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古流長刀の伝書

古傳長刀之聞書
1800.寛政十二年夏
石寺可亭
1810.文化七年仲秋
関根剛彦

松本源四郎より相傳を承けた石寺可亭、寛政十二年(1800)夏に古流長刀の伝書を記す(*1)。関根剛彦はこの伝書の「その意、その傳の前後なる」記述や、「先生の悟道を以て説き給ふをそのまゝ記したるは語の解しがたくして却て後学の疑惑とならん」ことを慮り、文化七年(1810)仲秋改めて傳来の階級を正し加筆し『古傳長刀之聞書』を著した。尤もこゝに紹介の『古傳長刀之聞書』は其の写本の可能性もある。
『古傳長刀之聞書』は初学中段双貫八箇之傳極意惣状と階級の順に記され、長刀相傳之次第にて終り、文化七年の奥書が附されている。尚、関根剛彦が改めて記した部分には「私記」と書かれており、原書を損なわいよう配慮したものと思われる。
掲載史料及び参考資料
『古傳長刀之聞書』個人蔵

古傳長刀之聞書 初学

往古傳来長刀之事
武術流々に神儒佛により或天狗猫又を祖とし或ハ坐禅觀念様々の秘傳極意等の次第有之、目録免状印可等或ハ奥深き相傳等有之由、長刀ハ夫とハ事替何の奥深き事も無之、唯敵合にのぞんて其透間を傳来の刃筋を以示す事也。 初に仕ふを表と云へき也、中にて教るを中段と可云哉、終に教るを極意とも云へきか、元来右之名目無之、勿論目録免状印可等の傳も無之、習度と志す人に教可申と受合たるを誓と仕候す。 夫故年数新古の無差別、其業の様子に應し直にも不残の刃筋を教へ、其後執行に至ても観念義論等の理談にも不及、唯六通の刃筋を振り習ふ斗也。 返々も向ふ敵の透間を示すと斗他念なく思ひとりて執行すへし、外に何の六ヶ敷事もこれなし。
又曰、諸武術に目附の傳来品々様々有之より、長刀にハ左様の事無之、眼ハ平日用處を見ること自由に有之、役めなれは勝手宜しき所を見へし、長刀を振る時とて格別に何方を見、いかなる所を見候よふにとるにハ不及、なくとも用ニ致處へ自在に目ハ附ものなれハなり。
 右者松本先生へ石寺先生より問合之趣を以其大意を記
長刀手数之事
一 虎亂上下口傳 右小に引さけ向のひき足を掛る
一 清眼真の拂口傳 眼の通りを向の右より左り、左りより右に順逆に拂ふ
一 込手不打出敵口傳 かけ込のかまへにて下より上へ、上より下にかけ落す
一 開手左右口傳真上下 ひらきかまへにて拂ふ

右之外長刀合三本
私記
一 一本目真突 さしかまへにて敵のかまへすり込突切りなり
一 二本目真掛の跡敵道具切落す、其跡突 かつきかまへにて敵の先手の手甲を掛る、其跡掛流し
一 三本目真敵の道具切落、其跡尾返 かつきかまへにて下にて詰せり合時石突の方を以ひしぐ
右長刀合三本の手數付中奥師の聞書に無之、手附もなく名目もなき處に妙味あり、然共其手数後年たいてん[退轉]せさらんためかつハ初学之為に今こゝに記置もの也、双貫傳の上其全意を發明すべし
又云、右虎乱より長刀合三本目迄を今かりに表ととのふ[となえる]、いつれも真の手あり
惣して長刀を水車に振と云ハ竪横十文字八方十方自在に拂ひなき[薙ぎ]立る事也、十文字のかね一圓相となる
  私記圓相とハ端なきをしめすのことばなり
刃筋
突切  引切  上ヶ切  掛ヶ
拂イ  なぐり  突ハ水車の真木のこゝろなり
勝口仕掛
一 かつき構にして向の透をかける
一 左に構て拂ふ
一 長刀を向の眉間にさし付拳をかける
右の仕掛ハ大法の教ありなすむ事なかれ、向の透間を掛拂ふ間合見定第一也
長刀刃筋の意
石寺先生の詠哥八首

