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直心影流の傳書

靈劒
1863.文久三癸亥年正月吉辰
澤浦周吉源盛道−後藤市助

直心影流兵法究理之巻
1863.文久三癸亥年正月吉辰
澤浦周吉源盛道−後藤市助

直心影流兵法目録之巻
1863.文久三癸亥年正月吉辰
澤浦周吉源盛道−後藤市助

直心影流兵法目録添状
1863.文久三癸亥年正月吉辰
澤浦周吉源盛道−後藤市助

直心影流兵法免状
1868.慶應四戊辰年正月吉日
澤浦周吉源盛道−後藤市輔

直心影流究理巻講釋全:靈剣
1865.元治二乙丑歳孟夏上旬
後藤藤原矩寛

直心影流兵法目録講釋全
1865.元治二乙丑歳孟夏上旬
後藤藤原矩寛
掲載史料及び参考資料
『靈劒』個人蔵
『直心影流兵法究理之巻』個人蔵
『直心影流兵法目録之巻』個人蔵
『直心影流兵法目録添状』個人蔵
『直心影流兵法免状』個人蔵
『直心影流究理巻講釋全』個人蔵
『直心影流兵法目録講釋全』個人蔵

靈劒



文久三癸亥年
 
 靈剣入(印) 矩寛(印)
靈剣之事   口傳

精神之事   口傳

空剣之事   口傳

(印)鹿嶋神傳十四代

    澤浦周吉源盛道

文久三癸亥年
   正月吉辰  (判)(印)



   後藤市助殿

直心影流兵法究理之巻



















直心影流兵法究理之巻
    兵法傳記
 (印)
 凡日域之兵法稽其原委曰鹿
 嶌神流者傳言本朝将師之任
 起於神代而其始
 天照大神欲降天孫豊葦原中
 國之時遣経津主神 又齋主神
          香取神是也
 建雷神 鹿島神 令平諸不順者矣
     是也
 而今以神職擬之人職天孫降臨
 者蓋准征夷大将軍鹿島香取
 之両神准副将軍八百萬神恐
 神威而平伏之悪神悉追伐
 之後鎮坐於常陸國鹿島萬世
 所尊崇之武神也代以武事嗚
 于世者皆無不宗於是神矣況
 乎吾家之兵法者其先親蒙神
 授是以曰鹿島神流其後嗣々
 相承以異名記大略如左
一第一鹿島神流之元祖杉本備前
 守紀政元住于常陸國且暮奉
 祈鹿島廣前而契神慮一夜
 夢授賜一巻之書 源九郎義経所
         奉納之書也と云
 正是為神傳之故稱之曰神陰流
一第二上泉伊勢守藤原秀綱者
 杉本門下之正統而兵法之達人
 也以鹿島流應恐神字改神陰
 而稱乎新陰
一第三奥山孫次郎平公重後號
 休賀齋考一流之家系其先奥
 平家之末裔也繼上泉伊勢守
 兵法之正統而以住于三州奥山
 年尚日夜詣至於奥山産神
 之社祈願為兵法之津梁或夜
 夢蒙神詫改新陰號神影爾後
 舞劒如影随形警策門人以震
 威風於東海一箇無對其刄者
 矣既而奉始
 東照神君至   秀忠公及
 御連枝共蒙  台命以奉授
 兵法之奥義
一第四小笠原金左衛門尉源長治
 後號源信齋兵法熟練而入唐
 更得妙術還奥山一派之正統
 也有故改神影之名曰真新陰
 百練精金色轉鮮
一第五神谷文左衛門尉平真光後
 號傳心齋最英霊也改真新陰
 曰新陰直心流傳言神則心
 也新直指而竟做流之稱
一第六高橋弾正左衛門尉源重
 治後號直翁齋寛永而至元禄
 誘引門人務丘法歎流派多端
 而混支流故以直心正統吾家之
 流號
一第七山田平左衛門尉藤原光徳
 隠退曰一風齋重治手書直心
 正統流的傳之印状以附屬
 于光徳光徳親傳於直心正統
 無極之微意思前顧後以改流
 號曰直心影流而已矣
一第八長沼四郎左衛門尉藤原
 國郷武州江府住西久保自 正徳
      
