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上京道中日記

三条実万──┬──三条公睦
      │  │
山内豊資┬─│──恒
    │ │
    │ ├──三条実美
    │ │
    │ ├──河鰭実文
    │ │
    └─│──山内豊惇──山内豊信
      │  │
      ├──数姫(婚約)
      │
細川斉護┬─│──細川慶順(殿様)
    │ │  │
    │ │  ├──細川[長岡]護久(澄之助 後右京太夫)
    │ │  │
    │ └──峯(正室)
    │
    ├────長岡護美(良之助様)
    │
    └────勇(正室)
         │
         松平慶永

文久3年8月18日、八月一八日の政変。政情の急轉によって熊本藩主 細川慶順公は同年9月10日熊本を発足、9月28日に入洛しました。このとき、同藩の三藝師役 星野如雲翁も公の上洛に御供しており、滞京すること174日にして帰国の途につき、文久4年4月10日熊本に帰着します。この上京・滞京・帰国の日数あわせて206日間の日々を記録したのが、こゝに紹介する『上京道中日記』です。

先ずは細川慶順公が上京に至るまでの主な出来事を挙げます。

文久3年8月20日
熊本藩主細川慶順、隣國諸侯と協力して公武一和に周旋する所あらんとするの意を藩士に諭告す。

文久3年8月23日
在京熊本藩家老長岡内膳、藩士轟木武兵衛・同山田十郎をして、長州に赴き、権中納言三條實美等の動止を探り、歸藩して之を藩主細川慶順に報告せしむ。

文久3年8月24日
幕府、熊本藩主細川慶順に豊後日田陣屋及附近幕領の警衛を命ず。

文久3年9月11日
熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同長岡良之助、熊本を發して上京の途に就く。

八月一八日の政変が起きたのは8月18日、七卿落ちの事実が公に発表されたのは8月22日、熊本にこの急変が伝えられるには今少しの日数を要したことでしょう。在京の熊本藩家老 長岡内膳は直ちに三條実美公等の安否を探索させています。これは條公が細川慶順公の義兄にあたるためと思われます。

掲載史料及び参考資料
『上京道中日記』個人蔵
『維新史料綱要』東京大学出版会

□…虫損  ■…不読  [ ]…管理人註

文久3年9,10月 熊本を發足し京都へ



 九月十日 晴
朝五ツ頃發足新類相門中
泰勝寺馬場迄送る同所にて酒を
飲大津松岡にて平八 庄兵衛 傳次郎
来る五ツ前内牧着直に長谷川方并
小堀 加〃美方へ参る

 同十一日 晴
朝六ツ頃内牧發足當地江嶋
安左衛門方にて種〃馳走にあう
笹倉にて城井國右衛門に逢ひ
酒を出す日入前久住町白石
官兵衛宅へ泊る

 同十二日 晴
朝六ツ過發足元谷にて昼飯を
仕舞今市村出小屋にて菓子を
給へ七ツ頃野津原桜屋藤左衛門宅へ
泊る當宿にて酒を飲
[鹿児島藩主茂久生父島津久光鹿児島を發して上京の途に就く]
[和歌山藩兵富貴村より進撃して鳩ヶ首(大和國吉野郡)を占領す]

 同十三日 雨
朝七ツ頃より發足六ツ過より微雨四ツ頃
靏崎播磨屋猪兵衛方へ止宿
其前欅ヶ小路の出小屋にて宮安
勝と酒を飲當宿にても酒を飲
長谷川方小堀 加〃美止宿に廻勤
御番宅へも右同様野津原より守袋
切遣す夕飯前御神酒
[靏崎=大分県大分市鶴崎]

 同十四日 晴
終日寝申候昼酒飯夕七ツ頃より乗
舩冨海杉村屋兼吉舩頭上乗り
利根新九郎

 同十五日 晴
朝茶碗求に上陸四ツ頃より
御目見に出る九ツ過御着
御留渡御番宅にて直に所〃へ
廻勤して乗舩祝仕申候

 同十六日 朝曇四ツ頃より雨
朝五前御乗舩直に御出舩
自身ハ深江へ懸る同所にて昼飯
前酒を飲
[深江=大分県臼杵市深江]

 同十七日 晴
朝六頃より深江出舩 夜四ツ頃予州
松山領つわの港に碇泊

 同十八日 晴
朝六頃よりツワ出舩白濱
碇泊

 同十九日 晴
白濱より出舩弓削にて暫碇泊り
上陸八幡宮参詣同所にて肴を
求る回嶋港に暫く碇泊暮前より出舩
あふとの観音伏拝み夜五ツ頃
備後鞆の港にて碇泊

 同廿日 晴
朝日出頃鞆に入湯市中見物
祇園社に参詣寺社の下小松の重盛の
墓有之銘酒屋にて保命酒を飲
昼後津崎にて矢幾の魚釣る

 同廿一日 朝打曇夕より微雨
朝八ツ頃より鞆出舩獅〃嶌へ
暫滞舩上陸大師参り仕申候
夫より金毘羅宮よふ拝よ嶋
六半頃着舩其夜碇泊

 同廿二日 
六頃より出舩日比碇泊上陸帯地
立寄暮前より出舩備前口暫
碇泊暁より出舩六ツ頃

 同廿三日 雨
六ツ頃牛窓に着舩津田列明石列
西松列の舩に逢暫上陸所〃
見物其夜碇泊

 同廿四日 晴
未明より牛窓出舩昼頃室
着直に上陸明神参詣皮文庫
抔求問屋にて酒を飲む八ツ半頃御着舩
直に任真丸に御乗移り其夜同所に
碇泊り

 同廿五日 晴
六前より昼出舩朝追風昼前なき
四ツ頃大坂着常安橋下タに懸る

 九月廿六日 曇
朝五前より上陸頭〃打廻宿状
仕出西松に頼む夫より湊橋西詰
平野屋嘉平方へ止宿算用
仕舞夫より道頓堀心斎橋通り
高臺橋通り乕屋餝頭求
七ツ半頃帰り同所にて酒を飲む布
うりを生捕志水 関 利根 永江 兼吉
来る
[藤本津之助・松本謙三郎和歌山藩兵と闘死]