廣野にて乱るゝ虎を掛たつる
  かなめと足のつけねなるもの

来る敵の清き眼をくらまして
  あとの業こそ勝と知るへき

立向ふ敵に込手とつく業は
  うたかいもなき勝利なるへし

抛手こそかけ入敵に業なれは
  身をひらくほと勝ハありけれ

開手のかまへハ遠く見ゆれとも
  掛るハ近き間のしかけなり

上に結ふ長刀あいの習とハ
  五寸のかはし秘勝となる

下に結ふ長刀合のならひとハ
  そはしの掛とかけ流し也

長刀の手詰になれハ引かへて
  裏手そ勝のあると知るへき
初学の者心得
長刀の真木を振ると云ハ扇子をつかふに要を手の内に振るときハ十本の骨開て和風の出るこゝろ也、扇子をつかふ人かなめを振る処に心なし、要もしぬける時ハ十本のほね用ひかたし、虎乱の真木をにきり初て真の通し十手の業いきゝゝと業をなす。 十手とハ八本の表に中段の二本都合十手也、是扇子の十本の骨のごとく十手に皆真の要あり、木ハ枝葉ことゝゝく落す時ハ本木枯る也。 枝木落しと云ハ枝葉を切る事あり、五ツの指も親指一本か小指一本の落す時ハ持事ならす大木なる身躰指の少しに不自由をなすこと知るへし。 小より大に至るそはしの秘術長刀の習とす、心のとふす心も右の味にて少の所より心のとふるものと知るへし。 間外より清眼に拂ハあたらぬ間にて心をとふさるゝもの也、是を電光のそはしと云。 石火と云ハ敵の道具を不意に打也、是心のとふす道なり。
初学の人右の心を能々考へし

 往古傳来本無書、然共後年退轉為無之口傳と其意とを記置畢。志士同躰の人に可傳也


右條々初学に傳ふ

古傳長刀之聞書 中段

中段 私記
本此名なし、今かりに中段とよぶ
一 物見 押立たる構にて片足を開き地にふす如くにして立刃に碎く左右なり込入敵ハ片ひざを付向の拳を石突を以はね上ル、是を尾返と云是も左右なり
一 真之虎乱 右に長刀さけ表の構の如にして行様に右の手をたかくして敵のほつてを突
一 堅碎 口傳
勝口心持口傳
放業  先業  随業
陰陽業  未發業
古傳来長刀の意
初に真木を持てハ一圓自然に備る、虎乱の手は真木の形也。初虎乱の真木より真の手に突貫く業ををしへ夫より四方八方一圓の業をつくして真の虎乱の真木に結ふ。初の真木始終貫きとふる水車の一圓を真木一本にてめくらすることし。 清眼ハ横を示し込手ハ竪を示し十文字となる抛手又横を示し開手横を示し一にかへる刃筋を教、長刀合三本共に上下の十文字となる、三本目に竪碎をこめたり。 手合皆々突なるハ真木を通す習也。石突の返しハ尾返しとて変の業を教るなり。 物見ハ見切なり、爰に初て目付をあらわす万物物見ならすと云事なし

一 表ハ和にして内剛なり、其和の内より真の手ハするとし。

一 陰の敵にハ陽に發して驚かせ、陽敵にハ陰にして向ふ、仕かけて掛引、受て掛、相掛りに掛、突切、引切、上ヶ切、掛拂、なぐり突き、尾返し、電光、石火、さす手、引手、十文字、水車、堅碎、葉を切て本木を掛、本木を切て葉を枯す、千変萬化自在なるハ物見の見切なり。 其業々々を手錬して多勢合を傳ふ。初八本を能手錬すれハ和風泉流のことく自在を得て妙術を得る。表ハ華、真ハ實、華実の二ツ華実落ての跡極意となる、濃能々工夫あるへし。
 右参考すへし、長刀の術又外にあり 向虎乱  向開手
 
