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不易流砲術概説:流祖の書簡扣

不易流の師家の記録に拠れば、酒井家に於けるの同流の御家祖 古川八郎右衛門以来の流儀に関わる諸文書は、「指南送り」と云う扱いにて各代師役に承け継がれた。こゝに掲げる『流祖の書簡扣』もその中の一つである。古川八郎右衛門については、別項「流祖の足跡(二)」において述べた通り。

掲げた文書(1)について
(1-1)(1-2)は流祖 竹内十郎左衛門の書簡を控えたものにて、平素のやりとりではなく流儀の教えが述べられている故に、斯うして特に記録されたものと考えられる。(1-3)は署名を欠くものゝ、表紙の記述によって古川三六(古川八郎右衛門の子)の書簡と知れる。これもまた竹内十郎左衛門の書簡と同様に、流儀の教えが記されている。

掲げた文書(2)について
(2-1)(2-5)(2-6)は伊達吉村公の臣 長田軍蔵(竹内十郎左衛門の甥)の書簡にて、幕臣 西尾権八郎宛てゞある。酒井家の炮術師役 下田源太夫は、古川氏の縁辺 西尾権八郎を介して長田軍蔵より不易流の教えを承けていた。この事情についてはいずれ別項にて。
(2-2)(2-3)(2-4)は流祖 竹内十郎左衛門の書簡を控えたものにて、(1-1)(1-2)と同様、流儀の教えが述べられている。中でも特筆すべきは炮術の業を教えるために飛脚を遣わした(2-2)の書簡である。飛脚に業を見せて傳授を承けよ、上に聞こえては差し障りがある、と内々の相談が述べられている。
掲載史料及び参考資料
『流祖の書簡扣 1』個人蔵
『流祖の書簡扣 2』個人蔵

□…欠損 ■…不読 []…管理人註・補

1

玉目九寸筒町不足節
薬合様口傳書

百筋入薬矢倉付傳書
竹内十郎左衛門 古川三六手簡
扣也

1-1


 百二十筒入 白穴四寸一歩
    玉火重さ四百六十目
    乱火玉矢倉薬積に左

一 四十二   二リ
二 四十四   五リ
三 四十六   一ツ二リ
四 五十二   一ツ七リ
五 五十九   二ツ六リ
六 六十八   三ツ五
七 六十八   四七
八 九十    六
九 九十二   六五
十 一百    七

一 九寸筒もし町数思召まゝに
無之候は薬力少〃不足に御座候
能〃やけんの両ふちに付候迄
おろしきりそれへ松のあま
はたを手一足に切りなべゑ入
水したゝゝに入その水の半分に
成まてにせんし[煎じ]つめそれを
右の薬へしとに打よくゝゝ
かため天目に干し能干きりたる
時又やけんへ入両ふちへ付候迄
おろし今度はしと無しつねの
ことくかためにしてきさみ
かわらけ或かわらにてしめり
を取それにて御打可被成候此薬
   くち
のたち口はほつをは取申候
とんとなり申候此薬の
力仕寄に和合にて御座候
左様に御心得可被成候口傳

 七月三日 武内十郎左衛門
古川八郎右衛門様

1-2


一筆致啓上候先以道中
御無事に御着弥御堅固御座
候哉無御心元奉存候爰元
御宿御別条無御座候由
頃日心丈夫承知候拙者も
息才罷有候此春は
御心の侭成御稽古候間
万端に御心を被付能〃意味
御究可被成候先返御差圖申候
通に御心を被盡御放町
尤と其通さへ御試□も
理挙可至候所おのれと
あらはれ御■道に罷成候
たゝそそうニ成り候てはせん
もなき事にて御念被入
あきたる事なく候其
玉合其薬力筒のすわり
迄一放ゝゝにめいさいに御書付
御持参可被成候已後迄□弥
御稽古可被成候其書付已後
御覧候へはそれ迄以御切の象るニ
したかい御工夫出申候
中段申候くり事なから
申度又は御様子も無心元
能所飛脚如此に御座候
暑氣の刻に御座候間随分
 はつらい
御煩不被成候様に御仕廻可被成候
八太夫殿へも御心得可被下候
以上