 至明和四年引門人鳴世久於此
 終使名有聞世
一第九長沼勝兵衛尉藤原綱郷
 後號活然齋國郷門下之正統
 也國郷共誘引門人有故移于
 道場愛宕下田村小路
一第十藤川彌司郎右衛門尉藤
 原近義住於江府下谷長者巻
 自寳暦至寛政十年能誘引
 門人諸侯大夫及凡門徒二千有
 餘故著名于東都矣
一第十一明石郡司兵衛尉藤原孚
 祐近義的傳之正統也安永丁酉
 始開講武場于江都下谷車坂
 下四方来受業者日益多矣其
 後居移于浅草本願寺之北
 寛政戊午師近義卒同年其男
 近徳早下世孫近常幼不能授
 業於是門生等相議而其高弟
 使孚祐補佐近常十三年其教
 導至矣開場四十九年門徒
 蓋千五百餘人文政乙酉秋八月
 卒年七十七
一第十二團野源之進源義高孚
 祐的傳之正統也
一第十三男谷精一郎源信友義高
 的傳之正統而兵法之達人也
 江都於本所誘引門人諸侯大
 夫及凡門徒五千有餘安政三
 丙辰蒙   台命講武場撃
 剣頭取後同所師範文久二壬
 戌叙下総守故震名于東都矣
 益繁榮也直心影流為十三代
 者也


 浮嶋の松はもとより常盤にて
    ふれとも雪に色は替らし

一流別號次第各宜一覧而知焉

   竜之巻

 尊師曰鑑剣徳陰陽両氣者勝
 負也陰勝則陽退陽勝則陰退
 陰陽元是一氣也養其一氣者
 自成英雄其用志之長厚長
 則生活物之有情至既通三焦虚
 實往来之氣則天地神明與物
 推移變動無常因敵轉化耳
 而誠生得之雖強勇豈足恐哉
 然則兵道武威之大元也故上有
 寳剣朝威盛
 天子親之同床幸前之止安置之
 御寝髻之暫玉躰不放給寳
 剣之徳化流行而下施庶士那
 矧哉於武臣夙夜帯之崇之如
 神靈保之如身心以武門之要
 器成爪牙委觀其性靈有牙者
 喰之有爪者抓之有針者刺之類
 雖不教之天理自然也禽獣如此
 凡人道者用何乎為爪牙哉是則
 劒戟也人身帯之成用事雖區専
 武備之肝要全無外者也若誤
          
 而不學之者白刄絶交帯之争
 難成其用還而求怨乎是以舊
 武稱兵法令人道頻為習武訓也
 古人崇流義如大天地琢氣者如
 明日月謹而勿怠惰云云

   稽古法定

一仕太刀も打太刀も互に法之通可
 被相勤事
一直しの儀相弟子の内にて一切直し
 被申間敷候此義堅く可被相守事
一師會合難成所にて親子兄弟
 親類縁者或者は人魂の中にて互
 に磨のため稽古制外にて候無怪
 我様に可被相謹事
一稽古之節其身の晴眼心にて非を
 打申度由望被申候節は相弟子
 互の修行にて候間仕太刀より少破
 遠慮當可被申事
一公私之障有之稽古不勤之義か
 又は流義合点不參他流稽古望
 之衆は旨趣被相達他流稽古可然候
 勿論流義修行半途にて止申なら
 當流是非の批判抔被申候は第一違
 本意候間大成可為越度候事
  右五ヶ条之通能〃御覚人々御心
  懸可被成候此外定書一通勿論
  誓紙前書之趣書面能〃御試
  可為肝要者也
       直心影流
   月日     行司所