 往古ハ人の心質朴にして物にまよひうたかふ事なく一筋の刃筋を傳れハ真に誠のこゝろに感して正直に守り得て是を以て決定の一心極る、是則勝利定所なり。 人間の生るゝより備たる誠の心と信剛の氣とに應する業なれハ、何をか色々の秘術あらんや。其傳を今の末の世に傳て欲心疑惑の今の人に應る事往古に同し、然共往古と今と人質同しからざれハ其所ハ学人能々工夫をささざれバ其業其心に應する事遠かるべし。 中奥より諸武術起ると云共氣質に應し氣取の品とを教る故却て思慮に渡て己か本の誠をそこのふ[損う]事品多くして氣に逆起る。長刀の教ハ氣位目付等の教なく、唯刃筋を傳時ハ自然にきつすいの誠に應るの古傳なり、好学の人能々考べし。
中段物見
一 向開手にて向時之事
 一 向虎乱にて向時之事
 一 物見相構之時之事
  右智顕を待て傳
多勢合之事
多てきの習ハ後に敵をよせづ場の次第をとるへし、敵を一重によする心得也。 清眼多手碎ハ長刀多勢合の業と可知、深く掛くへからす、掛なき拂なり、手詰に来るハ多手碎也。 一人の敵に深く掛ハ其ひまとる内多勢に取巻るゝもの故爰に顕れ、かしこにうつり掛抜く切ぬける心得也、電光石火味ふべし。
長刀極意之意
諸流の武術に極意の太刀あり又一本の必勝を極む、長刀ハ敵の仕掛に應し示す、是循環の端なきか如し。太刀合虎乱より中段物見に至り業を盡し常に手錬するは應変の為也。 敵によつて自在に不示と云事なく常に手錬の術應変の場に不出といふ事なし、是循環の無端処に至らしむるの教なり、然ハ一本と極る事にあらす、能々後学の人可味也。 常の業を一丸に込盡し華実落てと云ハ、然も其業を是と不思とも自然に変に應する処循環の端なく應し示處なり。

一 物見相對の勝に実落しと云ハ向の長刀を切落すなり。敵の躰を切らんとすれハ相討になるもの也。 長刀を切落す心也。其時ハ一重身に成、押立たる長刀の蔭にかくるゝ如くにして向の長刀を切伏れハ実の落る心なり。 敵を不切長刀を切伏する處習なり、是も横に切ず敵の長刀の柄より手をかけて打さする如くに切伏べし、向より下の業ハ出ぬものなり、尚考べし。
一 八本目竪碎、向開手、虎乱、物見、相打迄手數の内にて八本の真の内に竪碎一術を込置、是迄ハ業に教る故八本の真の真術と可見事也。 右の上段に至業落て一丸の大碎に至へし。

一 水車の始終のふして環る、是循環無端かことく、其業我も不知自然に應るの大意也、其意を石寺先生の句に
   遣り水のむかへハめくる車哉
車ハ水を不待水の自然にむかへハ端なくめぐる其車心なし、車の真木めくらすの心なし、水に應してめくるハ人作の妙術也、是自然の理にして活器也と知るへし。 然るをいわんや活物の人において其術ハたらすと云事なし、高大無邊の事に諸藝封し置、眼前爰にある所を不知、爰と知て為ものハ至り遠く走て不為ものハ手をむなしくす。 往古の傳諸方に越、手近き道よりいたらしむるの傳也と知るへし。


