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祢津家獫之秘書

獫名所
1726.享保十一丙午稔三月吉日
飯田長左衛門充房−御獫牽才助

獫請取渡之巻
1726.享保十一丙午稔三月吉日
飯田長左衛門充房−御獫牽才助

[唯授一人犬飼伝書]
1726.享保十一丙午稔三月吉日
飯田長左衛門充房−御獫牽才助

祢津家獫之秘書
1781.天明元辛丑稔三月吉日
伊藤傳助是次−伊藤才一郎
「獫」について記されたこれらの伝書は、「獫飼」の秘傳とされるもので祖を祢津美濃守信直と位置付けています。祢津信直は武田家の臣として活躍したことが記録に見られ、佐久郡を領した豪族かと思われますが詳しいことは分っていません。鷹飼についても同様に祖として位置付けられています。
祢津家については『断家譜』にその系を見、信直の次代 美濃守信政が徳川家康公に御目見し一万石を下されたこと、家紋は六連銭、海野氏からの分脉、次代吉直のとき嗣子無く断絶したことなどが確かめられます。
伝書の記述に従えば、祢津信直は松鴎軒または常安と號し、犬飼の伝統を佐久郡の住人 依田十郎左衛門尉守廣に残すところなく伝えました(このとき鷹飼の秘傳も共に相傳したと見られる)。この依田氏は、佐久郡依田城に拠ったことからその苗字とした一族で、武田家の滅亡後は徳川家の臣となりました。そして道統は、依田守廣から依田次郎左衛門尉貞清、依田源五貞廣と子孫に継承され、その間他所へも伝播した様です。(※依田十郎左衛門以前の伝播を見ず、依田家の家傳となって後に伝播したものと考えられます)
こゝに掲載した中の飯田長左衛門充房の三巻は、加賀の地に於いて行われたもので、加賀藩八家の筆頭たる前田土佐守家の臣が所蔵していました。元は本多安房守家の餌指 飯田氏が犬宰に伝授したものだろうかと考えられます。
獫名所』は、はじめ犬の部分名称について触れ、その後天竺より日本へ伝来した三つの犬の経緯について述べます、これは他人より尋ねられた際の答えとして。『獫請取渡之巻』は、その題が示すように犬の請け渡しの作法、その際の応答などについて。『唯授一人犬飼伝書』は、印可の証として伝授されました。 『祢津家獫之秘書』のみは他所に伝承したもので、犬の日本への伝来にはじまり、縄の解釈や杖、犬の膳の組み様、ツボに関する絵図などについて記されています。*『獫名所』の翻刻には一部誤りあり。
「獫」という漢字は現代においてほとんど見る機会はないと思います。この漢字は「犬」と同じく「イヌ」または「ケン」と読み、口の長い犬を指すと云われます。されども伝書中においては、さほど特別な意味を持たせたという風もなく、犬という字と取り立てゝ区別せずに用いられています。しかし表題などに敢えて「獫」の字を用いるのは、「僉」の字義によって犬を特別なものとして位置付けようとする目論見があったのかもしれません。

掲載史料及び参考資料
『獫名所』個人蔵
『獫請取渡之巻』個人蔵
『唯授一人獫飼伝書』個人蔵
『祢津家獫之秘書』個人蔵
『断家譜』続群書類従完成会
『寛政重修諸家譜』続群書類従完成会

獫名所

 獫名所
一、それ犬名所を申に毛いろ毛かすは
数しらすむかうへんしちりやうへん
しちみゝ両かんにくちのうちはしゝゝ
あいいきのはしくちさきのひけは
十二すくとは申せともこれはいちもつ
むまれつきによると申むねえな
あいそうしほり毛かわつきまても
そうい御座らぬ