   體意

 夫人性之霊學對父則仁孝對
 君則忠義對朋友則禮信此本
 心者人々固有之知而所謂明徳
           
 也是發強剛毅謂之大勇
 分聖愚以養之擴充為武門之
 業日域秋津洲文道武道雖兼
 備多者以武為重故我流謂修
 行者養彼勇而分虚實浅深
 以禦亂宗慈愛之心行而習五常
 以齋治造次顛沛無怠之積功
 琢之功竭鍛練之工夫古曰玉不琢
 不成器人不學不知道謹而勿
 怠情云々

   究理

一世の中徘徊する兵法者なといふ者
 の類切組兵法構ひ勝兵法所作
 兵法系図兵法理兵法此類のもの
 ともは世間の人を七病人に致し
 申と見へたり
一目有て目なき者
一耳有て耳聞へさるもの
一手足ふこつなる者
一合点と云事を合点せさる者
一柔弱なるもの
一鈍なるもの
一猪牛の逸參のよふ成者
 右書付之通大概兵法者抔云族
 は或は仕太刀を主人と致し或は打
 太刀をは受太刀抔と云て下輩の者
 に稽古致させ候は武士たるほとの者
 を此七病人に致し申と見へたり
 直心影流は此類とは同日にも語り
 かたし寔以雲泥萬里の異なり
 因茲我流は仕太刀も打太刀も無
 差別其内結句打太刀を賞翫と
 す打太刀勤てこそ勝利と相手の
 高下は能見ゆるなれ然る時は
 修行の根元は打太刀か要樞な
 り謹て勿怠云〃

   掟

一一身の心學一生未来まての心法に
 有之間深謹て可被相勤事
一尤他学外聞を不思稽古可被相勤事
一假初に朴刀を取被申候共心を用て
 毛頭をろそかになきよふに心をほから
 かに身躰ゆたかに心意丈夫に能〃
 謹可被申事

  右三ヶ条稽古之節并に常住も堅く
  被相守可被勤之者也

   稽古修行之覚悟

一博く学て約にしれ
一目功耳功手功
一急〃たりたり急
の自然と容の出来することく
一赤子の成人草木の成長
  右深心底に徹肝要也

 屈たくはしるしをいそく心ゆへ
    きのふの我に勝をわすれて

   法定

 抑直心影一流可稽古修行者
 先以従根元志立従誠至實以
 
 為理以理為實亦以理所作也
 所謂形者前後左右于不片寄地
 于不居着亦不軽而可勤之謹而
 忽怠云々

一合点といふ事を合点すること
子の事
一赤子の成長の事

 兵法は立さる先の勝にして
    身は浮嶋の松のいろかな
 此道のみち筋しれる人もかな
   まことの目より実しらなん
 我流は行衛もしらすはてもなし
   いのちそかきり勤めなりけり

   法定奥書
 
 右法定の書面能〃御覺可有之候
 流義修行之位により合点可被仕候
 尚口傳可申達候惣而相弟子は
 をしなへて兄弟にて候日頃弟の中
 にて何そ猥に孝悌の義を忘て
 雌雄を論することあらんや尤耻敷
 義なり或は怨を亡し罪を罰し候
 節邪氣我慢の己か怒氣を治ん
 かため不断稽古修行にて候寔以
 一生冥晴[暗]を照し候もの也穢土を
 去ても魂一霊の神まても心法
 心行に至らんと思ひ候勤なるを浅
 く軽く打合たゝき合のことく
 思ひては中〃以流義の本心正利
 は得かたかるへし彌深信仰し
 て二六時中行住坐臥心を用て
 
 被相勤者也謹て勿怠と云々

 稽古をは勝負するそと思ひなし
    勝負は常の稽古なるへし
 稽古とは勝負によらす法定の
    序を肝要と勤むへきなり

   兵法起請文前書

一直心影流御弟子被成辱奉存候
 御相傳之儀聊以他言仕開敷候
 御相傳被下候巻物等不慮之
 節者返進仕候様兼而可心懸
 置事
一朝暮心懸對理御為悪敷義仕
 間敷候勿論御口上被仰聞無
 之以前與他流猥試等仕間敷
 事
一無理成殺生仕間散候
 附他を非謗仕間敷事
一為相弟子就稽古義口論仕間
 敷事
一如口傳雖為主人遠盧仕開敷事
 右之條々於相背者
 梵天帝釋四大天王惣而日本
 國中大小之神祇殊伊豆箱根
 両所権現三島大明神八幡大
 菩薩摩利支尊天氏神神罰
 冥罰各可蒙罷者也仍而起請
 文如件