 右中段以上に傳ふ

古傳長刀之聞書 双貫

双貫
一 双貫虎乱之傳

長刀合三本の根本、其起り双貫を以知るへし。此傳成就の上皆傳也。

私記
双貫ハならひつらぬく也。敵も我も互に真の手の虎乱にて面へ向て突出たる時、長刀の先上にて結る、其時長刀の先合やひとしく躰を地にしづミひざを付て敵の先手をする落しながら胸に突付る、是一ヶ條也。 又敵も我も真の虎乱にてほつてを突んとしたる時、長刀の先下にて結ばる、此時結せるやいなや足を蹈込かづきなりに敵の脇下に掛込、是又一ヶ條也。 扨又敵も右の通りに我脇下にも掛込んとしたる時、互にせり合て間詰に成て押合時、先の足を引長刀を下刃に打返しながら敵の真向を掛る、是一ヶ條なり。 如此なれハ敵の長刀ハ業出たるもの也、其術をこゝろミて味べし。 初の一ヶ條ハ真の手の虎乱互に突出したる処、則互にさしがまへのことく成。 二番目、真の虎乱にて下さまに突合たる処、則かづき構のことくなる。 三番目、夫を直にせり合間詰に成る。 是を以表の長刀合三本、此おもかけと知るべし。名目なきハ互に虎乱なれハ也。 是を以初の虎乱始終貫たるをさとるへし、始末虎乱ならさることくなし、此處能々参考すへし。
太意
長刀極意の術ハ始終一躰の傳来の心を以て妙と成る、萬物無求して天地の間に活生することく華実の業を得て其業を不求、一圓の物見をも不求して無心にして心中に活生す長刀の極意一本の業をも不極、初虎乱より終物見の真の業を得て一躰術の心を丸じ、しかも華実の二ツハ落れ共向変に活生して循環のはしなきか如く不碎と云ことなし、竪碎と云名目になづますして一圓の大碎をさとるへし、是微妙に至るの術也。

一 長刀奥の心の執行ハ無念無想を工夫すへし。氣を抜真のとふすも無念無想ならざれハ、氣を抜真のとふす二ツの處の思ひの種に落入る故、其処無念無想を観ずへし。
 私記
 無念無想ならんと思へハ其思ふ心則念と成、想となる。後学の志士能々考へし。

古傳長刀之聞書 八箇之傳

長刀八箇條 此傳相済直ニ惣状皆傳也
一 竪碎之事
甲冑透間なきに因て掛る処少し、無二無三にたてに碎けハ甲をわれくたかすとても砕くひゝきに敵氣を打碎かるゝものなり、其つひゑに乗て先の勝と成る、敵ふせき防かざるにかゝわらす打碎くなり。

一 大碎の事
竪碎の心に同し何[如]くにても碎時ハ其はけしくひゞきに敵轉動して氣をくじくのつひゑに乗て突か拂ふか、其変に應する為の碎也。又敵の持掛る道具を大小打碎くも有り、利多し。真の開手の業碎の教なり。 打砕跡活生の処肝要也

一 かけ所秘傳之事
腰より下タに利あり、其わけハ甲冑を帯すれハすそかれに成り腰より上へ重ク、其上戦場ハ上ハ氣になりすそ弱ルもの也。たとへ受ても拂なくるに留らす、又間遠く成るもの也。 往古より長刀ハ足を拂ふに利ありと申傳ふ、常に虎乱抛手を修行するハ腰より下タを掛る習の教なり。