     竹内十郎左衛門
六月廿一日     (判)

古川八郎右衛門様


  玉目不知
         ┌玉肉一分五りん
一五町五十目 七つ│なまり五百□
         │いこ土やき
         └薬百五十目
 筒入二三枚成故つよし
         す
 玉ひらける一分のすきにて木筒に
 用かるへし金筒にはからかね玉
 なまりを用るならはあいすき
 二分にして矢筒薬を用へし

一三十人薬九匁木玉有一町にて
 いんたい目印の角を取巻
 木玉ならの木を用る故
 くだける 向後はかしの木を用
 木玉くだける時は玉とぢ合あしゝ
   古川八郎右衛門稽古

1-3


  町見臺ヲ以五品見事

 立見
 下見
 平見
 遠■見

一立見は本臺にてつもり
 一尺の上り見て其間にかける
一平見は竹に紙を持そへ
 此方のさいはいに背にて
 上け下けして見臺の
 高さつもり竹の内にて
 引残りをひき候と知へし
 此方前のたいよりみぢかき
 時たいの高さの内にて引残
 を此方より高きと知へし
一遠見す事一の見付にかけ
 をさし二の備へ引廻し
 又其見返に竹をさし其
 間の寸方其町をかける
 相備の見相知る右二の
 見付へ引込す時に本
 の本のうこかさる様すへし

2

不易流元祖
 ┌竹内十郎左衛門頼重より
 │古川八郎右衛門正光方へ
 └口傳書覚

長田軍蔵より西尾権八郎殿へ
書付覚

2-1







一不易流大火矢御傳受被成度
思召候間委細書付可申上候由
承知仕候連々工夫仕相認指上け可
申候只今迄無御座書物書立申儀
余程手間取申候故急には出来兼
候大躰は御合点御座[候]得共火
うつりの義相知れ兼候様に思召候
由御尤に奉存候得共夫は御工夫故
危?き方に御座候又傳受の通書
物に仕候には初發つより火矢一本宛
御仕立被遊早々繪圖に不仕候ては御合
点有御座間敷候火うつり斗に無
御座矢からけ又大切に御座候尤一本
々々仕立右火うつり矢からけ以後の
火うつり筒入あへすき等有
御座候

一鏃矢の矢からけ筒入相すき疾と
御覚へ被遊候哉此段しか〃〃御覚
不被成候得は繪圖に仕候て指上け候ても
御拵危く御座候鏃矢の御仕立
御覚被遊候通御書付為御見
可被遊候尤此方より指上け候は
右御書付に構申義無御座候
出来次第能便り指上可申候