   理歌

 兵法は武雷ややまとたけ
    不動多門の勢としれ
 天下泰平法なれは敵もなし
    自然の怨は自滅なるへし
 打事を打とや人のおもふらん
    打はうらぬに切らぬ切らされ
 念もなく思ひあらす空〃の
    有と風勢の行衛なりけり
 勝負とは躰とゝゝを合せつゝ
    肉身よりも切先を出せ
 體と太刀一致につれて圓丸に
    こゝろも丸く是そ一円
 雲霧は只中空の轉變そ
    うへは常住すめる日月
 悪敷とは受付表裏飛はぬる
    至極はかゝれ先はこく楽
 目には見て手には取くれぬ水の中の
    月とやいわん流義なるへし
 思ひなく又恐れなき心あらは
    虎さへ爪を置処なし
 聞もせす見もせぬ人に逢迚も
    あふは根元其事にしれ
 峯の松谷の柏木いかなれは
    をなし嵐の音かわるらむ
 勝負とは引しほりたる梓弓
    はなちてもなをはなちても猶
 立さらんさきの勝とは大元の
    自己を亡す無念無相に
 一句三百篇といふ時は
    たゝいく度も愚に帰るへし
 不器用も稽古を常に
    器用の人を押て行へし
 数寄器用有て稽古をはけみなば
    さなから鬼にかなやさは棒
 見ぬ人に何とかたらん難波江の
    みてたに更に言の葉もなし
 業藝はわさを怠る其隙に
    理のみ長して下手となりけり
 理は業の中に有こそ実の理
    理わさふたつの物にてはなし
 吹風も雪もあられも咲花も
    勤むる業の工夫とはなる

  右理歌二十餘首
  以口傳可明之者也


一天理勝    口傳


 右者直心影流究理
 之巻雖為秘事足下
 數年流義深仰御
 
 行不浅依之今令傳
 授之畢全他言他
 見有之間敷者也

(印)鹿嶋神傳十四代


   澤浦周吉源盛道

文久三癸亥年
   正月吉辰  (判)(印)



   後藤市助殿
*團野真帆齋の記述が一部洩れ。講釈ではこれが補われている。

一第十二團野源之進源
  ○後號真帆齊
 義高孚祐的傳之正
 統也赤字寛政乙卯開于教場本所亀
   澤街時政一變武技盛行
   義高名大震故諸侯大夫
厚聘招之皆辭而不仕其素志生涯避名利
惟在欲報誠實教導門生而以昇平之徳
澤也矣弟子二千餘人嘉永七甲寅八月卒
年八十有九

直心影流兵法目録之巻







直心影流兵法目録之巻
  直心影流兵法目録次第

 (印)
 八相  發
     破

 一刀両断

 右轉左轉 旋も

 長短一味

 龍尾  左
     右

 面影  左
     右

 銕破  進
     退

 松風  左
     右

 早舩  左
     右

 曲尺

 圓連  刀連
     體連

  右口傳


一陰之構之事
一陽之構之事
一相構之事
一相心之事
一相尺之事
一目付之事
一仕懸之事
一手之内之事
一横一文字之事
一堅一文字之事
一留三段之事
一體當之事
一太刀當之事
一切落之事
一吟味之事