 同廿七日 晴
朝七ツ半時の御供揃にて大坂御發途
下拙共ハ御昼枚方迄非番枚方より
御供伏見迄六半頃御着
[吉村寅太郎津藩兵の為に斬らる。其他餘黨悉く潰ゆ]

 同廿八日 
七ツ半時の御供揃にて惣御行列立
六ツ頃御發途御先無足六拾人
銘〃槍引付御先に三行に立つ昼頃
西本願寺へ御着直に御廻勤の御供
夜五ツ頃御帰殿右門前性應寺へ着
鷹司様 廣橋様 飛鳥井様
■■宮 中川宮様 近衛様 一条様
二條様 正親町様へ御廻勤

 同廿九日 晴
非番所〃廻勤宿状仕出
泊り番


 十月朔日 微雨
       六半時の御供揃にて
朝六過御本陣引因刕様
御出九半時の御供揃にて
御参
内下拙非番に御役所へ
出大宮通り松原通に出さめ
かい通[醒ヶ井通り]に帰る夕七ツ頃より晴

 同二日 晴
五ツ時の御供揃にて
良之助様
御所御番下拙共非番
朝飯時より外出大佛 清水寺
祇園 知恩院 南せんじ 獅■谷
夫より直に四條を通り暮前帰る
[熊本藩家老長岡内膳忠顕の歸藩を聽す]

 同三日 晴
朝五ツ頃御所より御帰殿昼酒を
飲む昼後寺町迄出浮神■
をたへ暮前帰る
[鹿児島藩主茂久生父島津久光京に至る]

 同四日 晴
朝五ツより御供伺夜六頃宮川
小堀 白木 新井御廣敷當分
被■候

 同五日 晴
九ツ時の御供揃にて會津侯
 烏丸通り
旅宿中立賣上ル施薬院へ
御出五ツ頃御帰殿
[施薬院は御所の西中立売御門に接する北]
[浪士真木和泉本藩の追捕を避け三田尻を發して山口に遁る]

 同六日 雨
六半時の御供揃御所御番
西園寺様へ御出昼後暫く
天機御伺御供仕御所内
紫震殿内待所拝尚又
西園寺様御泊り下拙六ツ晴
[諸藩に令して藩士及浪士等の公卿・堂上間に遊説するを厳に取締らしめ且其在京藩士の員數氏名を録上せしむ]
[前藩主松平慶永の罪を赦し明日之に上京を命ず]

 同七
六半時の御供揃
良之助様 西園寺様へ
御出夫より御二方様御同道にて
中川宮様へ御出昼頃御
帰殿夕加〃美へ参り西崎へ
参り病中にて御供伺引
[中川宮様=久邇宮朝彦親王]

 同八日 曇
朝御供伺の處病中にて引
良之助様御名代として
勘解由殿御所御番夕
宮安離盃仕候 三文字屋手代へ露
       席頼つむき羽織借置

 同九日 晴
朝■方乕吉来る酒を飲
近藤半蔵来る
[軍艦奉行勝義邦京都守護職松平容保を訪ひ審に諸大藩の形勢を陳じ公武一和の要を稟す]

 同十日 晴
四ツ半時揃にて士席以上
召出風邪にて出仕不仕
栗崎道波来る永田岩助来る
御飛脚品入状仕出す受取来る

 同十一日 朝晴五ツ頃打曇
安田出立大沢来る栗白飯

 同十二日 晴
御所御番下拙病中にて引
尚又無足着
[無足とはその身分の者たちのこと]
[朝廷諸藩に令して攘夷の挙は総て幕府の指揮を俟つべく軽挙暴発すること勿らしむ]

 同十三日 晴
病中にて引入達仕候仁田方に
持せ遣す御国よりの御守状魚住
持参有廿三日仕出後日書状来る建部
安東 岐部 池上 守永其外数人来る

 同十四日 晴
       ■■宮様へ御出
夫より西園寺様へ御出松平肥後守様へ御[出]
       五ツ頃御帰殿

 同十五日 晴
御神酒猪肉を食道波来る
[道波は五日前風邪の診察に来た醫者]

 同十六日 晴


 同十七日 朝晴昼少〃雨
五ツ時の御供揃にて嶋津三郎様へ
御二方様御出近衛様 一條様へ
御出渡邊■遠山■林田
■■栗崎来る夕入湯
[嶋津三郎様=島津久光]
[熊本藩主細川慶順の弟長岡護久・同良之助書を以て前福井藩主松平慶永に寄せ曩に慶永の家老岡部豊後を熊本に派遣したるを謝し且京情を報ず]

 同十八日 晴
朝髪を結ひ使場達仕
小堀建部両先生に持参所〃
廻勤昼飯後寺町誓願寺を
参る乕見物楊弓を引四條邊
にて買物仕候
[前福井藩主松平慶永京に至る]

 同十九日 晴
朝飯後御供伺昼後関殿
参る醒ヶ井通に長刀鞘頼
廿六日迄受合
[長刀の鞘を注文]
[福岡藩世子黒田斉慶贊京に至る]

 同廿日 薄曇
四ツ頃より寺町邊迄見物に出る
[前福井藩主松平慶永書を大将軍後見職徳川慶喜に致して大将軍及慶喜の上京を促す]

 同廿一日 晴
朝飯後は宇野 板垣同道にて
妙傳寺邊迄行甲を松原通に
頼来廿五日頃迄受合寺町にしころ
簑頼廿五日頃受合三■にて
泊り番

 同廿二日 晴
六頃御本陣より引
[熊本藩主細川慶順曩に禁闕守衛の為上京せしめたる元親兵五十餘人に他人面會・交通等を禁ず]
[熊本藩主細川慶順の弟長岡護久・同良之助連署して書を前福井藩主松平慶永に致し大将軍の上洛及諸侯會同に周旋せんことを冀ふ]