一 突之事
突ハ通らすとも氣を通すもの也。面は申に及す、一躰とことてもつくに利あり、間遠くなり突くにひるむ處を掛碎く也。左右狭き場所抔は引取々々突くなり。

一 なくり拂之事
延ふ手第一と可心得、上中下敵の仕掛によりてなくり拂ふなり。片なくり、身開き、もろなくり、左右ひらき、左右共なく手の身也。

一 尾返しの事
碎きの心と可知、打ひしき氣を取敵のまくるゝ處を制する利あり。尾返しは碎きと心得る所傳也。

一 馬上之敵之事
近く寄せす馬の足を拂乗り手を落す也、其跡変に應し勝なり。後ロよりの心得ハ真後ロによらす、少脇より拂ふかつき落すに利あり。

一 馬上長刀之事
右に敵を受さる様に乗もちり、左にうけ清眼竪碎等の業に利あり、右に間近く敵寄ハ石付にて突も利あり。 敵我馬の足を掛たると見ハ長刀を杖につき、敵の寄せさる方へ飛をり折敷て敵を受へし、是秘事也。

右古傳の業也。敵長短の道具を持向ふとも其道具をひしき碎き、敵身のひしき碎なれハ敵の道具にかゝもわす[関わらず]合へハひしき合されハ電光何に掛碎かすと云事なし。一身堅固決定して動かす、敵に仍て轉化しまた動て随ふ、是循環のはしなきかことし。

古傳長刀之聞書 極意惣状

惣状 私記
是則皆傳也、此時外傳る業ハなし、右八ヶ條を今極意の傳す
右長刀八箇の皆傳終て様々六ヶしき氣位等を捨、無念無想にもよらす、唯々初學の心になり素人の氣にうつりて表真の手等をつかふへし。 今まて執行不空、其内に備る一向不知人の氣に帰て氣位等の上品をなすべからす。是古傳なり。  表間近く、真の手中段間遠く、極意大碎間近し、初に帰の意悟へし。
長刀の意
長刀の真意ハ出つらぬることのなるべき事にハあらされ共、水車の廻りてはしなきことくならハ其業をも得せん。 虎乱開手も形つくりてかまへ向ふものならハ物見の業にて崩されん。其物見も形つくりてかまへとちならハ相討とならん。 いか成業も形造りてかまへなさバ崩されんとの教也。 はしなく出るこそ実の業なり。大碎鉄壁通しなとハ剛氣手強き業なるへし。是も一術なれとも水車の意より出るにハ遠かるべし。氣高くもならてなし、むかへることもなく唯々八本の意帰し、端なくめくりてとゞまる所もなく自在なるをこそよしとすれ。 八本の意水車の心、自得にあらされハ解ことあたわす、深く考へし。

長刀の意書面に成てハ様々の意味あるかことくなれ共、本人々々の固有の神真也。 則誠のこゝろに備る遠くうゑん[迂遠]のことにあらすして知れハ爰にあり、不知ハうゑんなり。 業ハ一圓と思へハ一圓の病に止る、唯長刀ハ手に付て無端環るなるへし。 此處能々考自得すへし。


右双貫之業大意の聞書まてハ中段傳受之上、尚心掛に因て傳ふ。 八箇の傳ハ極意惣状なれハ業斗長すると云共、其器にあたらす、其意自得の人を待て傳ふ。

古傳長刀之聞書 長刀相傳之次第

長刀相傳之次第
一 表  一 真之手
  右一日ニも相傳

一 中段  左右尾返し
   物見
  右一切相傳

一 開手虎乱にて向時并物見相討
  右一切 智顕を待傳

一 双貫
  右一切

一 八ヶ條  極意
  右一切

 右之通見斗[見計らい]相傳もの也
傳流
和泉日根居住
  亀井輝重
    松本師皆傳之時八十三歳
川尻居住浪人 川尻肥後守家臣之末孫之由
  松本源四郎

 可亭先醒、右松本師より傳来

古傳長刀之聞書 奥書

右古傳長刀之聞書、寛政十二年夏書記終而既一冊と成。先生之奥書も有之と云共参考するに其意其傳之前後なるもあり。 又先生の悟道を以説給ふを其まゝ記たるハ語の解がたくして却て後学之疑惑とならんと思ふも有り。 依之今尚参考して謹而改書而傳来の階級を正す。
 文化七年仲秋 関根剛彦
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