  右口傳


(印)極意

      巧妙剣 口傳
  
      心妙剣 口傳


 氣當     口傳

 權體勇 不行不歸不止
        口傳

 西江水    口傳

 惣體之〆   口傳

 口上極意之事 口傳

 不立之勝   口傳

 十惡 非も


 かまん かしん とんよく いかり をそれ あやふみ
 うたかい まよい あなすり まんしん


 勝とふは先〃先に後の勝て
    また先〃に先後〃〃と
 右左後も前も一致して
    天地萬物同根一空
 書渡し口に傳ふる言の葉の
    常のこゝろに持はたんれん

   右三首  口傳

    以上


 右條々極意者有ロ傳
 以理為實以實為理
 也愈工夫鍛練二六時
 中無怠慢御勉可
 為肝要者也先師杉
 本氏政元目録之旨
 趣雖為奥義今足下
 數年有信實深仰而
 二六時中依被勵懇精
 不残一塵授之弥抽丹
 誠此道有切磋琢磨
 工夫可被鍛練而猶
 心妙不測之所免状
 時可顕之者也

(印)鹿嶋神傳元祖

   杉本備前守紀  政元
   上泉伊勢守藤原 秀綱
   奥山休賀齋  平公重
   小笠原源信齋 源長治
   神谷傳心齋  平真光
   高橋直翁齋  源重治
   山田一風齋 藤原光徳
   長沼四郎左エ門尉藤原國郷
   長沼活然齋 藤原綱郷
   藤川弥司郎右エ門藤原近義
   赤石郡司兵衛尉藤原孚祐
   團野真帆齋  源義高
   男谷下総守  源信友
   澤浦周吉   源盛道

文久三癸亥年
   正月吉辰  (判)(印)



   後藤市助殿
       參

直心影流兵法目録添状



直心影流兵法目録添状
   添状

(印)
今相渡候目録條〃
口傳一〃味細に躰認
して修行無怠慢
御勤可有之事肝要
也若疎略にして不勤
之上邪心のみ目録の
弟子なとゝおもふ心の誤
故結句初学の相弟子
に向ひ流義のこと我
心にさへ得度なきにまかせ
相違の義なと申散
候はゝ第一其身の本
意に違ひ第二は師
の命を背く此大科
天なんそ免し玉はん
や誠に可恐懼〃然る
時は此根元の流義は
心より心にもとつく神
理微妙の正理故假初
にもをろそかに不得心
執行の心理を躰認せ
されは不智不学の幼
童にも越度有へし可
勤〃〃弥勤学功をつ
み正直正路にして
練行修行務之経年
は口傳躰認可有之歟
其節に至り口訣の奥
旨極上天然不測の
正理可傳之也慎
而忽怠云〃


(印)鹿嶋神傳十四代

    澤浦周吉源盛道

文久三癸亥年
   正月吉辰  (判)(印)



   後藤市助殿
       參

直心影流兵法免状







直心影流兵法免状


   明鏡


(印)
鹿嶋神傳之影流之
兵法累年依執心不
顧他傳效寔數年稽
古之功也夫我兵法
之所傳授者根本效
五常治則以文亂則
以武文武元一致也
何有二乎然亦有品
事君父則有忠孝昆
弟之慈愛朋友之禮
信夫婦之佳會此五
者是人倫平常之勤
也我兵法如此不知
時士賤士也龍虎突
戦自古之法皆以文
計武奇勝變化可致
工夫公心勤之必勿
私心予従若年雖試
一刀戦場未至奥旨
因茲數年盡心術漸
兵法神傳可古人相
應之旨苟二六時中
不工夫鍛錬如何得
至乎倩思之思之以
此云之影流今足下
數年不聞金鼓鳥聲
就勤之不残一塵傳
授之彌可致懇誠自
今以後執心之輩於
有之令相傳云爾仍
免状如件


(印)鹿嶋神傳元祖

   杉本備前守紀  政元
   上泉伊勢守藤原 秀綱
   奥山休賀齋  平公重
   小笠原源信齋 源長治
   神谷傳心齋  平真光
   高橋直翁齋  源重治
   山田一風齋 藤原光徳
   長沼四郎左衛門尉藤原國郷
   長沼活然齋 藤原綱郷
   藤川弥司郎右エ門藤原近義
   赤石郡司兵衛尉藤原孚祐
   團野真帆齋  源義高
   男谷下総守  源信友
   澤浦周吉   源盛道

