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一刀流兵法別傳天眞傳兵法の傳書

一刀流兵法別傳天眞傳兵法真劒拂捨刀之巻
1837.天保八丁酉年八月十五日
白井亨義謙−古河熊吉

一刀流兵法別傳天眞傳兵法目録
1838.天保九戊戌年三月十二日
白井亨義謙−古河新左衛門

吉田奥丞著『白井先生へ愚弟子の砌色々譬咄留』より
當流の修行の次第を云はゞ、錬丹して腹を修し其功にて支體全體とも虚體になりて空に和し、其空機を充實して赫機(のび)を出し、併し其人の得手にて何から出来も知れず、是れは唯次第也。 虚躰になれば空に渉られる、空に渉られゝば虚躰になる。又空機赫機は元一つ也。天機空を覆(をゝへ)かぶる物空機也。太刀先きより先きへ貫き響(ひゞく)物赫機也。 是にて二つ也、矢張元は一つ也。依て此三つの修行大事也。
白井亨翁から本傳書を伝授された古河熊吉と古河新左衛門は同一人物と見られ、名乗りの相違は家督後に名乗りを替えた為と考えられる。 此の人物の祖父或いは曾祖父にあたるであろう古河喜多次という人物が丹後田辺藩の士であり高二十人扶持、同藩の一刀流師役 尾形典次に師事した。傳授された一刀流目録が同家に伝えられていた。 尚、尾形典次とは鳥取藩の一刀流師役 河田仲行へ皆伝を与えた尾形儀太夫の次代である。

掲載史料及び参考資料
『一刀流兵法別傳天眞傳兵法真劒拂捨刀之巻』個人蔵
『一刀流兵法別傳天眞傳兵法目録』個人蔵
『天真傳白井流兵法真劒拂捨刀之巻』富山県立図書館蔵
『天真傳白井流兵法真劒遣方』富山県立図書館所蔵 *但し表題と内容は相違している、これは天眞傳兵法目録の註釈書である、真劒遣方は拂捨刀之巻の後半にある。
『白井先生へ愚弟子の砌色々譬咄留』富山県立図書館蔵
『田辺藩牧野家分限帳』京都府立総合資料館蔵

一刀流兵法別傳天眞傳兵法真劒拂捨刀之巻


一刀流兵法別傳
天眞傳兵法真劒拂捨刀之巻
 真劒  長透貫
     真妙劒
 拂捨刀 遠撃淵
     獅子飜躍
蓋善人好則天道不善人偏趨人
巧焉今之兵法學者必也策勵而
凝真空任技於空機虚其支體實
其神丹以得天真為其樂則所以
養生而常所誨也學者不識空
機而任技於其私智恃其臂力反
戻天道以果於虐暴為得術則所
以害生而常所戒也方今所傳
真劒拂捨刀者唯以全天為術而
已古曰得全者昌失全者亡先師
宗有翁終身煉丹勉強而凝空機
卓然脱離生死雖乃安明静得天
真其教弟子則未示其真而僅以
技耳幸得授之而又加之以神
丹赫機真空三者而以養天真亦
用之以長透貫遠撃淵二術修之
盡照貫虚貫純粹焉於其技也直
發赫機貫空機透敵之肺肝者謂
之長透貫支體入神丹故真妙劒
在其中矣縦横揮赫機斬空機割
敵之全身者謂之遠撃淵軀心化
真空故獅子飜躍在其中矣無為
而八方分身須臾轉化敵撃我在
前忽焉在後雖所向無不破所觸
無不碎而虚心平易支體従容無
有凝滞者依此勝修也故學者常
能純此三者而若臨交鉾則先飛
其晃暉於窃冥而尤要全其神矣
劒士不知此玅理而冒軀以韜袍
専力於雜撃暴戻不知則天而欲
究必勝之理者則蒙昧之甚不足
以為道焉可得其玅哉今感子精
錬不懈故傳此術苟能則之無違
則庶得其真云爾

