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風傳流の伝書

風傳流仕合之巻
1806.文化三年九月吉日
奥村助十郎嘉會/渡邊京八郎國種−本山新八
1846.弘化三丙午年七月吉日
橋本助六國輝−本山新右衛門
1860.安政七年
橋本助六國輝−本山幸之助

内田清右衛門格中山氏問可否事
1846.弘化三丙午年七月吉日
橋本助六國輝−本山新右衛門
1860.安政七年
橋本助六國輝−本山幸之助

風傳流傳来之巻
1861.文久元年酉十二月吉日
橋本助六國輝−本山幸之助

風傳流由来之巻
1861.文久元年酉十二月吉日
橋本助六國輝−本山幸之助

風傳流位詰目録
1861.文久元年酉十二月吉日
橋本助六國輝−本山幸之助

風傳流秘傳歌目録
1861.文久元年酉十二月吉日
橋本助六國輝−本山幸之助

風傳流免許
1861.文久元年酉十二月吉日
橋本助六國輝−本山幸之助
橋本家は初代を橋本儀右衛門と云い、元は小境儀左衛門の忰にて、正徳3年(1706)11月御用書役に召し出され五人扶持を下される。その後、御屏風方裁許、江戸詰などを経て、享保2年(1717)10月新知七拾石を以て御取立てとなり組外組に御番入し、先祖の由緒によって橋本と改めた。その後は表御土蔵奉行、金銀御貸付奉行などを勤め、組外組に御番入となり享保15年に隠居。
二代目は組外組に御番入するも早世したゝめ、三代目には養子が迎えられた。三代目は五人扶持、御馬廻組となり二拾八俵、次いで四代目郷右衛門(助六國輝の父)も同様に御馬廻組を勤める。
そして五代目橋本助六國輝は、天保4年(1833)1月31才のとき父郷右衛門の隠居により跡式を相続し、やはり二拾八俵を下され御馬廻に御番入する。安政4年(1857)3月55才のとき摂州西宮の御陣屋警固を命じられ同年9月帰国。元治元年(1864)1月62才のとき鎗術出精につき御添米三俵を直し下され三拾一俵となる。その後は慶応元年3月京都への使者、明治1年(1868)10月に御供、明治2年3月東京への使者などを勤め、同年8月67才のとき鎗術稽古相談役となる。

本山家は、先祖の国沢新八が大聖寺藩二代藩主利明に召し抱えられてより歴代の藩公に仕えた。
本山幸之助は嘉永2年(1849)10才のときに跡式(禄三十五俵)を継ぐ。銭手形役所三十人講目付、普請目付、足軽頭、半隊長などを勤め、明治2年(1869)近習となり新八と改める。同年租税承事、明治3年1月司計掛、同年3月司民掛、同年10月民政掛、会計掛、明治4年2月権少属へと進む。 しかし、同年11月20日大聖寺縣が廃され金沢縣に合併されるに際し、農民に貸付していた肥料の債権を金沢縣に引き継ぐべきか否かで問題となったとき、民政掛の職にあった本山新八は債権を自然消滅せしむべしとの説を唱えたが形勢はそれを許さず、ついに農民が一揆を起してしまったことを悔やみ自決した、享年32才。

掲載史料及び参考資料
『風傳流仕合之巻』個人蔵
『内田清右衛門格中山氏問可否事』個人蔵
『風傳流傳来之巻』個人蔵
『風傳流由来之巻』個人蔵
『風傳流位詰目録』個人蔵
『風傳流秘傳歌目録』個人蔵
『風傳流免許』個人蔵
『加賀市史料』加賀市図書館
『三百藩家臣人名事典』家臣人名事典編纂委員会編
『石川縣史 第4編』石川縣
『加能郷土辞彙』日置謙著
『日本武道体系』同朋舎