 同廿三日 晴
少風を引莨入抔求る今日より
手賄宿状品物仕出す夕志水
来る

 同廿四日 朝曇り
外出無之晩泊り

 同廿五日 晴
朝飯後より五條に参り紙入弐つ
頼寺町にてギシヤクを頼松原通に参り
甲五鉢を才足敷宮川町通り
御池通に参り三條通に参り釜屋に
参り油小路醒ヶ井通りにて紙■を求
七ツ頃帰る

 同廿六日 晴
朝飯後より宮永 板垣同道にて
蛸薬師通り烏丸西へ入ル
高宮屋へ参り夏袴を求る
昼後小川弥一郎に頼数人同道にて
本願寺飛雲閣見物誠以
唐の模様筆紙に尽難く
丁度唐画を見る様に御座候
唐前の醒ヶ井■者就学主人
の筆塚有是又は上人熊玉
と申候て御筆留に相成候故
筆をうつめ塚を立候也本
の小屋有之胡蝶申開
の四辻大納言の筆其後に
待屋有之前めのふ[瑪瑙]の飛
石有之次に利休作の手水鉢
次に清正公朝鮮より御持被遊候
片袖の手水鉢有之手前の
間狩野三楽の画次の間狩野
永徳の柳の画次に秀吉公の
むしふろ次に湯さ
まし御間冠の棚有之
葉室に床桂蛇木打に朝鮮
木縁ち黒たん武者くゝり
朱たん落しかけ一くい公家
のシヤクを作る木材の
三階遠見有之床内元信
  ふし
の画冨士下たに秀吉公松
の御画二階に狩野三楽の
三十六歌仙の画外に飛雲閣
の書九條様御筆
柳の間に二條様御筆の器
有之七ツ半頃帰る

 同廿七日 晴
九半時御共揃にて相勤
御二方様 二條様へ御出
夜五頃御帰殿夜御供伺の処

 同廿八日 晴
五ツ時の御供揃にて
天機御伺非番にて一日
外出無之鏡立を送る
膳箱抔送■■

 同廿九日 雨
朝五ツ頃より降出す朝飯後
御供伺に出る夕外出無之

 同丗日 晴
朝飯後より五條寺町方徘徊
七ツ頃帰る五條通にて紙?壱歩
弐百にて莨入七百八十にて頼む
十一月十日頃出来の約束
御二方様松平春嶽様へ御出

文久3年11,12月 滞京



 十一月朔日 晴
五ツ時の御供揃にて御二方様
宇治へ御出夕御供伺の
処御留守にて出身不仕夕田中
新八方に咄に参る先月廿三日より
同丗日迄白煩粉弐歩と三百三十
三文定受取

 同二日 晴
非番夕近邊迄外出宇治邊
へ出る

 同三日 晴
非番晩泊り昼頃より外出
萬壽寺通にて莨ぼんを求
寺町五條邊を通り七ツ半頃
帰る田中作右衛門参る稽古の
咄合仕候此日余程寒
[前宇和島藩主伊達宗城京に至る]

 同四日 晴
朝飯後より長岡の天満宮に参詣
益孝公
古今集御傳授の御間拝見
夫より神足町に出昼飯を仕舞
勝龍寺へ参り御城跡拝見
庄野勝左衛門方に参り竹を■■
右の家より堂案内仕候■九寸八歩
の竹を得日入前帰る

 同五日 晴
朝五ツ頃より降り当月分
御賄頼弐両と八文受取
田中方参る留守志水も同様
沼田方に参り相客にて逢ひ
不申財?満に参り腹巻を見る
[熊本藩主細川慶順肥前天草・豊後日田非常警備の為藩兵を派遣せしを幕府に稟す]

 同六日 晴少〃雪降り
朝飯髪を結ひ勝同道にて三條
寺町松原通に参り具足屋に参る
同通高瀬川通にて白砂軽せんべい
を給申候五條を通り宮川旅宿を
尋田中方に参り留守泊り御番

 同七日 晴
非番昼過宿状仕出す
昼後田中方参る留守 志水
魚住方暫く寛咄帰り酒を
飲朝飯後より少〃雪昼頃より雪に
更り強く此程雪屋根に積り

 同八日 
非番少〃雪降り朝飯後より
勝 板 勝乕同道にて寺町邊迄
出■八ツ頃帰る後鹿を喰宿状
着十二日仕出申候此夜霰降る
此夜穏便御觸出し日数七日

 同九日 
朝飯後御供伺昼後入湯
近邊遊行宿替の積りにて
五の下宿を見る


 同十日 晴
寺町二條社地三條通祇園町
松原通甲屋へ行右代金一両遣す
大丸に行白桃を求寺町通
龍雲堂にて印を頼直日中受合

 同十一日 晴
夕御供伺

 同十二日 雪交り雨
松原通迄参る五條通り
境町西へ入塩竈町丹波屋
にて紙入三ツ求る

 同十三日 晴
朝飯後御供伺御出
無之十月十八日仕出の
宿状着

 同十四日 晴
朝飯後鳥渡外出昼後大佛
正面通より五條坂にて茶碗を求る
松原通にて甲を取帰る
[伊達宗城松平慶永の京都寓居を訪い国事に関して談ず]

 同十五日 晴少〃雪
寒氣強く朝飯後
松原通り大丸に参りちりめん
頼廿五六日頃迄受合手代傳七
六拾七匁五分に極む長刀竹
求め帰る此夜泊り番休息所
[江戸城火を失し本丸・二丸焼く]