一、両ゆいてん毛かしら四つのしそく
たにあいのふしあい三つふせとろ
よけくるよけとけよけおさえの
つめにかけつめやり縄引縄まき
をまてもそうい御座らぬ

一、むかうよりそれはたいていのあら
ためそうじて御鷹犬のはしまり
うけ給たく候といふならは
天竺より日本え三つの獫渡る由来并
納り所の事

一、それ獫と申はふどう明王天竺より三つの犬を
つれ日本へわたし給ふ、その時あとより
くれやと申もの三つの犬にまをないて
御座あると申ときに、ふどうはまかた
國のちうとに入三つの犬にゐんかを
ふくめ犬をはまかた國のちうとにかへし
給ふにそののちまをないて御座あれは
ふどうあてのけんにてあくまげとうを
うちはらわせられて御座あれは、まの
ものもかへりて御座あると申、その時
ふとうはころゝゝとよひ出されて御座
あれは、犬もちからをえて御まへに
きたる、それよりふとう三つの犬を
つれてからたせんのはまにつかれ
くわうていのしんかにくわてきさくを
たのませられ、御舟をかり御舟の中に
三つの犬をつなき日本へしまわたりを
なされ、日本にてはさいこくうらにつかせ
られて御座あるが、此所に神も佛も
あるならは此いぬをおさめたきと御意
なされて御座あれとも、神も佛もたゝせ
給ふやしともなけれは、それよりひかしに
わたりとうこくにてはしもつけの國
もくのざいしよにつかせられて御座あれは
そのとき八まんはしらはりしやうそく
めされ、あしげのこまにめされしらふの
たかをすへ給ひ、たかのをなされて
御座あるに、その時ふとうも八まんに
たいめんなさるときに八まんの御意
なさるゝやうは、たゝいましまわたりにて
御座候かとおゝせられけれは、ふとうも
中々しまわたりにて御座候、その時
八まんふとうに御意なさるゝやうは
つれ給ふ三つの犬のうちしよまう
仕たきよしおゝせけれは、やすき
御しよまうなりとて中にもしろの
めいぬを御たかいぬとしんせられて御座
あれは、そのとき八まん三しきの
御礼をめされて御座あると承り候

一、むかうよりわれらふがくには御座候得とも
しもつけの國ぼたんのみやときゝ
つたへて御座候

一、されば尤八まんもふどうもぼたんの
みやに入給ふ八まんは犬にゐんくわを
ふくめらるゝやうなんちをたゝいまがい
してたかのえにかおうするが
なんちが身かわりには地のとりを
かぎいだせと御意なされけれは
犬もいのちこそ御座あれと三つの
うつらをかぎいだしおいたてゝ
御座あれは、八まんの御たかもいちもつ
にて三つのうつらをとりとめて
御座あれは、此うつらのにくをとらせ
られてたかのえかいとなされわた
をは御たかいぬのえかいになされ
犬のいのちをたすけ給ふと承り候
そうして日本六拾六ヶ國より天下へ
御たか犬あがると申せ共、しもつけの
國もゝのざい所にてほたんのみやより
むかしよりとう代まて御たかいぬ
あかると申、そうしてたかのいぬの
はしまりかくのことくそうい御座らぬ

一、むかうよりそれは御鷹犬のおさまり
にてこそ御座あれ、のこり二つの犬の
おさまりところ承りたく候

一、されば中にもくろの犬伊勢天せう
大神へしんせられて御座ある、その時
天せう太神ゆんてめてのあま犬と
つなきおかれて御座ある、それに
よつて神のまへなるあま犬と申事
これよりはしまつて御座あると
うけ給り候

一、むかうよりいま一つのいぬはいつかたに
おさまりて御座候やと

一、されはのこりて一つの犬ははいげにて
御座あるが此犬をは四こくの山に
ひかせられ山の神にしんせられて
御座あれは山の神此犬はこゝろ
たけき犬なりとおほせられて
ひたいにつきしろの犬といふ
もじをそへ四こくの山にはなし
給ふされは此犬にくしきあくしき
をいたし山犬となつて御座あると
申それによつて山犬かりなとゝ
申事それよりはしまつて
御座あるとうけ給り候そうして
三つの獫のはしまりおさまり
此うへ御ふしんはあるまし、尤
此うちにあまたのくてんはあるへし

 以上

享保十一丙午稔
       飯田長左衛門
 三月吉日      充房(印)(判)


      御獫牽
        才助殿
【訳】
獫名所
一、それ犬名所を申すに、毛色 毛数は数知らず、むかうへん、しちりやうへん、しちみゝ、両かんにくちのうちはしヾゝ、あいいきのはし、くちさきのひげは十二宿とは申せども、これは逸物生まれつきによると申し、むねえな、あいそうしぼり毛、かわつきまでも相違御座らぬ

一、両ゆいてん、毛かしら、四つのしそく、たにあいのふしあい、三つふせとろ、よけ、くる、よけ、どけ、よけ、おさゑのつめに、かけつめやり、縄引、縄まきをまても相違御座らぬ

