傳々々
右諸勝負相七ヶ条の解は、あからさまに書に述がたき趣もあり、細すぎて呑込の為にあしき事も有、旁心持ありて筆を残す、志の厚き者は、委く問にまかせて残さず解べし、畢竟、あつき執行の上には、自己にもすむ事也、仍て爰に略す、努々妄に語るべからず
事理之口傳
事理の意味を二十四ヶ条の口傳に解述る也、此趣を本として、学べきもの也、幾度も考、工夫して、其理の深きをくみ知べき也
一 先後不止之事 先にも後にも止らざる也、先後は敵にあり、我是を求るに非ず、全先にあらず、後にあらず、先なるときは後にも是に兼、後なるときは先是に具る、一にして而も二也、二にして而も一也
一 乗而取間之事 機気に乗じて間に至る也、又送て間を取心持の事にもある也、位味あり、術の上にて委く口傳すべし、爰に略す
一 以構合敵之事 構を以て敵の所作に合向ふ事利也、術の上口傳すベし、構を以て敵に合すると云ども、其構に着する事なかれ、然ども合して合せざる心持と見るも亦非也、合して合する心なければ、其合する所の術空虚に落着すべし、合すれば合し、離るれば離れたるまでにて、敢て其合離の所作に心を止むべからずと云義なり
一 構心不異之事 かまへ 心一致して、異形のあやつり無くして疑はざる処也、畢竟 構は我心よりなす所也、構心一物と成て転ぜられざる処なり
一 移目付之事 眼を以て見るを目付、心を以て見るを移と云事は、形の上、云に及ばざる所也、畢竟、心意識の上と知るべし、心を以て向ふを移と云、意を以て向を目付と云、然れども、心・意・眼・形共に力を入れて、移り向ふと云事にあらず、当流に尤段々の目付もあり、此段は委く口傳すべし、此に秘す
一 先之定間之事 我利せんとすれば、彼も利す、我往んとすれば彼も来る、必生、必死の極る処也、剣術の主要は間也、心発すべき間あり、必不発所あり、其発すべき節、間をぬかすべからざる所、是を先の定間と云、諒に此間は見知る所の間に非ず、わざ利を絶す、鍛錬しながら自然、天然に知るべきもの也、又常々稽古の内に、先の戻ると云事あり、此先の戻らぬ様に執行肝要也、事の上にても委く解べし
一 移無遠近之事 遠きは遠きに随ひ、近きは近きに随て移る事、述るに及ざる也、此移は遠近一致の場也、いまだ一剣を提ざる以前、構・形あらはれざる先に移りたる所也、然りと云へども爰に移んとせば、かしこに空く、かしこに移んとせば爰に空し、唯々自然に移るに至ては猶余・不足なし
一 剣前体後之事 此理を弁へ知ざる故に、剣体前後の用要を知ず、体あれば剣あり、剣あれば術あり、或は剣を専にして体を忘れ、或は体を専にして剣を忘るるあり、夫体は、剣よりも先立ときは、剣何を以てか人を害せんや、大将軍諸勢より以前に出て討死する如し、将なきときは士卒何を以て利すべきや、故に剣前躰後の利を弁へ知るべし、是を知らざる者、誠に頭を延て討れ、手を出して切らるる如し、能々弁べし
一 剣躰備勢之事 勢のいまだ形に悉くあらはれざる所にて、内にそなへ、たくわへて未発の勢也、亦威を兼たる所の勢と見る心持もあるぺし・尤も威と勢と分て云ときは別也と雖、畢竟一つ物也、威は内に備はる所、勢は外に発する所なり、根元自然の威勢、天然に備はる所也
先師の傳哥に「威と云は峨々たる山の岨づたひ 恐をなして過りわづらふ」「勢は唯水の上なる浮瓠 さし引く手にぞ随ぞする」
一 先後當的之事 先後とは、敵と我との的を定る也、敵と我と的を定むるとは、先づ我的を定め、彼が為に的と成て向ふ也、我より的に当て向ふときは、則彼又同く的に中する也、然る時は敵と我同一対の的也、是を知んと欲せば、先我的に中て行所を第一とすべし、彼中れば我も中あり、彼外るれば我もはづる、彼打るれば、我も打るる、是一対の的なる故也、爰に至て、而も的をはなれて自由をなす、爰をさして殺活の一的とも云べし、能々味ひ知て至べき所也
一 進退依敵之利事 進むに退き、退くに進む事は、よのつねにして云に及ざる所也、若敵進むことを欲して退く事を示し、退く事を欲して進む事を示す、然るときは、妄に進むとき退き難く、退くとき進み難し、故に敵の利によると云、亦懸中待、待中懸と云、古傳の習あり、是等の理も味ひ知べし
一 応有本未之事 本は内也、心也、理也、末は外也、形也、事也、或は細に云ふ時は、事の上にても手もとの所作、手さきの所作等の品々あり、本を以て来るときは、本を制し、末を以て来るときは、末を制す、是応ずる事、本末によりて時の宜きに随ふ也、然りと云ども本を以て来るに末を以て制し、末を以て来るとき本を以て制する事もあるべし、是又時に応じ、節に制する事理なり
一 攻中之守之事 敵を攻る中に己が事理をつつしみ守る也
一 守中之攻之事 己が事理を守る中にも、敵を攻る也、右二ヶ条は攻守兼備する所也、術に於て云ば、攻るとなく攻め、守るとなく守る心持よろし、能々味ひ知るべし、攻んとすれば守る事すくなく、守らんとすれば攻る事すくなし、又攻めずんば勝つ事なく、守らずんば敗らるベし