 同十六日 晴極寒氣
朝飯後江口弥兵衛に参る下宿
見聞昼後五條通にて紙入
莨入求る丹波屋弥三郎方
麩屋町四條下ル錺屋萬右衛門
方に頼弐歩三朱にて極る
六波羅にて甲前立を仕直す頼

 同十七日 晴厳寒
外出無之夕猪肉を食夕
野上来る

 同十八日 晴少〃雪
朝飯後六波羅へ参り夫より廣道に
参り龍蔵へ参る祇園町
四條橋通四條上る麩屋町
錺屋萬右衛門方参る同人而已
に付家内に願置萬壽寺通
にて錫銚子一對求る三歩六百文
にて求る此夜泊り番

 同十九日 薄曇
朝飯後田中方へ参る昼
後に江口弥兵衛来る醒ヶ井通に
表具屋に参り宿の相談
高辻通り四條通へ麩屋町に
錺屋に参る五條邊通り暮
前帰る板同道
[江戸城焼失の報京都に達す]

 同廿日 晴
朝飯後六條醒ヶ井通表具屋
庄之助へ轉宿
酒を呑飛脚着

 同廿一日 晴寒氣強
朝六半時の御供揃にて■宮様へ
御出同所にて御昼拙共西園寺様
にて弁當拝領同所より丸羽織に差出し
御参内本馳走夫より會津様へ
御出四ツ前迄御滞座四ツ半頃
下宿へ帰る宿状品物着且
轉番の御付紙来る

 同廿二日 晴
[幕府新徴組を廃し其徒を江戸府内取締酒井忠篤に附属せしむ]

 同廿三日 晴
朝飯後御供伺昼後為
替の金子三両受取直に辰巳
御殿にて長刀稽古始る

七ツ頃より錺屋萬右衛門方へ参る
甲を受取金具代三歩三朱
同人家内へ渡す柳馬場綾
小路角道具屋にてさし金
七百文にて求る

 同廿三日 晴
朝御供伺昼後

 同廿四日 晴
朝飯後宿状品物仕出す
昼後寺町迄参り頭を求る

 同廿五日 晴
夕御供伺朝飯後沼田■■
財満 小崎弥兵衛到来る財満へ
参り稽古場見繕
酒を飲む
為替金子受取

 同廿六日 晴昼前雪
朝飯後より四條上ル冨の小路
沼田屋忠兵衛方へ参る夫より寺町
高槻へ参り縁を求る夫より二條
新地へ参り阿刕屋敷を見物
南禅寺へ参り坂本方にて暫く
咄す井場 中川 留守 安田 平 祢津
藤本方にて暫く咄暮頃帰る
夜下津来る
[徳川慶喜京に着し東本願寺に館す]
[松平慶永徳川慶喜を其旅館に訪い時事に就て所見を陳ず]

 同廿七日 朝雪
朝飯後より下津 庄野 板垣 都筑
拙共六人に付家来弐人御室
邊兔狩に参る狐壱疋得七ツ半頃
帰る泊り御番此夜余程の雪
降弐寸斗り

 同廿八日 少〃雪
朝飯後より下津 庄野 板垣同道にて
小道具見に参る縮面忍の緒求る
七ツ頃帰る皮の注文宿状右田
三左衛門へ頼仕出す非番

 同廿九日 少〃雪
朝飯髪を結ひ寺町迄参
寺町通り松原上るかき屋へ真中
くさり帷子三両壱歩にて頼置
十二月十日頃迄承合夕方入湯宇野
雲四郎来る勝方氏祭神酒出す
大坂行の者共暇乞に来る


 十二月朔日 晴
非番晩泊り

 同二日 晴
非番

 同三日 晴
六半頃より油小路通り押小路下ル
中兔方へ参り脇指借り
来る八日迄日限右日過候得は
求申筈夫より二條通り西洞院
上る片山九郎右衛門能大夫方へ
見物に参る能道盛 洗小町
安宅 忠信其外舞数多見る
六ツ半頃帰る被賞数人有之

 同四日 晴
九ツ時の御供揃にて天機御伺
御供七ツ半過御帰殿

 同五日 晴 非番
朝飯後河口方鑑定を頼に
参り田中方参暫く咄す
夕小倉小屋にて酒を飲む先月
廿日より同廿六日迄旅籠代
十日分上下七貫弐百文此金
壱匁弐朱内一口に付上下弐百文
定宿亭へ遣す此金壱歩
壱朱遣す残りて三歩壱朱
受取

 同六日
朝少〃雨四ツ半時の御供揃にて
二條様へ御出御供同所へ
諸大名御寄合方〃に者一橋様
越前様 會津様 嶋津三郎様
伊達伊豫守様 稲葉丹後守様
筑前守様夜五ツ頃迄御滞座
御帰殿より下宿へ下り直に四ツ打
申候
[弾正尹朝彦親王・前關白近衛忠熙・内大臣徳大寺公順・権大納言近衛忠房右大臣二條齊敬の邸に會し大将軍後見職徳川慶喜・京都守護職松平容保・所司代稲葉正邦・前福井藩主松平慶永・前宇和島藩主伊達宗城・鹿児島藩主生父島津久光・福岡藩世子黒田斉慶贊・熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助を召し大将軍徳川家茂の上洛を督促せんとの朝旨及萩藩に對する處置に就て諮問す。慶喜等上洛發令の猶豫を請ひ萩藩處置は大将軍上洛後に於て決せんことを稟す]

 同七日 晴晩雪積
非番
朝飯後入湯志水方にて暫
咄す田中方に参り稽古道具
願書差出す此夜雪弐寸斗

[大将軍後見職徳川慶喜・前福井藩主松平慶永・京都守護職松平容保・前宇和島藩主伊達宗城・福岡藩世子黒田斉慶贊・所司代稲葉正邦・鹿児島藩主生父島津久光・熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助連署して上表し弾正尹朝彦親王に關する浮説に就き其の冤を辯ず]