一、むかうよりそれはたいていのあらため、そうじて御鷹犬のはじまり承け給りたく候と云うならば、天竺より日本へ三つの獫渡る由来并びに納り所の事

一、それ獫と申すは不動明王、天竺より三つの犬を連れ日本へ渡し給う、その時あとより呉れやと申す者、三つの犬に魔を哭いて御座あると申すときに、不動はマガダ國の中途に入り、三つの犬に因果を含め、犬をはマガダ國の中途に帰し給うに、そののち魔を哭いて御座あれば、不動あての剣にて悪魔外道を討ち拂わせられて御座あれば、魔の者も帰りて御座あると申す、その時不動はころゝゝと呼び出されて御座あれば、犬も力を得て御前に来る、それより不動三つの犬を連れてからたせんの浜に着かれ、皇帝の臣下にくわてきさくを頼ませられ、御舟を借り御舟の中に三つの犬を繋ぎ日本へ嶋渡りをなされ、日本にては西国浦に着かせられて御座あるが、此所に神も佛もあるならば、此いぬを納めたきと御意なされて御座あれども、神も佛もたゝせ給うやしともなけれは、それより東に渡り東国にては下野の國もゝの在所に着かせられて御座あれば、その時八幡は白張り装束召され、葦毛の駒に召され白斑の鷹を据え給い、鷹野をなされて御座あるに、その時不動も八幡に対面なさるときに八幡の御意なさるゝ様は、只今嶋渡りにて御座候かと仰せられければ、不動も中々嶋渡りにて御座候、その時八幡、不動に御意なさるゝ様は、連れ給う三つの犬のうち、所望仕りたき由仰せければ、やすき御所望なりとて中にも白の女犬を御鷹犬と進ぜられて御座あれば、その時八幡三式の御礼を召されて御座あると承り候

一、むかうより我ら不学には御座候得ども、下野の國ぼたんの宮と聞き伝えて御座候

一、されば尤も八幡も不動もぼたんの宮に入り給う、八幡は犬に因果を含めらるゝ様、汝を只今害して鷹の餌にかおうするが、汝が身代りには地の鳥を嗅ぎ出だせと御意なされければ、犬も命こそ御座あれと、三つの鶉を嗅ぎ出だし追いたてゝ御座あれば、八幡の御鷹も逸物にて三つの鶉を獲りとめて御座あれば、此の鶉の肉をとらせられて、鷹の餌飼いとなされ、腸をば御鷹犬の餌飼になされ、犬の命を助け給うと承り候、そうして日本六拾六ヶ國より天下へ御鷹犬揚がると申せ共、下野の國もゝの在所にて、ほたんの宮より昔より當代まで御鷹犬揚がると申す、そうして鷹野犬の始りかくの如く相違御座らぬ

一、むかうよりそれは御鷹犬の納まりにてこそ御座あれ、残り二つの犬の納まり所承りたく候

一、されば中にも黒の犬、伊勢天照大神へ進ぜられて御座ある、その時天照太神弓手馬手のあま犬と繋ぎ置かれて御座ある、それによって神の前なるあま犬と申す事、これより始って御座あると承け給り候

一、むかうよりいま一つのいぬは、何方に納まりて御座候やと

一、されば残りて一つの犬は、灰毛にて御座あるが、此の犬をば四国の山に牽かせられ、山の神に進ぜられて御座あれば、山の神此の犬は心猛き犬なりと思せられて、額につきしろの犬と云う文字を添え四国の山に離し給う、されば此の犬肉食 悪食を致し、山犬となって御座あると申す、それによって山犬狩りなどと申す事、それより始って御座あると承け給り候、そうして三つの獫の始り納まり、此の上御不審はあるまじ、尤も此のうちに数多の口傳はあるべし

 以上

享保十一丙午稔
       飯田長左衛門
 三月吉日      充房(印)(判)


      御獫牽
        才助殿

獫請取渡之巻

 獫請取渡の巻

一、獫御請取被成ませう渡しまするで御座り
ませう、第一手の向けやう鏡縄の数其外
品々にて上下のこゝろあるやうに承り
候得共、手前さやうの次第も不存不作法
ものに御座りまする、其儀は御免被成御受取
下されませう

一、請取者鏡縄に不審をうたは
かゝみ縄五たはねにする事、是則五常を表也
七たはねにする事、是則七星を表也、九たはね
にする事、是則九星を表也、十二たはねに
する事、是則十二月を表也、又薬師の
十二神を表すと云説も有之と承及申候

一、縄の尺は何と御心得候と請取人問は
縄四丈八尺にする事、地の三十六禽を表也
或は七尋一尺にする事、天の二十八宿を表
すると承候、三尋三尺にする事、弥陀の十八願
を表也