風傳流仕合之巻

   風傳流仕合之巻

一 夫當流の鎗は初心の時より先我身の格
  に本つき制敵極利是本立道生の謂歟是
  故先初足蹈身の備手の内眼の位鎗構の
  得失こき引の生死留身しめ身上中下段
  の學鋪身等を後に仕合の稽古をするには
  間積り水月殘心閑心先の先後の先待の
  先の位仕掛仕返の所作詰身入相の術を以
  奇正虚實主客形勢變動の機に因て勝こ
  とを制すへし法曰尋有所設剛有所施弱
  有所用強有所加兼此四の者制其
一 稽古の仕合鎗を取て相手向ふ時先敵の
  氣先に心を付へし氣先に心を付さる鎗構
  計心を付る事不可有口傳
一 不有待不有懸相遠近の程に随ふこと第
  一也能々可自得
一 懸中待待中懸の位と云ふこと有是先後先
  となる術也口傳
一 初心の時は稽古の仕合に第一先を取習へ
  しよく先々の位を覚る時は後の先待の先
  をも自得して鎗に勢ひ有もの也是故先則
  制敵有利
一 初心の者依時先の仕懸曽て難成こと有是一
  の狐疑より発り亦其仕懸にて直に勝んと欲
  す故歟是非務狐疑以残心待の位に乗る則
  は如何なる仕掛にて不成と云ことなし能々可心
  得者也猶口傳
一 懸る殘心引に閑心と云こと有喩は掛る時は懸
  計の心に導引時は引計の心に非す然とも猶
  豫狐疑心にてはなし懸時も心は我にあり引
  とも心は我にありて進退は心の用と可知も
  の也重々口傳
一 向敵知虚實偏に待氣にて窺有猶豫
  狐疑ち成て却て敵に我虚實を見知るなり
  初心の者敵の虚實を知んとせは鎗の位に乗
  ると位に乗らぬにて可知
  孫子曰善動敵は形の敵心従予の敵心
  所の以利動の以本待之云々口傳
一 常々稽古の仕合に我より向上時は上手
  と恐れ我より下手なれは下手と侮ること稽古
  失にして大なるあやまり也兼て上手と恐る故
  に必勝の圖もはつし下手と侮る故に不慮の
  負有り不恐大敵不侮小敵能々可慎者也
一 若敵を我より上手と知る者は先を取て可
  仕懸太公曰疾如流矢撃如發機是所以破
  委
一 敵我より下手なれは悔之何の心得なく水月
  の間を深々破時は程近きに依て我鎗の間
  敵人の鎗不圖入事有是故に若敵を手下と
  知も全く是勝んとせは鎗を切捨かけ捨な
  やしすて水月の間を深く不可破右上手
  下手の仕懸は大事の仕合に不恐不侮心得
  なり亦常々稽古の心持は敵虚あり失あらは
  間を盗みいか程も仕込て可勝習
  孫子曰行千里而不勞者行無人之地云々敵
  虚なるもは無人に同し少も猶豫ことなかれ
一 初心の時は第一勝氣と先とて味と此三の
  事を常に少も不忘仕合すること肝要なり
一 留身突身の心持あまた有切留張留押留な
  やし留圓相の留突身には摺突はなし突押突
  撥突しめ突二重突其外留身心持品々あり
  といへとも皆以手足体の三拍子にあり此あま
  たの者を兼て其宜所に随ふて勝を制すへ
  し口傳
一 表裏も又品々あり鎗の表裏色々あり其外
  聲の表裏手の表裏足の表裏身の表裏
  あり是又随其宜所可用もの也口傳
一 鎗の表裏うつりはつれ替と云こと同様にて少
  宛心持違ふ也何れもゆとりを嫌ふ口傳
一 敵の鎗を打にも色々有すりうちなやし打巻
  打押打乗打其外同やうにても少宛心持違
  ふなり敵によりて可用也
一 敵の鎗と組合にも色々あり過去組現在の組
  未来の組對の組押組乗組受組何も所によ
  りて用之者なり
一 鎗の仕懸は千變万化にして兼て難極とい
  へとも先敵中段より上の鎗は裏表より敵の
  鎗を出せ々と仕込間積になりて敵の強弱
  にしたかい強き時はうつりはつし表裏抔を
  以突込弱き時はなやし摺なとにて速に可突
  込若敵の強弱不知備不崩時は強當りつよ
  くなやし又は表裏偽り引なとにして此方よ
  り強弱を付て可勝何も兼て二の目の
  分別能々肝要也
一 敵中段より下りたる鎗には相位のあてかひに
  ても亦は鋪身の位にてしか々と仕掛をひき
  すくい打をこし替り亦は懸合巻捨裏身打
  込抔にて可勝是も二の目勝猶以第一也
  惣て上中下段ともに左右開きたる鎗にて右の
  仕掛の位にして身の心得をして可勝何れ
  も口傳色々あり
一 如右仕込うちに敵の氣先に心を付事肝要
  也或は敵の鋭氣を知り堕氣を知出氣
  引氣留氣空氣を知て其色に随變に應
  する時は可全勝者也
一 間遠き所にても敵に虚有は乗其利可勝況
  鎗組合て敵少も油断有はなやし詰か繰つ
  め或は強く當り乗其費可勝敵若謀て
  利して欺とも二の目さへ能心得時は敵も自負
  に可成虚と見は猶豫狐疑なく蹈込て可勝
一 敵の鎗に當りなやしすりにても亦はうつり
  はつしにても表裏にても突込て引取に又強
  く當り強なやし亦突込亦引とりに鎗のな
  まりなきやうにこき引常々可嗜者也
一 當るにもなやすにも三の堅して真の堅にて曲は
  尺を外さす打殺切殺して無貫やうに常
  々我身の格を可嗜者也