 同八日 晴終日雪解ケす
朝飯後御供伺夕小堀先生
方に参る鹿を喰此夜志水
来る竹頼置

 同九日 晴
昼後より駒形同道にて寺町邊
迄参る茶品十枚求る

 同十日 晴 是より非番
泊り番

 同十一日 晴
昼後寺町迄参るギジヤク
茶碗茶入求る

 同十二日 晴
朝飯後入湯其後外出無之
昼頃鉄屋来る真鍮鎖出来
持参る

 同十三日 朝に雪
昼後田中方にて長刀竹
受取同所にて酒馳走泊り
番の所野上へ頼合

 同十四日 晴
非番宿状品物入弐ツ仕出す
受取来る

 同十五日 晴
朝飯後より五市中遊行
寺町三木にて茶を求る萬
壽寺にてかんなを求る油小路
にて魚入求る寺町帰る
中野真之助来る

 同十六日 晴
夕御供伺
[熊本藩藩士横井平四郎・同都筑四郎を以て其の江戸に於る舊蝋の遭難に際して士道に違背せる所ありとなし士籍を除き禄を褫(うば)ふ]

 同十七日 薄曇
朝飯後より南禅寺井場方へ
参る高辻通り麩屋町西へ
入ル北側にて棒の先こほし
求る帰り酒宴に加る

 同十八日 晴
朝御供伺此日 勅使
入来夕關逸来る酒を


 同十九日 
非番朝飯後西村中山金
来る夕魚住来る酒を飲む
此夜雪積る

 同廿日 
夕御供伺朝より七頃迄雨雪
解けず御足米三歩受取

 同廿一日 雨
非番東寺の市へ参る品〃求る

 同廿二日 晴
非番昼後より五條邊迄参る

 同廿三日 晴
非番勝同道にて堀川筋所〃
見物夕留守にいかれし事

 同廿四日 晴
朝飯後より清水寺へ参詣
帰り懸け和泉式部の墓に
参る同所近邊にて茶器
求る本國寺清正公に参詣
七ツ頃帰る

 同廿五日 晴
四ツ頃より北野天満宮に参詣
金閣寺へ参り暮前帰る
宇 勝 板四人同道泊り番
此夜少〃雪
[大将軍後見職徳川慶喜・前福井藩主松平慶永・京都守護職松平容保・福岡藩世子黒田斉慶贊・熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助二條城に相會し朝議参豫に關し協議す]
[熊本藩藩内に令して其脱藩士小坂小次郎・高木元右衛門・宮部鼎蔵・河上彦齋・加屋四郎・萱野加右衛門・西島亀太郎・松田重助の緝捕を命じ若し反抗せば之を斬殺するも可なりとす]

 同廿六日 晴
非番節分品物入箱
一ツ仕出す

 同廿七日 晴
昼後勝同道にて松原通に
参り六波羅にて鉄面を
頼む四ツ壱両正月七日迄
受合夫より五條坂に参り茶
わん求る貞命の鍔双求る
[鉄面とは薙刀稽古に用いる面のことらしい 貞命の鍔は大きく透かした独特な作風の鉄鍔]

 同廿八日 晴
宿状着四ツ時の御供揃にて
天機御伺良之助様
夫より早水様へ御出
七ツ半過御帰殿御心附
壱両弐朱与五拾八文
拝領
[前高知藩主山内豊信京に上る]

 同廿九日 晴
      椿藤左衛門より万引
      ■る本田■太郎へ
非番一日外出無之
      申付■■
      ■■■

 同晦日 晴
夕御供伺朝飯後
米代拂夕少〃雨
[大将軍後見職徳川慶喜・京都守護職松平容保・前福井藩主松平慶永・前高知藩主山内豊信・前宇和島藩主伊達宗城に、朝議参豫を命ず]

星野如雲翁の周辺


『文久改正新増細見京絵図大全 文久3年』国立国会図書館所蔵

上掲の地図は、星野如雲翁が頻りと通行したいくつかの通りを示したものです。 如雲翁は入京当初、西本願寺前の性應寺を宿所としていた様で、11月19日に六條醒ヶ井通りの表具屋庄之助方を宿と定めました。 藩が宿を手配せず、個人で宿を撰定しています。

文久4年1月−元治1年2月 滞京



正月元日 晴
朝五ツ半時揃にて羽織袴
謁御小姓頭相済所〃祝義に
参り昼相宿中家来迄盃を
いたし申候夕志水 熊谷 板同道
にて所〃へ参る

 同二日 晴
朝飯後御供伺夕所〃祝儀に
参る

 同三日 晴
非番外出無之数人客

 同四日 晴
朝飯後より吉田 ■ 冨田 板垣
同道にて上鴨茂下加茂両社へ
祇園宮へ参詣七ツ頃帰る泊り
御番

 同五日 昼頃少〃雨
非番一日外出無之
昼後桜田 藤井来る寛りと
咄す

 同六日 晴夕少〃雪
朝飯後所〃會勤夕
川坪亭助宿状品物を持
来る

 同七日 晴
朝飯後より南禅寺祝儀へ
参り泊り懸四條金吹屋
にて井場 中川 魚住 野田
魚住寄合酒を飲む七半頃
帰る直泊り御番

 同八日 晴
夕稽古の儀に付小堀先生
宮川所〃参る
宿状認む

 同九日 雪雨
宿状品物入箱仕出す夕
田中方へ参る

 同十日 雨
夕御供伺朝飯後御稽古
場にて薙刀稽古始む


 同十一日
非番

 同十二日 晴
朝飯後御供伺夕鞱皮
求る鉄面出来所〃へ参る
[去年の暮れ12月27日に注文した鉄面が出来上った 鞱皮も薙刀稽古に用いるものか]

 同十三日
非番
[鹿児島藩主茂久生父島津久光に朝議参豫を命ず]