       白井亨
天保八丁酉年
  八月十五日 義謙


 古河熊吉殿
【訳】
天眞傳兵法真劒拂捨刀之巻
 真劒  長透貫
     真妙劒
 拂捨刀 遠撃淵
     獅子飜躍
蓋し善人は好て天道に則り、不善人は偏に人巧に趨(をもむ)く。今の兵法學者必ずや策勵して真空を凝らし、技を空機に任せ、其の支體を虚にし、其の神丹を實にし、天真を得るを以て其の樂を為するは則ち生を養う所以にして、常に誨(をし)ゆる所なり。
學者空機を識らざるして技を其の私智に任せ、其の臂力を恃みすること、天道に反戻(はんれい)し、虐暴(ぎゃくぼう)を果すを以て術を得ると為するときは、則ち生を害する所以にして、常に戒むる所なり。
方(まさ)に今傳る所 真劒拂捨刀は唯天に全きを以て術と為するのみ。古に曰く、全きを得る者は昌(さか)んにして、全きを失う者は亡ぶ、と。
先師 宗有翁、終身煉丹 勉強して空機を凝らし、卓然として生死を脱離し、乃ち明静に安んじ天真を得ると雖も、其の弟子を教るときは、則ち未だ其の真を示さずして僅かに技を以てするのみ。 幸いに之れを授ることを得て、又た之れに加るに神丹,赫機,真空の三者を以てして天真を養い、亦た之れを用いて長透貫,遠撃淵の二術を以てして之れを修するに、照貫(しょうかん)虚貫(きょかん)の純粹を盡す。 其の技に於けるや、直ちに赫機を發ち、空機を貫き、敵の肺肝を透するもの、之れを長透貫と謂う。支體 神丹に入るが故に真妙劒 其の中に在り。縦横赫機を揮い、空機を斬って敵の全身を割くもの、之れを遠撃淵と謂う。
軀心 真空に化するが故に獅子飜躍 其の中に在り。無為にして八方分身 須臾轉化、敵我を撃つに前に在るかとすれば忽焉(こつえん)として後に在り。向う所破らざること無し、觸るゝ所碎かざること無し、と。 而れども虚心平易,支體従容として凝滞すること有ること無き者は、此の勝修(しょうしゅう)に依ればなり。故に學者 常に能く此の三つものを純(もっぱ)らして、若し交鉾(こうほう)に臨まば、則ち先づ其の晃暉(こうき)を窃冥(ようめい)に飛ばして、尤も其の神を全きするを要せよ。 劒士 此の玅理を知らずして、軀を冒(を)うに韜袍(とうほう)を以てし、専ら(さつげき)暴戻を力(つと)め、天に則ることを知らずして必勝の理を究めんと欲する者は、則ち蒙昧の甚しき以て道を為するに足らず、其の玅を得べけんや。
今、子 精錬し懈(おこた)らざるに感ず。故に此の術を傳う。苟(いやしく)も能く之れに則て違うこと無きときは、則ち其の真を得るに庶(ちか)からんと爾云(しかいう)

       白井亨
天保八丁酉年
  八月十五日 義謙


 古河熊吉殿


偏に:かたよって
策勵:むちうちはげむ
虐暴:しいたげる,力を以てこまらせる義
昌(さか)んにして:しいて行う
卓然:ひとりたつこと
明静:あきらかしずか,二字にてすむの義清水のこと
純粹:極上に白きこと
透する:ふとくつらぬきの義
支體:両手足
晃暉:日輪のかゞやく
雜撃:ぎゃく打,切くづつして用にたゝぬようなこと よこたてしにすること