  右此書は當流槍術仕合之巻也初
  学之者以此可為登高之階梯者也

        元祖
          中山源兵衛尉
              吉成


           奥村助十郎

  文化三年九月吉日   嘉會(印)(判)

           渡邊京八郎

             國種(印)(判)



    本山新八殿
         参


           橋本助六

             國輝(印)(判)

  弘化三丙午年七月吉日

    本山新右衛門殿
           参る

           橋本助六

             國輝(印)(判)

  安政七年

  本山幸之助殿
        参る

内田清右衛門格中山氏問可否事

   内田清右衛門格中山氏問可否事

  先こゝもとにて初心の者には第一我
  か身の格を本として敵を制する
  の理を極させ申候風に形なし
  といへるに少相違に聞へ申候得共功
  者の位に能成候内にをのつから
  格を離るゝ道理御座候かと存候ま
  つ初心の内は鎗構の損徳足蹈身
  構手の内目付吟味致し留身抔の曲
  尺を用ひ申所に大き成徳御座候
  間右の通に存候得共それゝゝに随て
  第一格を吟味仕事いかゝ御座候哉

一 稽古に初中後の次第有之様に申
  聞大形それゝゝに心入せんさく仕候そ
  の様子は先初には所作を能して
  謀を功にし中比は鑓の問を勝後
  には心を修して氣の問を勝やう
  にと存候慥に次第を立申にてはなく
  候得共か様に候得させ申候者ては所作
  を捨向上になり心入走り亦は所作
  はかりにかゝり心を修し不申候の
  間如斯に申候鎗の間と氣の間との
  事間申者御座候に付か様に申聞仕
  形を致し見せ申候はいかゝ御座候哉

   鎗の間ははやくあらしなおそくなく
     拍子の間にあると知へし

   氣の間とは鎗の拍子の間ならす
     心拍子の間にあるへし

  鎗の間も氣の間も無拍子の所と存
  候言葉にては無能成申候に付句作り申候

   氣に勝と氣に負との違ひにて
     勝負もをなし違あるべし

 是は我ら覚へ申候

   我を捨敵に勝んとをもひなは
     心定りわさも違はし

   上手とはその理とわさとのかれて
     心正しき人やいふらん

   下手とても心定りするわさの
     違はさりせは勝をうるへく

 か様に申て氣をすゝませ申候氣の進
 ぬ鑓は中々はか取不申様に覚候

   敵人の氣に乗色従はゝ
     なとかは変に虚を守へき

   まつ敵の氣さきへ心つけて後
     鎗の構に心つくへく

   身のかねの位をはよく極へく
     留ぬに留る事そ有ける

   足蹈は居つかす浮す心得に
     居つくはきかす浮は虚に成

   我眼鏡のことく心得に
     敵の変化をおのつから見む

   かけうつる鏡と空の月はまた
     げにへんまんの位成へく

   鏡にも影のうつれる心こそ
     二また川の月にひとしき

 右の三首は目付によりたんれん致し
 心静り敵の変に乗心持にて御座
 候はんや

   所作からは心つかふな心から
     所作をせす是は離へきなり

   掛引やするその所作に離れなは
     をのつからなる残心そかし

   残心の意得あしきものならは
     狐疑とそたゝに成たりける

   二目さへ兼て心得するならは
     初心の者の残心そかし

 残心なけれはあしく残心をいへは初
 心の者には狐疑となり又する業
 のたらぬ事御座候間右のことく
 申候はゝいかゝ御座候哉

   掛る内に待心あり待うちに
     かゝる心のあると知へし

   虚実をはいかゝ知らせん初心には
     位に乗とのらぬにて知れ

   虚実をは只待氣にて窺はゝ
     猶虚と成す負を取へし

   負色の敵を見ても狐疑あらは
     謀をと圖をはつすへし

   二の目さへ心にかけは手段ある
     敵もみつから居負をはせん

   相互位詰にて勝負の
     氣先知らすはまちて先せよ

   大敵もをそれはまして小敵も
     侮らす只虚によりて勝て

   うつりはつれ表裏替と云ときは
     おなしやうにて違あるへし

   鎗にての表裏はおなし其外に
     心や目こえ身にもあり

        元祖
     以上   中山源兵衛尉
              吉成


           橋本助六

             國輝(印)(判)