 同十四日
朝飯後稽古場出席夕
御供伺

 同十五日 晴
将軍様四ツ頃伏見より
御上洛早朝より御先行列
有之昼頃迄寺町通高辻
上ル玉文堂より拝上
[征夷大将軍徳川家茂伏見を発し二條城に著す]

 同十六日 晴
朝飯後より鞘薬師通り
烏丸西へ入ル高宮宮[屋]へ参り
夫より新町通り四條上ル高宮屋へ
参り越後帷子染上ケ代金
壱両弐歩にて求る内壱両
遣置夫より六角通り烏丸上ル
十一屋にて加しう[刕]帷子壱反
代金壱両弐歩壱朱二百文
にて求る夫より高辻通り麩屋町
西へ入ル金物屋にて洗の先薄品
代七百にて求る五條水谷にて
茶壱朱分求る泊り番

 同十七日 晴
昼頃より高宮屋へ参る夕
大雪七ツ頃帰る

 同十八日 晴
朝五ツ半頃より板垣 雑賀
冨田同道にて山科の郷を越へ
大津へ参り舩に乗り膳所御城
見物瀬田の橋下タ通り石山
の麓へ着直に當山へ参詣
膳所の士永田■*1太郎 堀田竹太郎
外に一両輩膳所迄同道栗津
原兼平の墓遥拝夫より大津
宿はづれ義仲寺へ参詣
近江屋立寄追分にて算ばんを
求る同所少〃手前より暮大急き
にて漸く六半過帰る道甚た
難渋

 同十九日 晴
朝五ツ半頃より御所舞楽
拝見に参る板垣 宇地 勝乕
同道泊り番

 同廿日 晴
朝飯後稽古場出席
夕志水来る四ツ頃より雨

 同廿一日 晴
宿本よりの状品物悪■ふ


 同廿二日 雨
数人問来る

 同廿三日 晴
右同断三文字屋品求る

 同廿四日 晴
数人問来る■*1命に付茶
を入る
[英國特派全権公使オールコック横濱に著す]

 同廿五日 晴
朝入湯数人問来る
     三文字屋
     裏綿弐百にて求る

 同廿六日 晴
数人問来る

 同廿七日 晴
数人来る

 同廿八日 晴
宿状着分三文字屋へ
弐両弐歩よりつりには十文拂
[参豫松平慶永・同山内豊信・同伊達宗城・同島津久光大将軍後見職徳川慶喜の館に會し萩藩の處分を議す]

 同廿九日 晴
三河屋よりきせるはみ
かき房よふし[歯磨き房楊枝]求る


 二月朔日 晴
宿状品物入仕出す

 同二日 晴
伊吉魚■栗吉村
酒出す

 同三日 少〃雪寒氣
     強く
御飛脚北村■■頼
紙面仕出す

 同四日 晴
朝飯後稽古数人問来る
夕守冨 板勝寛りと
咄に来る

 同五日 晴
關来る晩雨
[英佛艦隊下關襲撃の風説京都に聞ゆ。大将軍後見職徳川慶喜参豫諸侯等と諮り軍艦奉行勝義邦を長崎に派遣して之が阻止に努めしむ]

 同六日 朝より晴

 同七日 晴

 同八日 〃

 同九日 〃
[熊本藩主細川慶順弟長岡良之助二條城に登り政治總裁職松平直克及老中等に面して時事を論ず]

 同十日 〃

 同十一日 〃
朝宮川来る柄糸求る
[幕府萩藩主毛利慶親父子を糾問し時宜に依り征討の師を發せんとす]

 同十二日 晴

 同十三日 微雨
[幕府陸軍總裁職松平容保に命じ疾を力めて日日登榮政務に與らしむ]

 同十九日に相當る

 同十四日 雨

 同十五日 薄晴
大場へ頼み唐せん
柄糸宿状仕出す
翌日勘解由殿中の
早にて出立の筈

 同十六日 晴
客有之

 同十七日 晴
田中より道具代金遣す
[頃日頻に京都市内各所に前福井藩主松平慶永・鹿児島藩主茂久生父島津久光等の開港論を非議する文を掲貼する者あり]

○同十八日 晴
正月廿三日,同廿八日仕面〃
○宿本よりの状品物着此許より
も猪肉一ツ箱縁頭茶箱
仕出す
[府中藩主毛利元周京に上るの説あり。幕府豫め洛外警守の諸藩に令して其入京を阻止せしむ。又洛外要地に陣榮砲塁を建設する為吏員を遣して検分せしむ]

 同十九日 晴

 同廿日 晴
  元治と
数人客年号改
[改元定の儀を行ひ文久四年を改めて元治元年と為す]

 同廿一日 晴
数人客寺町通り松原上ル
鎰屋勘兵衛へくさり
かたひら[鎖帷子]仕直しを頼む

 同廿二日 晴
数人客関より茶出しを
もらう
[熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助連署して書を朝廷及幕府に上り朝旨を以て先づ萩藩主毛利慶親を説諭し幕府更に其非違を糾弾すべきを建議す]

 同廿三日 晴

 同廿四日 晴
■■■求る紙入頼む
     丹波屋
壱両人客

 同廿五日 晴

 同廿六日 雨
銀面龍前立出来

 同廿七日 晴

 同廿八日 少〃雨
[熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助連署して退京歸藩せんことを幕府に請ふ]

 同廿九日 晴
数人客伊藤 高元来る
[熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助連署して書を上り萩藩支族等に上京を命ずべきを陳ず。又書を幕府に上り時事意見七ヶ條を建議す]

元治1年3,4月 京都を發足し熊本へ帰る



 三月朔日
朝薄曇梅田へ頼み
宿本状仕出す
[幕府改元を布告す]
[熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助の歸藩を聽さず]