一刀流兵法別傳天眞傳兵法目録



一刀流兵法別傳
天眞傳兵法目録
 明道論
天真傳兵法者所以執兵器臨戰
争而明生死之術也進退周旋不
活潑自在何得碎堅甲折利兵挫
其鋭氣以保必勝乎雖然學者率
不知通天真微妙之心理故偏執
着於有而競事膂力揮摧兵刃以
求勝蓋争氣専于内則雖終身學
之得臻其妙實難矣又或聞性中
真空無相妙法偏執著無而説空
説寂猶之泥塑木偶竟喪其實用
焉是亦不可不察也故修此道必
教學相須而後有獲焉教之雖篤
信之不篤則不能自久焉不能自
久則不能生明焉不能生明則不
能誠之誠之而後能得其真得其
真而後能行之真機變動左右逄
原不求勝而自勝焉自非焦心苦
慮知行倶至者安能得斯妙哉夫
天禀高明者雖信之厚而骨力和
僅得機貫無堅忍不抜之氣則
不能至其極焉雖膽氣豪邁者而
心術不純正則往々矜其驍壮縦
其暴戻自以為是而不能真修焉
但其天禀既高知之既深凝神以
養真空赫機漸入至大至剛之域
而顛沛造次不斯須遺之淳直謙
遜毫無自負諸如斯人勉強不懈
幾乎得其真矣蓋術有三等焉事
詭者謂之巧工事真者謂之良術
體天者謂之真人今學者大抵陷
于巧而不知赴良況於夫真乎人
陷深谷而仰窺蒼天則唯濛々然
耳奚如f高山而得全於天者哉
學者舎f此山上而降入深谷抑
何心也既陷于巧者不可得而化
赴良者可得而化事詭者殘暴充
胸中怒而盡死力或大喝奮躍縦
横揮兵候間投隙先發折意後發
挫機示之以虚誘之以利終始詐
狙僥倖求勝是姦邪之徒已神者
惡姦何得全勝矣事真者還丹神
空機視望以赫機所觀必先壓如
喪手脚能忘其技礙者自破非吾
破之觸者自碎非吾碎之居然必
勝無有所窮是真機活動也神者
體真無所不應矣至其體天者則
能安無窮遊萬物外天空海闊變
化至靈其力廣大揮斥八極圓活
妙理無所不存不知有生故無死
地此任不測非以神者哉神者萬
機之主而無所不靈矣凢人之生
禀天地之正為萬物之靈而其行
也反乎其正何得無災害哉故曰
出生入死生之徒十有三死之徒
十有三民之生動之死地亦十有
三夫何故以其生生之厚蓋聞善
攝生者陸行不遇兕虎入軍不被
甲兵兕無所投其角虎無所措其
爪兵無所容其刃夫何故以其無
死地焉能知此真而學之既得斯
道則動静進退之節無陷于勞之
弊而其成功大也故粗述其
示標準云

