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一全流錬兵傳の傳書

一全流錬兵傳小目録
1757.寳暦丁丑年五月五日
近松彦之進茂矩−副田久兵衛

一全流錬兵傳中目録
1758.寳暦八戊寅八月朔日
近松彦之進茂矩−副田久兵衛

一全流錬兵傳大目録
1758.寳暦八戊寅八月朔日
近松彦之進茂矩−副田久兵衛

強方相傳名目
1758.寳暦八年戊寅八月朔日
近松彦之進茂矩−副田久兵衛

近松彦之進、名は茂矩、南海 嚢玄子と號す、孫兵衛茂清の子なり。近松家は祖父茂英が徳川光友公に召し出されてより尾張徳川家の臣となった。
正徳2年(1712)12月29日彦之進16歳のとき御通番(表小姓)に召し出され御切米四拾石,五人扶持を下される。翌年2月17日出府し、閏5月15日御側小姓を命じられ御加増十石。 同月17日一番方を命じられ、夕方中御座之間に於いて居合片山流・兵法貴直流・棒心念流を御覧にいれ、又弓馬・鎗・捕手等のこと申し上げ首尾甚だ宜しかった。 同月23日元服を命じられ御番御免となり奥勤めとなる。徳川吉通公が甍ず7月26日までの間六十余日朝夕御前に在って勤める。 次代継友公が遺領を継ぐや、同12月2日彦之進は勤め方甚だ宜しからずと十石減少、御馬廻を命じられ、翌日江戸を発足。
吉通公の早逝によって閑職に退けられた彦之進は故主から殊に目を懸けられていた。 若冠十七歳にして将来は嗣君 五郎太(吉通公の長男)の武藝指南役にと嘱望されるほどであったが、公の早逝によって挫折、閑職に追いやられたことを幸いとして是より日夜武藝諸流を修練。 正徳5年(1715)9月24日彦之進19歳のとき、単騎の傳を輯録し一派を開き全流錬兵傳と号す。この流名は故主 吉通公の「兵法、武藝共に其の勝は錬に在るのみ」との御意に拠った。教場は錬兵堂と名付けられ、披甲・疾走の稽古より始められたと云う。
享保8年(1723)御尋ねによって武藝指南の年数并びに門人を書き上げたとき、傑出した門人は四十五人を数えたと云う。これにより御褒の御言葉があった際、聊かの意味あって三略の「能使三軍如一心則其勝可全」という語に因て流名を一全流と改めた。
兵法諸流を極めた彦之進が唯一傾倒したのが長沼流であった。これは吉通公が在世中、長沼流をもって兵学の随一と為し、「其の方も軍学は此流を稽古すべし」と御直に命じられたことに拠る。 しかし国元の尾張に於いて長沼流を指南する者は一人も居らず、よって諸流を学習し八流の免許を相傳され、三十余流の兵書を収集し研究したところ一流も信用ならずとの結論に至り、仕方なく兵書数十巻を仕立てることにした。 そのおり思いがけず高須侯の御目付代として来藩した太田忠蔵という人物が国へ帰るのに出遭い門弟となる。太田忠蔵は長沼澹斎の弟子 佐枝尹重に免許を承けた軍学者にて門下の高足であった。 太田忠蔵に長沼流の免許を伝授された彦之進は、以前学んだ八流も三十余流の兵書も、長沼流の『兵要録』の十分の一にも相当せず、また自身の仕立てた兵書も不足と見なしこれを全て焼いたと云う。
また、彦之進は兵学・武藝に限らず、神道・歌道・俳諧・茶道に堪能であったことが知られており数々の著作を成した。安永7年(1778)2月17日歿、82歳
掲載史料及び参考資料
『一全流錬兵傳小目録』私蔵文書
『一全流錬兵傳中目録』私蔵文書
『一全流錬兵傳大目録』私蔵文書
『強方相傳名目』私蔵文書
『近松彦之進藤原茂矩』市橋鐸著
『名古屋市史人物編 下巻』国書刊行会