一 釼躰形勢之事 悉く形にあらはるる所、巳発の勢也、其勢と云は、事を極めて此の如しと云ふ所にはあらざれども、譬て云ときは、畢竟己が所作にあやぶむ心あるか、疑の心あるか、恐るゝ心あるか、不得手なる所ある時は、剣体一致ならずして、思ひ合ざる故に、勢はあらはれざる者也、勢は忽然と満て滞る事なく、健かなる所にある、亦強弱合対して其勢を生ず、強弱和合の心持にかけて云所は、私に工夫する趣也、猶口傳に解べし、備勢、形勢、色勢の三、能々考合せ工夫すべし、孫子の軍形曰、「勝者之戦若決積水於千仭之谿者兵形也、又激水之疾至於漂石者勢也」
一 剣 体 色 勢 拍子之事 剣 体 色 勢 拍子は忽ち奪ひ忽ち与ふ所にある色の勢也、其節制拍子ここにあり、拍子には品々あり、諸家に沙汰する如く、拍子、無拍子と云、又無拍子の拍子と云、或は不合の拍子などと云、亦離るる拍子と云、是皆自他ともに功者の上の説なり、諸説のあしきに非ず、されども当流に近く説ときは、畢竟自然の威勢、天然の拍子なり、右備、形、色の三勢は元来一物也、事理を具に分ち、ヶ条に云ひ傳る故に右の如く也、能々鍛錬して自然の勢、天然の拍子に至るべし
一 釼躰釣合虚実之事 能事を鍛煉の上には知るる事也、分て述るに及ざる事也、然れども譬て云ば、発的電光の太刀の類にて味ひ知べし、切合・手の内等の虚実を弁へ知べし、敵の太刀弱ければ、此方の太刀余り、敵の太刀強ければ、此方の事たらず、然るに彼が強弱にかかわらず、事に過不及なく打込む事あり、此所、釣合、虚実、寒暖、自知の場也、如此の事理、何れの所作にも有也、能々味ひ知るべし、よき所さは、剣と体と思ひ合たる様に外よりも見ゆる者也、剣躰和合して肉身の如にして、血脉運動する如きの心持也、又足の指より太刀先まで血気行われたる如く成ほどに、剣体、釣合、心持面白し、此段は剣体、釣合を細に解に付て、浅き詞を認む、ゆめゆめ広く談ずる事には非ず、一通りに有まし説べきもの也
一 事利順逆之事 すべて順を撰み逆をはぶく事、何に依らず常也、然れども、さし当る勝負に去嫌あるべき事にあらず、順中に逆のある事もあり、或は左を捨て右を勝ち、右を捨て左を勝つ事もあり、何れ(を)用ひ、何れを捨ると云事は当流になし、然ども、時にとりての順逆利害を弁へ知る事、常々の執行の中に有り、平日よく事利、順逆、利害を弁じ学ぶべし、猶口授の義あり
一 守而不待之事 守は勝ざるの心持也、不待は速に勝を発する心持也、畢竟よく守て而も待ざる心持也、猶口傳すべし、孫子曰、「善守者蔵於九地之下善攻者動於九天之上其事利如処女如脱兎」
一 主一剣一理之事 我に応ずる所の一術を主とし、余念なく思慮分別を起さず、一心不乱にして勝を疑わざるを主一無適と云ふ也
一 長短一味之事 右は事の上にて口傳する趣也、畢竟は、長にして短を欺かず、短にして長に奪はれざるを、長短一味の事理を知ると云、然るを剣刃の長短に拘り、或は其刃を撰む、其の器に拘るときには、術の本心を失す、我心に吹毛の剣を対する者、何ぞ刀剣の長短に拘らんや、たとひ利剣を提げても、肉を切ずんば鈍刀也、鈍刀にて骨を砕くときんば、是利剣也、一心清浄の刃を能磨く者は、提する所の刀剣は即吹毛の剣也、本来の一刀は、刹那も身を離るべからず、能々徹底すべし
一 捧心之事 水上の一葉露を帯びる如く也と云々、委く捧心の弁にあり、爰に記さず、此捧心は当流剣術執行の主要也、此心を以て事理を学ぶべき者也、傳来と云ども其人の執行に依て、心持を加へて事理を解事も適々あるべし、然れども此捧心の弁は、古来のままにて解べし、理をあやまりて先師の傳に違ひ、文字等まで書改る事有べからず、事術についての心也、本心の説に何の心など、六ヶ敷名はなき事なり
一 水月之事 事理口傳すべし、向上なる趣なれば、妄に筆に述がたし、ヶ様の儀は、なまじいに委く解きあらはして却て妨になる事あれば、爰に略す、寒温自治の場歟、月無心にして水に移り、水無念にして月を写す、内に一念を生ぜず、事能く外に応ず、故に邪念更に生ぜず、能水月の全躰に至る可きもの也、一月は一切の水に現じ、一切の水月は一月に摂す
一 単刀直入之事 単刀直入の心神は、学者須臾も忘るべからざる所也、此理全き時は勝事明けし、是を思へ、正備解語して曰く、単刀は無刀の如く、直入は無相の如しと云々、猶面談にさとすべし、能鍛錬を重て爰に至べし、是を思へ是を思へ
右事理之傳授者、剣体心、正虚実明勝負得失、剣法正理之方規也
右に云事理の傳授は、剣躰心三の物の虚と実とを正し、勝つ所と負る所の得失を明らむる、剣法の正理を傳へる規矩也、”方”は”けた”、”規”は”ぶんまわし”とよむ也
右の口傳は皆々当流学士の定木鑑也と知る可し
雖然至剣心不異者、得之手、応之心也、可有能鍛錬也
右に云う趣大概知りて実及びがたき事なり、然りと云えども剣と心と不異の全躰に至るときは自づから手にも得心にも應ずべしとなり、能々身終るまで事理ともに鍛錬執行すべき事なり
一剣在手
万里中外

