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天神流劒術概説

天神流劒術(天心流劒術)とは
宮津藩士 中嶋治部右衛門重隆が少数の門人に指南した小太刀の流派である。
中嶋重隆は元高槻藩の人で実父よりこの流派を相傳し、宮津藩の中嶋家に養子入りして後は「流儀を廣め候義は仕らず、深志の輩に計らば密々に傳授仕り候」と少数の同藩士に指南した。
本稿に掲載の天神流文書は、いずれも流儀に関して藩の下問があったことを受け、中嶋重隆がはじめて不立文字の天神流を文書に著したものである。故に、藩の下問が無ければそのまま存在さえも知られず歴史に埋没したことだろう。

流儀の由来 | 極意之書 | 五行之巻 | 明劒之巻 | 神文前書
掲載史料及び参考資料
『丹後宮津藩中嶋家文書』個人蔵
『流儀言上之案文』個人蔵
『天心流極意之書』個人蔵
『五行之巻』個人蔵
『明劒之巻写』個人蔵
『神文前書之事』個人蔵
『中嶋重隆明細書』個人蔵

流儀言上之案文

 厳命を恭しく承り武術の儀を表し言上候事
天神流と申し候”小太刀劒術”の儀、その根元を相傳仕り候趣は、元祖の先師いつ頃の人と申す儀も相知れず、幼年の頃より劒術を好み自身に事術の理を覚え修行に精力を尽すと雖も、劒道極意の正理を悟られざるに、山上の神社に籠り立願しその儀の工夫を為して居られ候ところに、月夜に一人の老翁来りて先師向い問答を為す、発言に曰く「汝、何の願い有りて此の社に来る乎」と云う、
先師これに答えて曰く「予は劒術を好み修練を為すこと朝暮に怠らず心力を尽すと雖も極意の正理を悟らざる故、此の社に来りて立願し工夫を為すもの也」と云う
其の時彼の老翁教訓として曰く「汝、武術に志深きこと尤も殊勝也、然れども愚昧にして道理を知らず、夫れ天地の間の万諸天理の外なる事何ぞこれ有るべし乎、勝負の理は天命也、何ぞ夫れ我身を全うして人を亡くさんと思う事天理に叶うべし乎、則ち夫れ愚術也、又心鏡明らかならずして何ぞ思う向う者の事を見知るべし乎、我老躰と雖も汝の如き愚術を以て我に向うこと成るべからざる」と云う
立ち帰らんと欲す其の時、先師思うに「是れ今、予が工夫を妨げる天魔なるべし」と、社壇を飛び下り帯劒を抜きて彼の老翁に打って歩を進む、老翁は白き羽團を提げて立つ、正しく討ちたりと思えば其の切先は地に落ち、老翁の羽扇は先師の面に當る、幾度打っても同じ事也、其の後老翁間を隔て立ち向い、持ちたる羽扇を構えて曰く「是れ月也、汝が心當に入りて我は天神也」と曰く、其の時先師感敬して地に伏してこれを拝謝し頭上を見れば老翁は見えず、其の時先師又社壇に上りて神拝を為し彼の老翁の辞術を考慮して一術を起し是れを”天神流”と名づけ、其の後妙術を得たりと
去て先師の遺書にこれ有りと申し傳え、只今其の書もこれ無く、尤も他に傳わらざる秘術にして書巻等も御座無く候、私実父代々此の術を子孫に傳え候儀故、傳授仕り候、然れども実父申し残し候は「此の術極意の傳を秘し勝負の事は人躰に依って神文の上傳授仕り苦しからざる事也」と教訓仕り候故、流儀を廣め候義は仕らず、深志の輩に計らば密々に傳授仕り候、流名の儀後々”神”字を”心”字に改め只今流名は”天心流”と申し候、元祖の先師より相傳仕り候、観念御座候てこれを唱え候時は横難を免れ亦當流の傳を疎略仕り候者は必ず其の咎御座候、実信に修行仕る輩は天神並に武術守護神の加護御座候、この由申し傳え候
 菅原重隆謹捧