  弘化三丙午年七月吉日

    本山新右衛門殿
           参る

           橋本助六

             國輝(印)(判)

  安政七年

  本山幸之助殿
        参る

風傳流傳来之巻

風傳流傳来之巻


 風傳流傳来之巻

夫鑓者本朝之兵器而其字
亦我國之所制也嘗中華之
昔義農造干戈軒轅作槍蚩
尤作戈殳戟酋矛夷矛謂之
五兵後世戈戟之制同類而異
形者居多諸葛孔明始以木
作槍以銕為頭其長二丈或以
竹作之其長二丈五尺蓋是與
鑓相似乎本朝之有戈矛既権
輿於神代然則鑓器雖起於
近世其理亙倭唐共以久遠也
就想軍将以是示威破敵士
卒以是先登立功磋夫當両陣相
對主客相待弓銃大過刀劒不及
而計其遠近之間突起奮進者非
鑓而何哉殺活之争忽決于手下
勝敗之勢既着於此時誠是兵
器之最而勇士之技也其法不
可不知焉往歳有竹内藤市郎
則正者善通鑓術以彰其名也
以弥無雙因号則正流而教徒
弟来習者多其尤秀者号京
八郎正家則正喜其抜群委授
秘訣且譲與其姓氏號竹内京
八郎正家其徒益多中山角兵
衛尉家吉師正家以受其教
傳其法其子中山新左衛門尉吉
成其弟中山是斎吉明相共習受
之久志此道既受乃父之所傳
且偏学他流以竭力研精遂窮
諸家之秘蘊弥鍛煉之以加工
夫於是眼之所着手之所応身
之所運足之所動其術之
熟其技之妙譬猶蹈白刃不
懼履薄氷不危也加之雖昇高
不踰階梯之軽捷懸崖可散
両手之奇法皆無不備于方
寸之間然則学之者柔能制剛
弱能制強況剛強者學之則殆
可無敵乎至其極妙則誠難言
也凡風之所起不見其形是我
家之鑓之體也風之所觸皆有
其聲是吾家之鑓之用也古
人用兵其疾如風亦然乎若推
擴言之則貴介公子学之以節
兵庶幾猶君子之風偃小人
之草歟故吉成曾改則正之
流始号風傳流與吉明[共]貽
厥孫謀以授同志者也
無雙天
      竹内藤市郎
          則正

      同 京八郎
          正家

      中山角兵衛
          家吉

      同 源兵衛
          吉成

      奥村助六
          家幾

      同 助之丞
          家房

      生駒図書
          氏以

      飯田喜市郎
          良有

      奥村助左衛門
          嘉包

      橋本助六
          国久

      同 郷右衛門
          郢興


      橋本助六

       國輝(印)(判)

文久元年酉十二月吉日

 本山幸之助殿
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風傳流由来之巻

風傳流由来之巻


 風傳流由来之巻

夫鑓者軍旅之利器武家之
要用而臨戦場為勇士之司
命矣我早歳志此道見數師
尽粉骨研精神而雖得諸
流秘傳皆以可決勝於手下
之理也予於是日夜鍛煉加
工夫以施教成功専以表裏
精粗眼手足躰之動用為肝
要也至其向上極位者本之
於正心誠意而氣息發處
無過不及也奇妙殺活之旨
不識之者豈有勝理契語曰
劒刃上行冰凌上走不渉階
梯懸崖撒手矣且又弱者雖
学兵法向強者於急所難成
事功雖然弱與弱相依則必
学法者得其利強者不識法
則却為弱者被撃者必矣故
雖強者不可不學此法学之則
勇弥壮共強與強相依則其
善得法者必得利乎此書初
不私幸竹内藤市郎則正流寄
志久而不足補之過損之様躰
變易之一流如此自名号風
傳流有我家不盡位至矣
右風次第
君子徳風小人徳草爰以
為我威風に形なし以是
我躰とす風物にふれて
利をなす以是為我用
無雙天
      竹内藤市郎
          則正