慶應四戊辰年
   正月吉日 盛道(判)(印)



   後藤市輔殿
       參

直心影流究理巻講釋全:靈剣



直心影流兵法目録講釋全
靈剣 靈は一点の曇りなき直心
   にして是則明徳なり

精神 精はしらげあげたる潔白
   の心なり神も亦心なり

空剣 空釼とは心物にしやうせさる
   前の所空心なり其空とて
無心の體え持たる太刀なり譬は天地の
 かいびやく         
未開闢せさる所にして混沌とゝま
取乱れたる所なり其如直心の體い
太刀を持たる所は空にして未天地と
分れさるの所なり其故に是を混沌の
一気と言なり
             ○北極星
 易に曰五経の一大極とは南極星の二つ
 にして此に星は南北に位して動ずして
 星其間を巡るなり陰陽分れて
 萬物生て出るなり其如く釼をすくに
 立たる所は天地の間ちつして混沌と
   
 物分づして無我無心なり夫より
 左釼右釼と左り右い振り分る処
 陰陽の二気生する形ちにして初て
 勝負の気をこるなり其気をこれは必
 心の七情きさすなり七情は喜怒哀
 翟愛悪欲なり喜はよろこぶなり
       あい     らく
 怒はいかるなり哀はあはれなり翟は
       あい         
 をそるゝなり愛はえつくしむにしてめ
           よく
 するなり悪はにくむなり欲はほうするなり
              
 其七情のきさすを己か心にて消しなく
       なく
 して心に巧し我情欲にかつと言なり
 故に情欲を制止するときは心潔白にし
 て明徳なれは敵をあやふみ怒ること
 なく勝負になつむことなし

一心中の空釼とは無心の體を言真釼
 とは手に持又五體に持たる太刀へ我直
 心のうつりて自然と撰變萬化の
 業をするなり少しにても邪心有てかく
 して打んやかうして突んやと邪心出れは
 靈釼の意に不可なり天然自然の
 太刀にあらされは空釼の意にならさる
 なり
     すく
一再び釼を直に立るとは剣左右い振り又
 元の一〃萬物きする形なり是を一源きする
 と言なり
               
 大極とは儒道にて動かぬ所の天桎なり
 是も明徳の生る所なり

 右靈剣左之通り也

直心影流兵法目録講釋全












直心影流兵法目録講釋全
 天理勝  口傳
天の理にたがわづを云天の理とは道理にた
がわづたとえは日に向ひて勝負の節日の
光眼中をてるなり然時は敵を弓手に
附て廻るべし然る時は敵返て日に向う

 極意目録

八相  法定初本の太刀其をこり誠
發破  に無心にし一勢さけれて互に打込
    べし足の蹈ようは八の字の形ちに
    ふむべしすべて初本にかぎら
    ず皆な八の字に足を蹈べし

    かすみ
一刀  霞みて打込処物を二つにたち
両断  つる如く一刀にて再び二の太刀を切
    らぬよう十分に打べし

右轉  諸手を打て順に霞みて逆
左轉            にて
めぐれ に打込亦順え打返す処みな
旋も  右轉と霞む體と太刀一連す
    右轉左轉と変れとも一連する
    をめくれともと言

長短  打太刀より打返す処并に
一味  突の場所にて我太刀長くは
    心の間合にて太刀を縮むべし
    短くはやはり間合にて長く突
    べし是長短一味是なり亦敵
    の太刀の長短にも逆はぬものなり

 右法定四本之形

龍尾  是を十の形と言龍尾にて
左右  壱本面影左右にて一本銕
    破四本を二本とし松風左右
    にて壱本早舩左右一本
    曲尺一本圓連一本以上拾
    本となる龍尾とは長蛇の心持
    主の頭を打ては尾返る尾を打
    ては頭返る胴を打ては首尾一
    度に返る如順に合は逆に返る逆に
    合順に返り太刀先の返るを言
    なり