一全流錬兵傳小目録


一全流錬兵傳
   披甲大事
   忍緒傳授目録
   軍礼古式

一 真
一 行
一 草

   諸流

一 辨慶卜(*)
一 美尾屋卜
一 折金卜
一 四付卜
一 輪卜
一 笠緒卜
一 四方卜
一 早卜
一 洩掛卜
一 前掛卜
一 菱卜
一 後卜

   秘傳

一 高紐掛之傳
一 無頬當卜之傳
一 必死之時心得

   至極

真忍緒固
  易結難脱
  四方堅固
  一心不乱

 紐下
  結留
  鎖留
  封留

附冑掛留
一 早掛留
一 組留
  真留
   走るにかたむかすおちす馬上より速に取て
   被りゆするらん事を要とす
  小屋冑
 古法粧留之傳
  已上     口傳

吾子遊予門練兵有
年披冑百度喜其
志披甲之大事令
授与名目如件
 一全流立教鼻祖
  尾府下  近松彦之進
寳暦丁丑年  (印)(印)
 五月五日

  副田久兵衛殿


*卜 〆のことか

一全流錬兵傳中目録


一全流錬兵傳 中目録
  披甲秘傳
一 武者鏡
一 陳営甲冑
一 雨中甲冑
一 攻城甲冑
一 舩軍甲冑
一 夜戦甲冑
一 水軍甲冑
一 必死甲冑
一 披甲要旨
一 應變披甲
一 忍甲
一 平服披甲
一 早着身堅
一 四季甲冑
一 闇夜甲冑
一 不合甲冑
一 頬當秘事
一 腰當秘事
一 背旗秘事
一 小旗堅秘事
一 袖貝秘事
一 忍具足秘事
  極意三ヶ傳
真上常之大事
真草鞋之大事
真帯刀之大事
  已上   口傳

足下遊于予門錬兵在年披甲
四百度固之秘傳目録
令授与之畢

   立教鼻祖 近松彦之進

寳暦八戊寅八月朔日 茂矩(印)

   副田久兵衛殿

一全流錬兵傳大目録



一全流錬兵傳 大目録
  披甲深秘
   甲冑古実

   冑傳
一 冑本躰表象
一 弄雪頽
一 四方白冑八方白冑二方白冑
  片白冑
一 陰六陽六冑
一 筋冑便利
一 星冑便利
一 同星形
一 白星冑星白冑
一 三枚冑五枚冑
一 笊形冑
一 タカスミノ冑 鷹住冑應角
  反冑
一 同シ毛ノ冑
一 混冑
一 冑ヲ猪首ニ着ル除首ニナル
一 請張
一 吹返便利規矩合
   以上  十六ヶ条

  秘傳冑五以
一 歯朶冑
一 鍬形打タル冑
一 立釼之冑
一 龍頭冑
一 アマノ面冑
  頬當傳
一 目ノ下ノ頬當
一 半頬ノ面ニ朱ヲサシ
一 頬當大概
一 頬當鼻
   以上  四ヶ条

一 正平皮之傳
一 小屋具足之傳
一 旗指具足之傳
一 曳合之傳
一 高紐之傳
一 威毛故實
   以上  六ヶ条

  極意大事
腹巻傳
鎧傳
   以上  口傳

足下遊于予門錬兵在年
披甲四百度依之深秘
目録令授与之畢

   立教鼻祖 近松彦之進

寳暦八戊寅八月朔日 茂矩(印)


   副田久兵衛殿

強方相傳名目


  強方相傳名目

一 表形   十
一 七ヶノ傳
一 五ヶノ大事

   極意
 五ツノ大事

   附傳
一 縄法式
一 早縄 手留
一 本縄
一 固メ
一 カケウツシ
一 女坊主縄
一 山伏縄
一 鍵
一 釻
 一ツノ大事
右名目悉皆令相傳畢
    近松彦之進
     藤原茂矩

寳暦八年戊寅八月朔日 (印)

   副田久兵衛殿
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