(c) 2017 武術の古文書 All rights reserved.

五代 星野龍太 1871−1939
 正七位 柔道範士 居合術範士 三藝師範

通称 龍太、諱 實重、号 泒。熊本縣士族 星野九門の長男として生れる、母は理歌。明治15年父九門へ入門、明治23年20歳のとき千葉縣教導團に入團し以後大正2年まで軍人として過す。日清・日露に戦い、大正2年豫備役となる。 大正5年九門の跡を継ぎ四天流組討・伯耆流居合・揚心流薙刀の三藝師範となり、大正7年”柔道精錬証””居合術精錬証”を賜り、大正12年には”居合術教士”、大正15年には”柔道教士”の称号を授與された。 昭和6年11月熊本地方特別大演習の際、大日本武徳會熊本支部に於て 天覧演武の光榮に浴す。昭和14年歿、69歳。”居合術範士””柔道範士”の称号を追授された。家伝の三藝に関する著作の草稿が数多く現存している。

掲載史料及び参考資料

『肥後熊本藩星野家文書』個人蔵
『肥後武道史』熊本県体育協会編纂 青潮社

星野龍太年譜

明治4.3.11星野九門の長男として生れる
明治15.8三藝師範星野九門の門に入り三藝の指導を受く
明治19.10伯耆流居合目録相傳
明治21四天流組討目録相傳
明治23.11揚心流薙刀目録相傳
明治23千葉縣教導團に入團 20歳
明治25.3陸軍教導團歩兵科卒業
明治25.4陸軍二等軍曹、熊本歩兵第23聯隊附
明治26.10陸軍一等軍曹
明治27.7動員下令
明治27.12第2軍戦闘序列に入る
明治28.1門司港出帆、清國大連湾上陸
明治28.1.30盛京省孤山後西北方に於て戦闘、引続き勤務
明治29.4陸軍歩兵曹長
明治29.6門司港帰着、復員下令
明治29.11歩兵第23聯隊附を免じ歩兵第46聯隊附を命ぜらる
明治31.10陸軍歩兵特務曹長
明治34.4歩兵第46聯隊附を免じ歩兵第23聯隊附を命ぜらる
明治37.2動員下令、後尾歩兵第23聯隊附を命ぜられ、博多港出帆長崎縣對馬嚴原上陸、同地守備
明治37.9陸軍歩兵少尉
明治37.10後尾大旅團に編入せらる
明治37.10.13對馬竹敷要港出帆
明治37.10.16清國盛京省安東縣に上陸
明治37.11正八位
明治38.3盛京省障堂附近に於て戦闘中負傷入院(奉天會戦の際右顔面より後頭に貫通銃創を受く)
明治38.4内地帰還後送として安東縣出帆
明治38.4.5門司港帰着、熊本衛戎病院へ収容せられる
明治38.8歩兵第23聯隊補充大隊附
明治39.3復員下令、歩兵第23聯隊附
明治40.12陸軍歩兵中尉
明治41.3従七位
明治41.5八代聯隊区司令部附勤務を命ぜらる
明治43.5八代聯隊区司令部附勤務を免ぜらる
明治44.11久留米地方特別大演習に参加
大正2.5正七位
大正2.6陸軍歩兵大尉、豫備役仰せ付けらる
大正5.5三藝師範星野九門死去に付、父跡を引継ぎ四天流組討・伯耆流居合・揚心流薙刀の師範となる 46歳
大正7.4伯耆流居合・揚心流薙刀免許皆傳
大正7.5.23大日本武徳會 熊本支部第22回大演武會柔術審判
大正7.5大日本武徳會 総裁宮殿下より柔道精錬証を授與せらる 第22回武徳祭演武
大正8.6大日本武徳會 総裁宮殿下より居合術精錬証を授與せらる 第23回武徳祭演武
大正10.5.29星野九門翁の建碑除幕式、往生院において挙行せり
大正11.7.26高弟 尾藤新也より四天流組討免許皆傳
大正12.6.1大日本武徳會 総裁宮殿下より居合術教士の称号を授與せらる
大正14.8.1内閣国勢調査員
大正15.5.14大日本武徳會 総裁宮殿下より柔道教士の称号を授與せらる
昭和2.5.4大日本武徳會 第31回武徳祭大演武會審判員
昭和5明治神宮鎮座10年記念古流形奉納演武に出場し居合を実演せり
昭和6.11熊本地方特別大演習の際、大日本武徳會熊本支部に於て 天覧演武の光榮に浴す 61歳
昭和8.5.6大日本武徳會 第37回武徳祭大演武會審判員
昭和10.5.5大日本武徳會 第39回武徳祭大演武會審判員
昭和10.5.6大日本武徳會 詮衡委員
昭和10.5.7大日本武徳會 昭和10年度各種武道部錬士試験委員
昭和14歿 69歳
昭和14.3.17大日本武徳會 総裁宮殿下より居合術範士の称号を追授せらる
昭和14.3.17大日本武徳會 総裁宮殿下より柔道範士の称号を追授せらる