面影  是は影ほうしの我體に添したが
左右  う如く我打太刀躰に連れて
    添を言なり順に合は躰も順
    に逆なれは躰も逆に躰と太刀
    一致するなり

銕破  是は突を手にて落すと亦拂て
進退          すり
    腹え打込にて壱本摺込と
    押返にて一本すべて鉄破とは
    突も鉄をわる如くせよと云〃

松風  是は松風とて拂えしあとのき
左右  のきれぬようにすべし右え拂え
    は左えかよい左え拂えは右えかよ
    い譬は松に吹風は其音切
    れぬなり余の木に當る風は其
    音切るゝ故に松風のつゝく如
    すべし順え切れは順切になら
    ぬよう逆も亦其通りなり

早舩  早川を乗舟は先へ棹を持
左右  て立ち岩の出先を棹にてち
    よいゝゝとよけて乗下るなり
    其如く打太刀より打て出る
    をちよいと留て返す所早川
    を乗舟の如く是を重くよけれ
         損する
    は返て舟を様たるなり故に
    軽くよけて打返せとなり

曲尺  是は敵の打太刀を恐退て真
    向をわる形ちにて敵より一尺打は
    一尺引二尺打ては二尺引心の
    かねなり八寸のかねと云〃手に
    て四寸引又足にて四寸引は八寸
    延尤打合所も左右開く所
    體にて四寸足にて四寸つゝのかね
    なり

圓連  是は間合つまりたる所にて右
刀連  の足を前えふみ間合を様に
體連  延し順に合又逆に打込なり
    其體をもじる所太刀と體一
    連するなり太刀の一連を刀連
    と云體の一連を體連と言〃

 右口傳  以上

  竹刀形畢

一 陰之構之事 すべて上い
        取かまいを
  陰のかまいと言上のかまいは物を含んた
  る形にて面いも手いも直に出る故すべて
  籠り居るなり

一 陽之構之事 精眼下段
        斜等のかま
  いなり是は一旦上い上ざれば打出ず
  をこりの見ゆる故陽と言

一 相構之事  相尺相構は
        六ヶ敷ものな
  れは當流不断の稽古とするなり

一 相心之事  相尺は一躰
        當流は三尺
  三寸にて勝負を試るなり柄八寸刄二
  尺五寸大人小人とも間合ものなり如此
  して修行すべし

一 相尺之事       ほめ
        他流にては拳
        大方なとを目付
一 目附之事  とするもあり
        當流は敵の眼中
  を目付とす如何なれは目は五臓の仕とて打
  所の太刀自然と眼中にあらはるゝなり

一 仕懸之事  仕懸とは間合
        つまりて打て
  うつてと仕懸る時は敵止を得ず打出す
  なり處にて後の先をとるなり

一 手之内之事 是は打時
       物を絞る如
  くのひじをしめて打べし然と時は刄そ
  れずなり

一 横一文字之事 横に拂し時
         一文字を引
  如く真直に拂ふべし

一 竪一文字之事 是も横竪の
         違斗先の通
         りなり

一 留三段之事  左の耳下を
         つくを忠の
  留めとす水をちを突を孝の留めとす左
  の足の土ふまずを突を信の留とすさし
  方は刄を上にしてさす抜時は刄を下にす
  べし

一 體當之事   打込て鍔
         せりとなる時
  は下より上え突上くべし凡て一気にて
  打込時形強く其勢は體に當る時はた
  をれることあり是変気剛にして松
  風の意思うべし