 同二日 晴
梅田 岩崎暇乞に来る

 同節句 晴

 同四日 微雨
夜強雨

 同五日 朝微雨

 同六日 晴
田中来る

 同七日 晴

 同八日 微雨

 同九日 晴

 同十日 ■

 同十一日 晴
宿本より書状品物着

 同十二日 晴

 同十三日 晴忌明
宿状品入箱弐ツ仕出す
盃洗棒の先所〃廻勤

 同十四日 晴夕少〃雨
朝飯後稽古場出席夕御供伺
[熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助再び書を上り歸藩を請ふ。尋で十七日 之を聽さず]

 同十五日 朝微雨
松原通甲の儀に参る
南禅寺参り所〃参る
夕七頃■帰る上■■
にて鮒汁給へ申候

 同十六日 晴
朝御供伺の処五ツ半時
の御供 良之助様一橋様へ
御出昼八ツ頃筑前様
御同道にて御帰殿

 同十七日 晴
朝飯後田中方迄参る
昼後松原通具足屋へ参る
所〃買物七ツ半頃帰る

 同十八日 微雨
[幕府若年寄稲葉正巳を摂海沿岸に派し砲臺の築造及神戸操練所の設立を督せしむ]

 同十九日 曇
朝飯後松原通具足屋へ
参る九ツ頃より發足宇野
内野同道にて奈良参る長池
夕支度仕木津渡しにて
暮六ツ半頃南都大佛門前
豆腐屋正吉方に参り候処客
多く隣家かこ屋に宿り其夜
大雨
[奈良観光一日目]
[熊本藩主細川慶順弟長岡護久・同良之助連署して三たび書を上り護久の歸暇を請ふ。尋で二十二日 之を聽す]
[熊本藩士田中彦右衛門幕府目付杉浦勝静等より聞く所の幕閣の内情及福井・鹿児島・會津・高知各藩の関係を其藩廳に報ず]

 同廿日 雨
朝飯仕舞案内者を取興福寺
参り夫より春日社に参詣夫より
三笠山見物手向山八幡宮
参詣二月堂夫より大佛
殿へ参詣夜頃又豆腐屋へ
参り昼支度し給へ直に發足
帰りにも長池にて夕支度給へ
伏見より暮雨風強く佛具屋
入湯四ツ頃帰る
[奈良観光二日目]

 同廿一日 晴
朝宇野 内野 勝方来る
昼後烏丸通迄参る
御供の御達有之

 同廿二日 晴
朝飯後より南禅寺邊
迄参る所〃品物求る

 同廿三日 晴
三條通り迄参る品物
求る
[熊本藩主細川慶順弟長岡護久歸藩の為参内す。滞京の勞を慰して物を賜ふ。明日護久二條城に大将軍徳川家茂に謁しまた刀を賜はる]


 三月廿五日
朝雨四ツ頃より快晴暁
七ツ半時の御供揃にて
五ツ頃御發途伏見
御昼直御行列立直に
折詰被下御舩暮
過大坂御着直御本陣
御番

 同廿六日 晴
御番下りより小堀共参り
夫より久■寺へ参り松屋宿
にて境重吸物膳求る
       壱歩一朱
朝飯仕舞安田方へ参り
心斎橋通迄参る火鉢
求る宿にて酒を呑靏崎
御舩頭岡本何某と申者
来る

 同廿七日 晴
朝四ツ時の御供揃にて大坂
御發途十三村迄惣行列立
同所より御右落る神崎御小休
尼か崎右同断七ツ頃西ノ宮
御着栄松屋庄三郎方に
止宿
[是より先水戸藩士藤田小四郎等攘夷を唱へ同志を募る]

 同廿八日 晴
朝六半時の御供揃にて
西宮御發途兵庫より
御供同所にて入口列の御
飯仕舞七ツ頃御宿入
人丸様にて御守を請
大蔵谷板屋徳兵衛方に
止宿

 同廿九日 晴
朝六半時の御供揃にて大蔵谷
發足同所より野長池迄御供
同所より尾上高砂へ見物へ
参り七ツ半頃姫路着まゑ屋
庄三郎方に止宿

 同丗日 晴
朝六半頃姫路發足同所にて
もんむを求る綱干にて昼飯
仕舞九頃室へ着中屋宗介へ
暫く休息酒飯を給直に乗舩
サコシにて暫く泊り其夜走
帆を上け牛窓へ暫く泊り


四月朔日 晴
未明より出帆九ツ頃讃刕坂
井手に着昼飯仕舞上陸
板同道にて象頭山へ参詣
暮六ツ半頃團蔵に着直に
乗舩直に出帆

 同二日 晴
追風

 同三日 雨
朝四頃靏崎川口に着舩
泊りみさの新地真嶋氏
宅にて鰻飯を給其夜御止り
場迄参る

 同四日 晴
朝飯後より上陸三軒町藤嶋屋へ
和助宿

 同五日 晴
四ツ半頃御着舩所〃廻勤
此夜雨

 同六日 朝曇り
四ツ時の御供揃にて靏崎
御發駕八幡瀬迄御供
同所より落る七ツ半頃野津原
着四畳半に御入にて大■■屋

 同七日 雨七ツ前より晴
朝七半頃發足今市より
御供強雨にて甚た難渋
日入頃久住着此夜二列為宿
にて甚た混雑

 同八日 晴
朝六時の御供揃にて拙者
久住より板梨迄御供同所より
をち内牧温泉に参る七半頃
着酒を飲む

 同九日 晴
駒石より御供同所津崎方に
暫く休息八ツ頃大津御着
同所に方■の者十四五人参り
申候

 同十日 晴
暁七ツ時の御供揃にて御發途
三ノ宮より惣御行列立同所にて
酒を飲む直に御花畑御出
夫より二ノ丸へ■八頃宮内
御着何も大儀との御沙汰
有之

文久3年9,10月 金銭

九月十日熊本發足
一 弐分     坂の上にて茶代
一 五分     三本松にて菓子代
一 壱分     とふきひ代
一 弐分     汁代
一 五分     菓子代
一 弐匁弐分   欅の小路にて酒代
一 九分     野津原にて酒代
一 五分     花梔丼
一 百文     干物
一 弐拾弐匁   舩中用酒代
一 七拾文    柿代