       白井亨
天保九戊戌年
  三月十二日 義謙


 古河新左衛門殿
【訳】
天眞傳兵法目録
 明道論
天真傳兵法は兵器を執り、戰争に臨んで生死を明にする所以の術なり。進退周旋 活潑自在ならずんば、何ぞ堅甲を碎き、利兵を折(くじ)き、其の鋭氣を挫(とりひし)ぎて以て必勝を保(やすん)ずること得んや。 然りと雖も學者 率(をゝむ)ね天真微妙の心理に通ずることを知らざるが故に、偏に有(う)に執着し、競て膂力を事(わざ)とし、兵刃を揮摧(きかく)して以て勝を求む。 蓋し争氣内に専らなるときは終身之れを學ぶと雖も、其の妙に臻(いた)ることを得ること實に難し。
又或は性中真空無相の妙法を聞いて偏に無(む)に執著して、空と説き寂と説き、猶を之れ泥塑(でいそ)木偶(もくぐう)のごとし、竟(つい)に其の實用を喪なはん。是れ亦察せざるべからざるなり。 故に此の道を修するは、必ず教えと學びと相須(まっ)て後に獲る有り。之れを教ること篤(あつ)しと雖も、之れを信ずること篤からざるときは自ら久すること能はず。自ら久すること能はざるときは明を生ずること能はず。明を生ずること能はざるときは之を誠にすることを能はず。之れを誠にして而して後に能く其の真を得、其の真を得て而して後に能く之れを行う。 真機 變動左右原(みなもと)に逄(あ)い、勝を求めずして自ら勝つ。自ら焦心苦慮 知行倶(とも)に至る者に非ずして安(いづく)んぞ能く斯の妙を得んや。
夫れ天禀(てんぴん)高明なるは之を信ずること厚くして、骨力和(わじ)し僅かに機貫を得ると雖も、堅忍不抜の氣無きときは其の極に至ること能はず。 膽氣豪邁なる者と雖も、而れども心術 純正ならざるときは、往々其の驍壮に矜(ほこ)り、其の暴戻(ぼうれい)を縦(ほし)いまゝにし、自ら以て是れと為して真修すること能はず。 但し其の天禀 既に高く之れを知ること既に深く、神を凝らし[煉丹して]以て真空赫機を養い、漸く至大至剛の域に入て、顛沛(てんぱい)造次(ぞうじ)斯須(しばらく)も之れを遺(わす)れず。 淳直謙遜 毫も自負無く、諸(もろもろ)斯の如き人勉強して懈(をこた)らざれば、其の真を得るに幾(ちか)し。
蓋し術に三等有り。詭を事(わざ)とする者之れを巧工と謂い、真を事(わざ)とする者之れを良術と謂い、天を體とする者之れを真人(しんじん)と謂う。 今、學者 大抵巧(たくみ)に陷って良に赴くことを知らず、況んや夫(そ)の真なるに於いてをや。人 深谷に陷(をちい)り仰(あを)べて蒼天を窺うときは唯濛々然たるのみ。奚(なん)ぞ高山にfり、天に全きを得る者に如(しかん)や。 學者 此の山上にfるを舎(す)て降って深谷に入る、抑(そもそも)何の心ぞや。既に巧に陷いる者は得て化すべからず、良に赴く者は得て化すべし。
詭を事とする者は殘暴胸中に充(み)ち怒って死力を盡し、或は大喝奮躍 縦横兵を揮い間を候(うかゞ)い隙に投じ、先發して意を折(くじ)き後發して機を挫(とりひし)ぎ、之れに示すに虚を以てし、之れを誘(あざむ)くに利を以てす。 終始詐狙(さたん)僥倖(ぎょこう)勝を求む。是れ姦邪の徒のみ。神は姦を惡む、何ぞ全勝することを得ん。
真を事とする者は還丹(せんたん)空機を神にし、視望するに赫機を以てし、觀る所必ず先づ壓(あっ)す。手脚(しゅきゃく)を喪(そう)するが如くにして能く其の技(ぎ)を忘る。礙(さわ)る者を自ら破る、吾れ之れを破るに非ず。觸(よりつ)く者を自ら碎く、吾れ之れを碎くに非ず。居然必勝 窮する所有ること無し、是れ真機活動すればなり。
神は真を體とす、應ぜざる所無し。其の天を體とする者に至ては、則ち能く無窮に安んじて萬物の外に遊ぶ。天空海闊,變化至靈 其の力廣大八極を揮斥(きせき)すれども圓活妙理 存せざる所無く、生有ることを知らざる故に死地無し。此れ不測に任して神を以てする者に非ずや。神は萬機の主にして靈ならざる所無し。
凢(およ)そ人の生や、天地の正を禀(う)けて萬物の靈為(た)り、而れども其の行いや其の正に反す、何ぞ災害無きことを得んや。故に曰く、出れば生じ入れば死す、生の徒,十有三死の徒,十有三民の生、動て死地に之(ゆ)くも亦十有三、夫れ何が故ぞ其の生を生とするの厚きを以てなす。
蓋し聞く、善く生を攝する者は陸行して兕虎(じこ)に遇はず、軍に入て甲兵を被(こをむ)らず、兕も其の角を投ずる所無く、虎も其の爪を措(を)く所無く、兵も其の刄を容るゝ所無し。 夫れ何が故ぞ其の死地無きを以てなりと。
能く此の真を知りて之れを學び、既に斯の道を得るときは動静進退の節、勞に陷ゆるの弊(つい)え無くして其の成功大いなり。 故に粗(ほゞ)其の(概)を述て以て標準を示すと云う

       白井亨
天保九戊戌年
  三月十二日 義謙


 古河新左衛門殿


兵:兵は三民の守護の器にして之を執て兵士と云う
明にする:あきらかにするとはすみやかに兵刄に死て悔なきを云にあらずや、戦国士風此れを常とす、白刄にもふむべしと云はずや何ぞ天道を得る者とや也
微妙:深すぎて分らぬことなり
泥塑:土人形
木偶:木人形
暴戻:あらあらし,もどる,よこたてしにすること
真修:まことのしゅぎょうならんと云う義
淳直:よこしまのまじりものなり
殘暴:そこないあらあらしい
還丹:かさねる義
窮する:さしつかえること
天空海闊:天のひろき,海のひろいこと
至靈:いたって妙なこと
揮斥:ふるいふるう
靈:靈妙,心靈はかり知られぬ所
徒:ともがらと同じ
兕:水牛のこと,猛獣なり,虎と同様なり
:たいがい
標準:めじるし,みすもりのくいのこと
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