天心流極意之書 写





 起術之巻

 五行之術
圓羽之釼 上中下之構
隠月之釼 合場之術
波釼 相打之術

 極傳 剣は日月、術は天理
出月
入月
心月

 卯歌
天地乃間仁通宇月登日■照勢者人乃道廣幾也
我一人通宇月日能光遠者奈登雲雰乃江武扁記無明鏡仁向宇鬼神■登■曽乃奈須事者皆見由留也
 此の書元祖の先師遺書の趣也
 年號 月日 源和忠−菅原重隆

五行之巻 下書




 表太刀條之事
抜打
抜楴
相打
相引
受之入
切り之楴
清眼之構

 五行之勝身
圓羽之劒 上中下三段
隠月之釼
波釼

 奥術
出(スイ)月 入(ジュ)月 心月

試合別傳之術は當流「明劒之巻」に其の傳詳らかに記す
但、別傳之術は五行之変化なり、又変化掛りに来る時應ずべき傳なり

 秘傳五行之化釼
上は引附 中は備 下は波変
 (止り持つは上へ出す、相打を変るは入月
速先に應ず術、組木刀を取り上る時の傳
拂い掛けに應ず術、下段の入身
車釼拂いに應ず術、下段の打ち返し
真操に應ず術、下段〔右は波・中左は羽入〕
 惣事術合せて二十一本なり

右此の書巻は當流事術の傳なり、元より其の教法凡人の傳に非ず、故に修行の輩尠し、疎略に為すべからず誠心を以て執行を為す則は得術に至るべし
元祖の先師遺書の傳にて、第一天神尊天を敬信し奉り、出陣亦仕相に臨み則は観念を致し神拝を為すべし、必ず横難を免れ勝利を得べきこと疑い無し、若し不敬の心穢これ有り則は其の咎在るべし
謹みて執行を為すべきものなり
 季號月日 菅原重隆

明劒之巻写 下書



 試合修行別傳
先ず立ち向いて敵を見る事、目附を嫌う故一躰を心眼にて見る傳なり
又、組木刀を互いに立ち寄りて取る、則は當流圓羽の構えに取り上るなり
是は速先に應ずる心得なり、敵の事上中下の構えは對應なり
止まり待つ則は我が構え上中下何れにても心次第なり
敵動くに随いて流儀の釼理を以てこれに應ずるなり
但し急に上へ出す則はこれに應ずるべからずして、直に下へ入る事、是傳なり
五行の変術は秘中の秘なり、是は同門たりと雖も秘すべきなり

上段は引附打に変る
中段は備打に直る
下段は波劒に変る

組木刀を取り上るは流儀の構えにて右の足を引く
拂い掛りに應ずること、下段下へ入り勝つ
車釼掛りに應ずること、下段手裏へ勝つ
真操に應ずること、下段我が右へ来れば波釼、中左へ来れば圓羽へ入る

右一巻は試合傳授の書なり、門人の中修行の功勝れたる者は常の事を離れて時の変に應ずべき事術を相互に修行すべし、尚亦其の時に臨みて口傳これ有るべきものなり
 季號月日 中嶋重隆

神文前書之事

 神文前書之事
一 天心流劒術御傳授の儀、堅く他見他言仕る間敷事
一 御流儀御相傳の事術、聊か疎略に仕る間敷事
一 師に對し野心存ず間敷事
右の條々相背くに於ては天神尊天武守護神の御罰を蒙るべきもの也
安永三甲午年 正月廿一日
   小谷輿一左衛門直 判+血判
 中嶋治部右衛門殿

神文前書之事

 神文前書之事
一 天心流劒術御傳授の儀、堅く他見他言仕る間敷事
一 御流儀御相傳の事術、聊か疎略に仕る間敷事
一 師に對し野心存ず間敷事
右の條々相背くに於ては天神尊天武守護神の御罰を蒙るべきもの也
安永三甲午年 正月廿一日
   岡崎代次太郎 利 判+血判
中嶋治部右衛門殿

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