九月十四日
一 三歩二朱の所五匁五分
       靏宿仕切
一 八匁     十五日御初酒を上る
一 弐匁     茶碗類
一 三分     菓子代

九月十六日
一 八拾文    安へ返す
 々
一 拾六文    板へ返す
 々
一 七文     安へ返す
 々
一 壱匁壱分   えんとふ代
一 壱歩     靏崎茶代遣候

 同十九日
一 三百三拾文  弓削にて肴代

 同廿日
一 拾六文    湯銭
 々
一 弐拾文    祇園の餅代
 々
一 拾三文    右同
 々
一 拾六文    釣竿代
 々
一 五拾四文   保命代
 々
一 七文     柿代

 同廿二日頃にて求る
一 弐百五拾文  白足袋
 々
一 五拾文    真田打

 同廿三日
一 百五拾六文  舩送用
 々
一 百文     唐芋
一 三拾弐文   みりん酒
一 六文     醤油

 同廿六日
一 三歩     舩中旅籠
 々
一 壱朱与百弐拾文 室にて酒代
           残仕向
一 三百三拾弐文 綿打粉
一 五十文    乕屋餝頭

 同廿六日
一 壱貫百文   大坂旅籠代
一 三貫弐百文  大坂にて酒代
    板垣振舞 五ツ割六百四拾充

 同廿八日
一 五百文    着酒代
一 五百五拾文  右肴代
 右安田振替置

 同廿九日
一 壱朱百五拾文 雪駄代
 々
一 四拾弐文   せんさい
 々
一 十八文    安田より振舞
 々
一 百十文    火箸

 十月朔日
一 壱朱    ┌茸炭
        └とふふ
一 四拾四文   竿代
         勝方振替

 十月三日
一 六百文    板垣へ仕向
 々
一 壱朱     羽織ひも

 十月二日
一 三拾文    飯萱代
一 十八文    こしよふ代
 々
一 四拾文    竹
 々
一 四拾文    茶びん
 々      喜撰
一 百五拾文   茶代
 々
一 三十文    炭取箱
一 二十六文   箸箱共
一 二十八文   ぜんさい
一 二十文    茶碗

 同五日
一 八十文    飯代
          室町通にて
 々
一 百文     栗■■
 々
一 三百文    炭きせるさし
 々
一 五百五拾文  六日
一 弐百文    きせる
一 二十四文   草履
一 六十銭    とふくり
一 二十八銭   せんべい
一 二十文
一 弐百文    酒代
一 百文     御■の節飯代

 同八日
一 五百七拾文  酒■代
一 弐百文    辰砂
一 六拾四文   土びん

 同九日
一 百五拾文   茶碗むし

 同十日
一 三歩三朱  ┌露拂代
        │三文字屋
        └代新兵衛渡す
 々
一 弐百三拾文  安田仕向
 右同断
一 三拾八文  ┌御飛脚状
        └賃

 十月十一日
一 弐十文    菓子代

 十月十一日
一 百四拾文   ぜんさい十

 同十二日
一 壱朱     つむき代
         炭火屋より来る
 同十二日
一 弐朱    ┌河喜の酒代
        │安田よりの手代に
        └渡す
一 百文     菓子

 十月十七日
一 四拾弐文   小遣銭

 十月十八日 御禮返にて求る
一 壱歩     さし櫛弐つ
 々
一 百四拾文   お六くゝゝ弐つ
 々
一 百三拾弐文  小町紅
 々
一 壱朱弐拾文  打緒代
 々
一 弐拾八文   髪結ひ代

 十月十九日
一 弐拾六文   菓子代

 同廿日
一 壱歩弐朱三百文 きせる
           十八本代
 々
一 三百三拾文  煙管台
 々
一 四拾文    勝家■附
 々
一 弐朱と三百四拾文 りんず
           えり弐つ分
 々
一 八拾文   ┌茶びん
        └徳利
一 壱朱百文   提燈柄代
一 十五銭    しやくし
一 弐百文    靏代

 〆六両弐歩位

 同廿一日
一 壱朱     佛
 々
一 三朱     象け箸
一 壱歩六拾文  米代

 十月廿三日
一 三朱三百文  女莨入
 々
一 壱朱弐百五十文 莨入
 々
一 弐朱百五拾文  莨さし共
一 四十八文 返す 板より借用

 同廿四日
一 弐朱     板へ返す

 同廿四日
一 壱朱     賄新へ渡す
一 六拾九文 廿五日 板より借用
        返す
一 弐百七拾文 同断 勝より借用

 同廿五日
一 壱歩     米代渡す
 々
一 三朱弐百文  塗代
 々
一 三百四拾文  添たけ
 々
一 百文     さい吹ふた
 々
一 十六文    唐草
 々
一 百文     鮒
 々
一 七百七拾文  砥石三つ

 同廿六日
一 壱両三朱   夏袴

 同廿六日
一 三百文    板壱枚

 同廿七日
一 百弐十四文  餅酒代
一 十文  返す 板より借用

 同廿八日
一 壱歩     米代渡す

 同廿九日   真中
一 百十文    火箸
 々
        膳箱
一 百五十文   ■新
 々
一 十八文    菓子代
 々
一 壱歩弐朱   白熊しころ蓑
 々
一 弐朱     茶ひん弐つ
 々
一 壱朱百文   ■壱つ
 々
一 壱朱弐百文  茶の碗五つ
 々
一 二十二文   渋紅がら
 々
一 二百五十四文   昼飯代
 半高勝より受取■相済
 々
一 十三文    小皿
 々
一 壱朱     扇子弐本
 々
一 百五十文   漆代
 々
一 壱朱     味噌代渡す
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