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『日下開山武蔵守流兵法傳書:元禄十一戊寅年五月廿四日付』筆者蔵
2019.3.21 日下開山武蔵守流兵法の序
「古文書」を読むうえでもっぱら難しいとされるのは「行書・草書」の判読です,現代人にとっては見慣れない書体ですから,これが難しいとされるのは至極尤もなことでしょう,
古文書を読んでみようと,いざ取り組んだことのある方なら分ると思います,
けれども「行書・草書」を読むことばかりが古文書読解の難しさかといえばそうでもなく,これまた現代人にとってはあまり見慣れない「漢文体」も読解が難しいのではないでしょうか,

「漢文体」で書かれた古文書は,およそ「楷書」で書かれていることが多く,文字そのものはすらすらと読めるものゝ,はたして何を言っているのかさっぱりわからぬ,陳文漢文だという人も多いと思います,

句読点・返り点が無い,漢字のみを羅列した「漢文体」の読解は,現代人にとってたいへんな苦痛です,しかしこれを攻略せねば「漢文体」は読めませんし,ひいてはその古文書を理解することも出来ません,

さて,今回取り上げるのは「日下開山武蔵守流兵法」の「序」です,
この「序」には,流儀の由緒が「漢文体」で書かれています,

 迂生は漢文の勉強を始めて日が浅く,実に拙い読解しか見せられませんが,今日ほとんど知られていない流儀を紹介致したく,これもまた勉強の一貫と思い,推して乱文をさらすことに致しました,きっと誤りもあるでしょうから,その辺りは御推覧を希います,
 

『日下開山武蔵守流兵法傳書:元禄十一戊寅年五月廿四日付』部分 筆者蔵
漢文体を読むときは,まづ全文を俯瞰し,徐々に細部に至る手順で文意を読み解くようにしています,
何度も読み返して落ち着くべきところ?に落ち着いた結果が上に掲げた読解文です,まだまだ読解の経験が不足しており,確信の持てないところが数多ありました,

難解な語句や古典の引用はあまり見られず,平易な文体であり読みやすいといえるのではないでしょうか,文意はほどよく理解できます,


さて,「日下開山武蔵守流兵法」とはいかなる流義なのか?,
さっそく「序」に従ってあらましを見ると,
佐々木高成なる人物が幼稚のころより劒法の道に志励して,百家を詮索,長年研鑽をかさね,そして九州肥後において宮本武蔵守という人物に会い,一流を懇望し教えを受けて一流を開いた,
といったことが書かれています,

すなわち,流祖は佐々木高成という人物です,その後 流儀の伝統は佐々木高時へと伝えられました,
さらに後ち佐々木高時はこゝに掲げた本傳書を著し,元禄十一年 伏屋長左衛門へと傳授します,


佐々木高成,佐々木高時とは何者なのか?
これは一向に詳らかにできませんでした,大坂の人であったかもしれません,
というのも,傳授された伏屋長左衛門という人物は泉州万町の伏屋氏ではないかと考えられるからです,


以上のごとく「日下開山武蔵守流兵法」について記してみたものゝ,どうも正体がよく分りません,この記事を読まれた方も要領を得ないと思います,
残念ながら史料が極めて少なく,傳書の記述を裏付ける何らの資料も見当らず,傳書に書かれた範囲を超える何かを説き明かすことはできませでした,