星野龍太関係文書

習武所印

大正4.1.31 習武所 肥後流躰術寒稽古勉励を賞す 倉竹萬太郎宛

大正5.4 伯耆流居合入門者名簿

大正5.4.23〜 習武所記録 習武所星野道場

大正5.5 着到 習武所

大正5.12.23 星野龍太 古四天流組討風身を傳授す 野田猶基宛

大正6 出席簿

大正7.5.30 大日本武徳會総裁 邦彦王 其術ノ精錬ナルヲ證ス 柔道四天流形 星野龍太宛

大正8.6.10 大日本武徳會総裁 邦彦王 其術ノ精錬ナルヲ證ス 居合 星野龍太宛

大正11.7.26 尾藤新也 四天流組討秘奥 星野龍太宛

大正12.6.1 大日本武徳會総裁 邦彦王 居合術教士ノ稱號ヲ授與ス 星野龍太宛

大正13.11 星野龍太 肥後流躰術・四天流組討目録 星野弘宛


大正15.5.14 大日本武徳會総裁 邦彦王 柔道教士ノ稱號ヲ授與ス 星野龍太宛

昭和3 講道館へ昇段に関する書類

門弟を初段に推薦、入門を周旋するなどした。

昭和10.2 星野龍太 伯耆流居合目録 星野宣敏宛


昭和.2.16 星野龍太書簡下書 谷山国治宛

昨十五日午後六時五十分付の御手紙今朝到着致候
扨て旅館の件に就ては御配慮に預り貴下御知辺
の松屋へ御選定下されたる由にて難有存候
川田近の方は校長先生よりも御通知に接し戻り候
間仝所立寄りは取止め可申候依て小生は横山氏
同道廿八日熊本駅發零時五十一分の急行にて出發可致
鹿児島駅着(先日の処)は午後四時五十五分にて
有之候間旅舘への御案内御願ひ致候
右に依り十九日の午前学校の方へ参上 御指導致
するを御希望の時刻より実施出来得らるに相成
り候十九日の午後と二十日の午前午後二回か一段の指導
方承知致候依りて御希望通りに可致候間校長先生
へも右御傳へにて万事御配慮被下度御願ひ致候
                  早々拝具
  二月十六日 午前十時投函  星野龍太
 谷山国治様

昭和.1.24 星野龍太書簡下書 平田岩八宛


  一月二十四日      星野龍太
 平田岩八様

伯耆流居合術再印刷御願ひ致すに就て左の
希望を御承諾下さる様御願ひ致します

印刷
一、本は昭和七年の分の半分位に致したいのてあり
ます一寸ポケットに入れる便利て所々からの希望で
ありますから
二、表紙は別紙の通りに
三、冒頭の紙に居合術希望者の為めと書いてある分
  を挿入せられたし
四、右の文字か半ページか半ページ半位に印刷か出
  来ましたら紙をかゑて即ち接續せぬ様に次の紙に御願ひします
    居合術
     総則
 と書き初められ而して第一号希望紙の通りに印刷
 せられたし
五、前回の分は片仮名でありましたか今回の分ひらがな
  に御願ひします
六、此の印刷物は小生か大日本建国祭か東京にて
  挙行せられるに当り古武道振興會の招待に
  依り上京居合を演する筈にて二月六日頃当
地出發可致候につき御繰合せを以て四に合ふ様印刷
を御願ひ致します
七、前回の分は一冊五銭で御願ひ致しましたか多少
  文字か増加して居りますか出来得る丈け安價
  に御願ひ致します小生の私費で印刷し希望者
  へ配布するからであります
八、若し御不審のヶ所有之場合は裁判所前の竹
  田屋即ち辨当屋へ電話下さりて小生を御呼出
  しになれば御話しか出来ます竹田屋の迎へに
  居りますから番号は 三一六一
  尚ほ又た電話で御分りにくひ節は刑務所へ参上
  致しても宜敷ふあります
九、居合術希望者の為めと書いてある原稿は罫紙を
  希望するのてはありません矢張り本文を書ひてある
  用紙と同一のものて宜敷くあります
十、部数は他の改正の必要を以て居りますのて五十
  冊御願ひします
十一、欄外に文字かありますのは本文の字か判然としません
  から注意して書いてありますから夫れは印刷するのては
  ありません

昭和14.3.17 大日本武徳會総裁 守正王 柔道範士ノ稱號ヲ追授ス 星野龍太宛

昭和14.3.17 大日本武徳會総裁 守正王 居合術範士ノ稱號ヲ追授ス 星野龍太宛

TOP