      同 京八郎
          正家

      中山角兵衛
          家吉

      同 源兵衛
          吉成

      奥村助六
          家幾

      同 助之丞
          家房

      生駒図書
          氏以

      飯田喜市郎
          良有

      奥村助左衛門
          嘉包

      橋本助六
          国久

      同 郷右衛門
          郢興


      橋本助六

       國輝(印)(判)

文久元年酉十二月吉日

 本山幸之助殿
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風傳流位詰目録

位詰金之巻


    風傳流位詰目録

  風次第

一 上段と上段の時繰詰なやしつめと云事有
  繰詰といふは互にかねに組合たる時
  一足踏込我鎗を半分くりこみ詰る事有又
  なやし詰といふは鎗の穂先あふ時なやし捨
  てさか上段に詰めやう有口傳可聞
一 中段と中段とのときは我鑓をすこし上
  やりになして披き詰といふ事有そのとき
  敵鑓を上へまはさはかまわすして裏より
  巻捨て勝へし又敵の鑓前かとくみ合
  たるとき中さかりなは上よりあたりて身
  をひらき詰へし条々口傳
一 さか下段とさか下段の時は直にわかやりを
  すり入下より勝へし是も上よりまわる
  鑓あらはうらみのかちたるへし若最
  前かゝらん時はしきみのくらいにて直に勝
  利有口傳
一 真下段に敵かまへはしき身の位にてもまたう
  らみの打込にても利ありしなゝゝ口傳有
一 さか上段にて右のかまへの時は我鑓を上段の
  しきみにてかゝるへしうへを越して前へ人は
  くわし身にてかつへし又ときによりてなや
  し詰もよし口傳
一 左構にて土眼のうき身にかゝらは本しき身
  にてとむへしかちみくり詰にてもよし躰によ
  り突てものくへし猶条々口傳有
一 上段と上段にてたかひに入合中にてむすひ
  たるときは下よりこふしをかけて右の足
  をひらきてとむるなり是を結の請留
  といへりまた鑓を捨て裏へ入て詰事有腰
  に心得有雲のみたれのうらと心得へし口傳
一 左右の入かけてき上段にても中段にても組合て
  鑓を入は右よりいるゝやりをはこふしを上のかた
  へひねりて上鑓に直にたすへしひたりよ
  り入はこふしをふせひねりて右の方
  の如くつくへし立所に勝利あり是を
  我家に紅葉重といふ口傳
一 なやし詰に敵はやくつめはくわし身
  にてとむへしさか下段の入あひにても
  よし口傳
一 思無邪といふ鎗是を土眼の押身とも
  いふ一ツあたりて直に力を入かねをは
  つさす押詰て入へし敵のもし此位
  にかゝらはなやしつめの留のことく くはし
  身の披にてとむへし
一 山陰といふ鎗敵の上段にても中段にても
  真の下段にても一ツはね上てうらより
  勝へし時により足をぬく事有若敵
  かやうにならはしき身のさか身の大披らき
  たるへし
一 飛鳥天といふは互に位詰にて勝負
  不知とき跡手をひねりうらより
  位を見てなけ突にする事有口傳
一 無位といふ鑓是も右の飛鳥天の如く
  位しれさるとき手裏釼をうつてその
  間に勝利有品々口傅うちへうのならひ有
一 一文字といふ鑓敵上段にうかゝゝとかまへた
  るとき位を見せすひつさけて少柄
  をのこして直に敵の手もとへ入て詰る
  なりおさゆるかのくかの時口傳有敵かやう
  に入は鑓を捨て詰やう有口傳
一 鎗に生死といふ事有其道具にあた
  りて其利を得るといふとも二の目に
  変化して敵の鎗勝事有かつてかた
  され負てまけされつよくよわくよはく
  つよく千変万化其中勝敗の一事つ
  きまわることく車の輪のことし爰
  をもつて定位なきを我家とす
  可秘々々

  右拾五ヶ条是我家のかねの巻なり
  熟不熟可有嗜莫傳
  無雙天
      竹内藤市郎
          則正

      同 京八郎
          正家

      中山角兵衛
          家吉

      同 源兵衛
          吉成

      奥村助六
          家幾

      同 助之丞
          家房

      生駒図書
          氏以

      飯田喜市郎
          良有

      奥村助左衛門
          嘉包

      橋本助六
          国久

      同 郷右衛門
          郢興


      橋本助六

       國輝(印)(判)