右二行は先師俊定教誨の語なり、文句を悪しく見なして一通りの理に泥(なづん)で一剣を手に置かば中々窮屈にて一里先へも中るべからず、不断一劒鍛錬し空剣の徳を備えば何ぞ千万里の外と云えども中らざるべけんや
極位一理不転位
一理一心、転ぜざるの位躰なり
金剛剣 全躰金剛なり、迷いを離れたる強みなり、水火の中と云えども不滅なり、禅家にて心を金剛の正体と云う、不生不滅なり
小太刀
三光
くまなく照らすぞ
小太刀
日巻
常に運行するぞ
極位高上本分之位
能縦剣  
殺人刀  
活人剣  
(図) 事/傳/哥 銘一人
右極位向上殺活之自在也
右とは前に云う所、極位は至極の位なり、向上は上達の趣なり、殺活の自在とは生死を實に能く明むるを云う、委しくは猶口傳にあり
同撰中之撰、秘中之極秘也、而機微言之旨也
同とは右に云う所又詞を重ねて云うなり、而しては上を受け又語を發するなり、機はきざしなり、万物の始めなり、物爰より出て是にをさまる所なり、微はかすかなり、たとへて云えば草木の枝をたれ実を生ずるもかすかにきざす所より生ずる如く剣術の広大至極の趣も斯くの如し、これに依り機と云う、其のきざしの如きわづかなると云う心にて微言の旨と云うなり、此の機微言の旨文字色々説もあれども六ヶ敷理を付けて見れば古来よりの傳に違いて悪し、是は旧古の傳に任せて解くなり、委しくは口傳是に略す、又枢機微言の旨と云う説もあり
全不此術此書、但守器用、感懇志可授与者也、仍如件
全き此の術此の書にて高上至極の思惑極めつくすに非ず、中々限りもなき高き場なり、術にも書にもあらわし難きほどの事なれども傳来を後代に遺す為、又は人々の執行の為に仮りにたとえて見せたるぞ
此の術此の書のあしきと云うにはあらず、事理の広大微妙なる所、亦修行の限り尽せざる所の心持をさして云うなり、器用を守り懇志を感ずるとは傳うべき人の器を能く保育してさて其の志の深く信なる事を察し、其の器に備わる人を知りて後に傳うべしと云う義なり
傳に依り傳来の事理、書物等にあらわし傳授する所此くの如しと云う心にて、件の如しと文句を結ぶなり、誠に傳来の趣委しく件の如き事理を解あらわして又此の術此の書に非ずと結句に述べたまう事先師の発明探遠の程謹みて感ずるのみ
八天狗菩薩