一下田源太夫へ佐右衛門様より御傳受
に被成度思召御病氣中にも其
事被仰候由酒井の御家
御恩報しの思召御尤至極感心
仕候併慮外至極に御座候得共
貴様御稽古の御程も御床
敷奉存鏃矢拵御覚被遊候
通為御見被遊候様申上候源太夫
稽古の程いか程に御座候哉是又
御床敷奉存候中〃忘儀の口傳
并書物扣にて御覚候斗にて
大筒打とは難申奉存候第一
   あく
筒の善悪并張筒鋳筒
■■
■流筒を相用候義数多
御座候所に右筒長中短薬
持の分合厚筒薄筒により口薬
のせんあく筒合のせんあく造玉
拵せんあく其身合点有之衆は
ゆるしの大筒打八郎右衛門様
御弟子にも余り無御座左様の
義具にて第一鑿吟味被致
人に無御座候ては上より鉄炮御用被
仰付候ても御用に立候事は扨置
筒損し却て 上に御為に不相成候
義に御座候御傳受の望御座
候はゝ先〃其段能〃御尋被成
此度申上候様に其身稽古のたけ
御かゝせ御覧可被成其上にて御傳受
可被成候源太夫と申は吉之丞事に
候哉左候得は幼少の時分不折入
生に付に御座候間埒明き申間敷
左様略事に候はゝ發明成生に御座候
間只今迄稽古の程により可罷成
第一其身の器量心ばせ次第に
御座候下地能候はゝ何とそ願候て
當地へ罷下り候へかし□御座候
尓今武道すたり不申
御家の路金并當地逗留
中之物入は上より可被下候間願にて
相叶候程の器量に御座候哉御
床敷奉存候罷下り十郎左衛門様
より御傳受仕置候極秘とも
不残相傳 酒井の御家御調法に
も罷成候様に取かい可被成候此方
外聞あの方御家御外聞に■存
為□候ては永き逗留不罷成候
遠境故上下両人扨は三人
くらい
位にて罷下り小半年も半年
逗留仕心かけけ[誤字]に無御座候ては
書物其外疾と呑こみ申様に
成申間敷不易流の大筒
打には私程覚候衆も関東に
おそらくは有御座間敷奉存候
最早餘命無御座私迄にて
すたり可申残多奉存候少し内
ならは仙右衛門殿御門弟罷成
兵学仕候義且又旦那方にて
猪狩等の人数立并先年
西國唐舟漂泊の節為御打
はらい
拂い被遊御舟行別等うつし
とり海上大筒為打様并
組筒為打様誠内筒配分
武頭人数立様の事百或五百
千人の足軽成共少も滞り
不申候様夫〃に手分け可仕と
奉存候

          このみ
一申上候大火矢を御大望に被思召
候得共極意は大火矢よりには
百百五十目以上短筒中筒にて
頓速放法極意御座候前府
       
免許の打手衆此意味迄
稽古の衆有御座間敷いはん
や執心の免許にて其志浅
折入師匠に承候故無御座故
に御座候貴様にも御執心無之ては
具業には折入不被遊候故何
とそ御工夫被遊
公儀へ被 仰上右の御筒并頓速
臺等御仕立被成永〃 公儀の
御用立候様御弟御取立被成候様宜き
御奉公御座候御立身の方斗思召候ては
武士道御本意薄く
公儀御用少御座候はゝ貴様
御一代切りか扨数馬殿迄に右
鉄炮すたり申候様にては御立
身の方にもさのみの事も無
御座候佐右衛門様 酒井御恩報の
御志しと御察し可被遊年くわん[願]
私迄彼御家の御恩にて鉄炮
一流貴様迄は自満も仕候

一鏃矢からけの事右に申上候
百筋入成共百五十筋入成共
筒何筒にて白中何程薬いか
程いか程にて目数何程其筒
入の仕形土臺拵并何町の場
矢倉何程矢ひつ[弼]拵木は
何を以被成候矢ひつに付候皮仕立
の義一通不残御書立可被下候
尤矢倉付町つもり薬目
数等流儀の切り字御書立可
被遊候無落御覚被遊候得は御手入
にて能御稽古御座候御落御座候
□加筆仕可指上候 左様御心得
右の通り無御座候ては御危事に御座候

一前橋にて斎藤兵助松尾久助
大火矢工夫打手免許取り候衆
の内勝れたる稽古人に御座候
頓速放法稽古は無御座
奉存候佐右衛門様御浪人以後
中短筒の早打早込にて
稽古御座候源太夫に被成御尋
不拵候は〃此末心を付年懸為
聞候へは様可被成候佐右衛門様定
江戸の節は御客有之節
百目九寸の早打御客へ御馳走
に度〃有之貴様には私より
御覚可被遊奉存候前府に
無御座候はゝ貴様御傳受の程は
不奉存候其餘は私年に可
有御座何とそ御工夫可被遊
公儀の立 御用候様に被遊候御覚
不仕候かの義は追〃御相談
可申上候依之源太夫にも稽古の
程にてなましいかいに可被成御披見
以後火中