文久元年酉十二月吉日

 本山幸之助殿
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風傳流秘傳歌目録

秘傳歌目録


    風傳流秘傳歌目録

一 右ひたりつくもはらふもうち捨にて
  鑓のこころをすくにこそゆけ
一 しき身とは諸事に渡ると心得よ
  腰のかためにやり先のほと
一 うら身とはしき身の裏の勝み也
  能心得て詰ひらきせよ
一 土眼とは心定て月を見よ
  二また河のふせひなるべし
一 三界もおなしものとはいひなから
  みつの心の引入にあり
一 あけおしとかけて留るを心得よ
  三つのくらゐと是をいふなり
一 雲のみたれつよく當りて直に入
  つめて大事は腰にあるへし
一 横手物かけてたのまゝ引捨て
  敵のかきをわかものになせ
一 惣まくり鑓にひらきて折敷て
  からみてそとむ八つの手毎を

 右唯授一人巻可秘々々

    馬上次第

一 馬上の鑓いろゝゝありといへとも乾
  坤かけはしの三つを我家に秘す
一 馬上にて鎗を持事馬の頭にやり
  をもたせて馬なりに持ことあり
  また鐙のはなに石突をたてゝ持も
  あり真中をかつきたるもあり所に
  よるへし口傳
一 手縄納やう手のうちの十文字
  に鑓を取りそゆるもあり又胸お
  ろしにてかまゆる有しかれとも我
  家には乗敷の手縄を用ひす
  はまかたよりたつなをとり我帯
  に引通して乗敷へし口傳
一 塩手に納る手縄あり右の方の手縄
  をよき頃に四緒手に納左を鑓に持添も
  あり条々可秘可聞口傳
ー鑓の事敵上段ならは坤の位にて
  敵の出す鑓を請留乗違る所にかち
  身あり若又敵下段ならは乾にて切留
  かち身別れにあり鑓構身位条々
  口傳有
一 二騎あひの事敵二人左右より乗掛
  来らは梯のくらゐにて左右を請留
  一方をつくへし鑓の半を横にとるへし
  品々口傳
一 勝身の時鐙のふみやう鞍にすはりや
  うあり馬にのらんより心にのれ心に乗
  らんより鐙にのれといヘり何時もつき
  出す方の鐙をよはく踏へし太刀
  にて切る時も此心得なり又乗下りの
  しやう口傳有
一 歩者を馬上にてつかは輪を掛て上
  より打へし突時は心得あり我歩者
  にてつくならは天の鑓もよし惣して
  天は時によりて用捨あるへし
一 軍の縄まし手繩の次第口傳有

   千金莫傳可秘

  夢想歌

 しゆらはとは誰かいふらん極楽をき
 りにましはり遊ひこそすれ
 依此よし乾坤梯の三位を工夫せし
 む條々可秘々々

 摩利支天
      竹内藤市郎
          則正

      同 京八郎
          正家

      中山角兵衛
          家吉

      同 源兵衛
          吉成

      奥村助六
          家幾

      同 助之丞
          家房

      生駒図書
          氏以

      飯田喜市郎
          良有

      奥村助左衛門
          嘉包

      橋本助六
          国久

      同 郷右衛門
          郢興


      橋本助六

       國輝(印)(判)

文久元年酉十二月吉日

 本山幸之助殿
       参る

風傳流免許

免許


平素貴殿懇望因不
浅家傳長道具一流
不殘令傳授畢自今
以後執心之輩於有
之可被指南者也雖
然非其仁者千金莫
傳奥義妄不可傳之
若違犯此旨令漏解
者當家之守護無雙
天冥罪不可遁之堅
可相守此掟者也仍
免許状如件


      竹内藤市郎
          則正

      同 京八郎
          正家

      中山角兵衛
          家吉

      同 源兵衛
          吉成

      奥村助六
          家幾

      同 助之丞
          家房

      生駒図書
          氏以

      飯田喜市郎
          良有

      奥村助左衛門
          嘉包

      橋本助六
          国久

      同 郷右衛門
          郢興

(印)
右目録九巻手術等無殘
所傳来いたし候御手柄御
一身の御重寳と存候
是より以後勝手次第
指南可被成候其為奥書
起し置候處如件

      橋本助六

       國輝(印)(判)

文久元年酉十二月吉日

 本山幸之助殿
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