一 太刀當之事  打込時手
         の内くるはさる
  吟味なり手の内能者と悪しき者
  と打合すれは能はすわり悪きはちる也

一 切落之事   是は試合
         口なり

一 吟味之事   勝負して
         其善悪を
  委しく吟味すべし

  右  口傳

   目録傳終

極意

  ア  ウン 功妙剣 口傳
   
        心妙剣 口傳

是をカンマンボロモンと言然れとも是は梵
書のアウンの二字なり右アウンは出る
息引の息なり則呼吸の二つを言なり

氣留  是も気先強きなり

權體勇 不行不歸不止
        口傳
不行不帰不止は行もせす帰もせす居
つきもせず身躰等と能きなり

西江水     口傳
しやこうずいと訓す梵音佛語なり
 じく
天竺の大川なり夫を一口にほすほとに心を
大きくなせと言佛の語なり則勝負
なすにも此気を用てなすべし

惣體之〆 身體十四経い心気
     の備わたるなり
太陽  小陰       前しんみやくとくみやく
小陽  太陰  手足同   任脈    督脉
 めい けつ
陽明  闕陰

口上極意之事  口傳
應對の口上ぶりにて人の賢愚上
手下手しるゝ者なりされは口上は軽率
    つゝし
の口上は謹むべし

不立之勝    口傳
敵の未たをこらさるに通するなり

  非も かまんかしんとんよくいかり
十惡   をそあやふみうたがいまよ
     いあなすりまんしん
有まいと思ともことにより出る故に是を
能〃謹むべし一つもあれは勝利をうる
こと賢し

勝と言は先〃せんに後
の勝また先〃に先後
     ぜん等と
勝負は先〃の先なるべし後の勝とは
後の先なり先〃の先にあらされは敵
のをこりくちはしれぬ故に下句にことは
りて同句を言なり敵のをこりに通し
て先を取るなり後の先も矢張先
なり気敵の先懸けねは後の先も
しれぬなり

右左後も前も一致して
 天地萬物同根一空

心躰一連して大からに心を持なり

書渡し口に傳ふる
 言の葉の経に心に
   持ばたんれん

  右三首  口傳

   以上

 右條々極意者有
 口傳以理為實以實
 爲理也愈工夫鍛練
 二六時中無怠慢御
 勉可為肝要者也
 先師杉本氏政元
 目録之旨趣雖爲
 奥義今足下數年
 有信實深仰而二
      まるゝ
 六時中依被勵懇
     じゆん
 精不残一塵授之弥
 抽丹誠此道有切
 磋琢磨工夫可被鍛
 練而猶心妙不測之
 所免状時可顕之
 者也
鹿嶋神傳元祖
 杉本備前守政元
 上泉伊勢守藤原秀綱
 奥山休賀齊平公重
 小笠原源信齊源長治
 神谷傳心齊平真光
 高橋直翁齊源重治
 山田一風齊藤原光徳
 長沼四郎左衛門尉藤原國郷
 長沼活然齊藤原綱郷
 藤川彌司郎右エ門尉藤原近義
 明石郡司兵衛尉藤原孚祐
    はん
 團野真帆齊源義高
 男谷下総守源信友
 澤浦周吉源盛道
  兵法目録
   添状

今相渡候目録條〃
        にん
口傳一〃味細に躰認
して執行無怠慢
御勤可有之事
肝要也若疎略に
して不勤之上邪
心のみ目録の弟子
       あやまり
などと思ふ心の誤
故結句初学の相弟
子に向ひ流義のほど
我心にさへ得度な
きにまかせ相違の義
   ちらし
なと申散候はゝ第一
其身の本意に違い
    めい
第二師の命を背く
  
此大科天なん
 ゆる
そ免し玉はん
や誠に可恐懼ゝゝ然
る時は此根元の流義
は心より心にもと
     
つく神理微
     かりそめ
妙之正理故假初
にもをろそかに
不得心執行の心理
を躰認せされは不

智不学の幼童に
も越度有へし可
謹ゝゝ弥初学切[功]を
つみ正直正路にして
練行修行務之
経年は口傳躰認
   
可有之歟其節に
  くけつ
至り口訣之奥旨
極上天然不測之
正理可傳之也慎
而勿怠云〃
元治二乙丑歳
 孟夏上旬謹寫之
主上毛國士
 後藤藤原矩寛
     (判)
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