 加賀国の住人
   鐘捲外他   通宗

 近江国片田の住人
   伊藤一刀斎  影久
元亀年中 通宗を師として一流刀槍の奥儀を極め神妙を得たり
右両師の説 今更凡智を以て妄に計り知るべからず尊敬すべきなり

 北条家の臣 古藤田勘解由左衛門 俊直
天正年中 相州鎌倉に於いて一刀斎と勝負を試み師と仰ぎ一流刀槍の奥儀を極む

   同 仁右衛門 俊重
     後木斎と号す
 戸田家に仕、濃州大垣に住す

   同 弥兵衛  俊定

   杉浦 半左衛門 正景
     後三郎太夫と号す
寛文の始め俊定出府の頃 師の刀槍の奥儀を極む、祖父三右衛門正吉養子と為り家督を相続し秋田家に仕え後に牧野家に随身す

 安藤家に仕う
   杉浦三右衛門  正備
     後月叟と号す

   同 三右衛門  正森

右此の一冊、享保七壬寅年正月 子弟の為に正森始めてこれを書き記し秘蔵せしむ
同十八癸丑年十月二十九日 下泉遺言に依て北爪嘉置此の書を預かる
寛延四辛未年三月 北爪氏より流儀の奥秘相傳の刻 返授せらる、于時正峯二十歳
   同 三平    正峯

宝暦十癸未仲夏中旬 此書控としてこれを写し以て甲櫃に蔵す
天明三癸卯年 再びこれを考し、餘補不足有るを省みてこれを認む、以上三冊の外類本これ無し
田生氏の懇信に感じ且つ累年の執心に依てこれを授与せんと欲す、然る上は生涯受用し末期に及びて相続すべし、弟子これ無きに於ては、同門並びに親族相談の上師家へ返納せしめ又は焼失せしむべきもの也、其の旨常々家族へ申し含め置かるべきなり
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