 正月十日  長田軍蔵

 権八郎様

2-2


┌武内十郎左衛門殿手簡成 [此行後筆]
追啓御飛脚乍御無心貴様
御方に被差置町場へも被御継
遣被召連相應義も御座候
て御申付可被下候尤幕の内
御入被遊貴様御手きわ
をも御見せ可被下候此者の
咄にて貴様御手きわ見申
候様に承可申候扨又至ての
御意に御座候得共此の
飛脚に九寸の百目今以十七八
町百目中筒を以一放何とそ
御打せ可被下候は拙者大き成
御恩に可□[報?]候勿論上へ相
聞候てはいかゝにも可被思召候
得共御家老衆御咄無御
座候間を御見合偏に奉
願候委細は御帰り候以後
御内談可被下候とかく御うたせ
可被下候是非に御うたせ可被下候
    
其元の首尾はいか様にも被成
とかく御うたせ可被下候以上

      武内十郎左衛門頼重

 古川八郎右衛門様

2-3


口傳有
一筆啓上候弥御■■に御
放町の時節に御座候半と
察入罷在候爰元御宿へ
一両度人遣し此度は
手前に用にて無音候事
御見舞可申心かけ申候
然に九寸筒もし町
思召まゝに無之候はゝ
薬力少不足に御座候
能々やけんの両ふちに
付候迄おろしきり
       はた
それへ松のあまかわ手一束
に切りなへ入水の半分に成
までにせんしつめそれを
右の薬へしとに打よくゝゝ
         ひ
かため天目に干能〃干た
るゝ時又やげんへ今度は
しと無之もつねのことく
かためにしてきさみかわらにて
しめりをとり是にて御打
可被成候此■■はほつとは
不申候とんとなり申候
此薬力仕寄に和合にて
御取左様に御心得可被成候
且又河内守様より佐渡守様へ
御意被成被下候様にと申事
貴様も御失念と相見へ
申候間二三日中に佐渡守様
御立にて御座候

2-4


  薬法

百目九寸筒無二思召候
通り町不参候はゝ口傳
薬力不足に御座候此時は
能〃やげんにて押し尤も両ふちへ
つき候様をし夫へ松へあ
まはだを手一足に切り
なへへ入水半分に成るまて
せんしつめそれを右の
薬しとに打ちよくゝゝ
かため天日に干能ひたる
時又やけんへ入れたふり
付候様おろし今度は
つねの通りかためきさみ
かわらにて干打ち申
口傳是は仕寄筒に用
薬也

    武内十郎左衛門

古川八郎右衛門様

2-5



御別帋三通拝見仕候大火箭
の義は先書の便に工夫の一巻相
調指上申候御披見の上相済可申候
一木筒の義能御覚被遊一段と
 能御座候得共願の事に被仰下
 候義惣て物を軽〃敷被思召
 御麁抹と御座候重ては途中の儀
 被成御加落散他見の節相知
 不申ヶ様に可被遊右の所貴様に限
   下上
 不申許免の衆そまつの故
 真実の許出不申名斗にて
 何も執心の許故鉄炮手に入
 候衆古川八郎右衛門殿以来多くは
 無御座候
一矢込の義以の外成御覚にて
 御座候小筒の稽古に玉きしみ
 七八寸或は壱尺内外の筒見
 より参候玉落不申事無御座候
 いわんや大態殊に遠間を
 打申候に左様にて殊に遠は埒明き
 可申哉右進申上候御落嘆候
 節他見に及候共合点不■候様に
 可申上候
一土臺の事を是又同前に御座候

一大筒早打筒留の義是又
 右の通に仕立仕置申上候より
 外には致方無御座候
一木筒水より御上け候節の義
 是又御執心の御傳受何も
 左様に御座候左様にては埒明き
 不申候

一棒火矢の義御稽古落
 御座候ゆへ他流を御用可
 被遊候乍憚至て不宜候
 元来えんしやう硫黄共に
 土より生しねばりしめり
 有之物御座候其上流義
 にて一段手早く埒明き申工夫
 元祖致呉候是又右の通
 申上候には新作に御心得可被遊
 御大望御座候故何とそ御仕落
 無御座候様に御工夫にても外に
 御相談御相手無御座候間一度
 二度内御稽古不被成候ては御合点
 不参御落出可申候明□
 □手懸け候ても左様に
 可有御座と奉存候當年
     らん
 當地にて乱火玉を打損じ又被仰付
 乱火玉打直し筈上より申付候
            まと
 仕度仕候弓鉄炮共十五間的角
 星一放にて其い味相知申物にて
 無御座候はゝ二品共に上手も下手も
 無御座候縦は食事仕に急き申候
 節も風味一えん不存候にてとかく
 鉄炮は猶更其味は常の玉薬
 込同前に不能よはからすむつくりと
       ┌────┐
 仕候か大小共○に御座候└時
         た
 然る心も相知不申他流仕掛け
 相まじえ
 公儀へ被 仰上御打被遊候思召
 一えん御同意不奉存候私仕立
 差上ぐ一巻に大火箭の銘を
 探樞要書受と銘書仕
 奥書永〃と仕候は身分の
 みやうもんには不仕候元祖の
               なを
 工夫はく太[莫大]成御手に太功猶又
 八郎右衛門殿能御稽古にて御手入の事
 残し大■を御感心被遊右に
 不背様に御工夫被成何とそ
  まきれす  こうむ
 首尾能御本望被蒙候御
 大望事第一に御座候■■私
 方へ御尋被成候仮染の可■をも
  たけん
 ■他見共返し不申様可被成義
 第一に奉存候追〃可申上候以上
 
  八月六日 長田軍蔵
 
  権八郎様

書中樞要書受と云うものは、元文5年閏7月14日、長田軍蔵より西尾権八郎を介して傳授された不易流の極意にあたる書物である。

2-6


又申上候鏃矢の義得と御覚
被遊候事にて御紙面あらゝゝ
            こゝろ
敷味相不知申候故猶又無御心元
奉存候私指上候樞要書受
通始より終迄相済[候]様に御麁書
と可被■左様に無御座候得□
御覚の味私得心仕兼候乍
憚佐右衛門様御存生の上御相談
被思召可被仰下拙者とても其
手にかけ打候義は一度もなくては
無御座候得共鉄炮を以身を
持可申候覚悟にて御咄共具に
承り御秘事の儀は御秘事
の様に流儀の切り字にて
覚仕置候縦は麻壱筋
何割を用候と申義をも
流儀切り字御用可被成遠
     ひ
国へ数敷極秘共御取替せ
候には落散の義専一
御座候間其元に御扣無■被
指置被仰下候■御尤□
奉存候當年も且将自筆
書状飛きやく小人紛失仕
改候内に見送申候三十年以
来数度の義に御座候由勿
論前に被仰下候義は私存命
候得は従是申上候追て
不被仰下候共能御座候併
鏃矢一通り御打候内へ御書
加へ被遊候義は別段に御座候
是は御書入可被成候矢込以後
くさびの様に御詰候との義
御傳受程相知悪く候ヶ様
所に風味あぢわい有御座所に
筒入あいすきも
其矢の大小にもより申候間
相すき多く候得は矢を増或は
矢からけ相済候以後■は薬を
も増候義其時の品より申候
   よは
不張不弱の矢込此相すきに
御工夫入候所に御座候木筒
或は鋳筒に候得は薬を増候にも
心得御座候過申仕候得は筒損し
申候張筒に候得は五六匁増候
共損し候程の事無御座是又
筒の片厚の程に御工夫入申候
諸事御心を被免候共は埒明き
不申候能〃御念入御危き■■
奉存候

2-7

 せん
一舟中にて破貫子水上玉
 要貫子等舟へ打込候節
 要所と申義有之候
 口傳是は舟供に有る ■■
 申候物打ちやふり候得は
 舟うごく事成りかたし
 殊舟方にても大節に致候
 義御座候是やふれ候得は
 舟かゑり申候事御座候
 故要所と申置候不■斗
 やふりたかり■にても
 たてをつき候得は難成候
 此節■■をきびしく
 打ちやふり候事専一に御座候
 ふねのたて殊外しやうふ
 いたし候得は重み張成り
 ふねしすみ申候事御座候
 あまりしやうふには難成候
 義御座候口傳有り

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