一、請取者方より獫の名を尋は渡す者名何と申
獫にて候といふべし、獫のかつかうを少いふて
やろうと思はゞ犬の名は何犬の相形眼の見
張、此角のかつかう耳腰四足の付やう大かたに
御座りまする、扨は鶉に向ていりふす事
古より申傳る犬にもおとらぬ能犬にて
秘蔵致して御座りまする

一、縄を渡す時上て渡せば請取者方より御慇懃
なる躰却てめいわくに存まする縄すへを
御渡被下ませうと云也

一、請取者鞭は何と御心得被下候と云は渡す者
方より鞭弐尺五寸する事、二十五の菩薩を
表して候、亦節を二十五節こむるときも
同前也、二十五の菩薩を表して二十五ふし
こめて候といふなり

一、惣て請取人の方より不審もうたぬにめたと
さへる事、大きに悪し不審をうたばいふへし

一、請取者方より鞭の由来を問は渡す者方より
鞭と云事、安養の浄土の錫杖也、いかなれば
錫杖を犬の鞭と云備るぞやと申に、むかし
山寺有其山寺の開山をは薬王菩薩の
開山也、然所に此薬王菩薩の浄刹より
天竺へあまくたり給ふ所に其時左の御手に
鷹を居日輪と兄弟山と申也、然るに彼
獫を天竺へ越備るに悪魔に必とらるへし
然間、浄刹にては此杖を以て地神もけん
ろうのためなり、亦法界を此杖にて釋する
時は五百の聲門四千八百九十八疋のひつめ共
此杖にて釋するは彼等をしたかふと承候

一、請取人日本にて犬の始りはと尋ぬるとき
渡す者方より獫書物なと今の世に傳る事
抑我朝にたかを仕ひ犬を牽事、仁徳天皇
の御時八十六年の代をたもたせ給ふ
四十六年にあたりし時、百済國より鷹を
書と相添耳先赤き犬をひかせ渡し奉る
仁徳天皇の御代の後、鷹を仕ひ犬を
牽と云事中比(頃)絶たり、清和天皇の
御時迄唐書ありと云へ共讀ひらく
人なし、其時唐人越前の國敦賀の
津に着、名を好仁米光と云文書を尽
して渡され候、然所に播磨國の住人
源政頼勅使として獫秘傳の文書
取につかわされ極秘傳不残相傳候と承候

一、請取人唐にても獫の由来を御座候哉と
云時犬を牽はじめられし事、摩竭陀
國のせいかい江南國の國司鷹を好ませ
給ふ事有り太歳は壬寅十一月三日申の
時西浄國と云國の國司殿上神達女
たか狩に出つかわせ候事あり、けんせんと
いふ山の麓にて鷹を仕ひ獫を牽初る
なり、其野の名をは大仙道といふ野
にて候とうけ給り候

一、請取人犬に鈴なと掛渡す時、鈴のおこりも
御座候哉と問時渡す者
獫に鈴を掛ると云事、安養の浄刹にて
白鷹遠く行備るにふしやう山には鈴
十萬八千余柄木の名をは沙羅双樹とて
四万五千本生たり、其枝毎に鈴を付給ふ
所に白鷹余所より飛来り、此しやら
そうしゆの枝にのほらんとしける所に鈴
鷹の羽にあたり鳴ければ、何やらんあたる
はと大日如来ありけれはもろゝゝの菩薩
たち出見給へば彼鷹此木の枝にのほり
けるを見つけ給ふ、細々尋んよりは
此鈴をつくへしとて鷹にもさし犬
にもかけ初しと承候

享保十一丙午稔
       飯田長左衛門
 三月吉日      充房(印)(判)


      御獫牽
        才助殿

唯授一人犬飼伝書

清和天皇月宮一條院以
来於天下号獫家は信濃
國小縣住人祢津是也、貞
直云代獫の名誉依及度
々蒙 勅命誉於和朝揚
其名代々子孫傳之然所
形好以誓血承候間、家の
秘事口傳無残所同國佐
久郡芦田住人依田十郎
左衛門尉傳之畢、志深仁
頻就所望は起請文上可
有相傳極秘傳之所は縦
雖為子孫志の感心肝可
為唯受一人千金莫傳

   祢津美濃守信直
   法名常安
  −依田十郎左衛門尉守廣
  −依田次郎左衛門尉貞清
  −依田源五   貞廣
  −宇野七之佑  重
  −黒田甚助   恵次

享保十一丙午稔
       飯田長左衛門
 三月吉日      充房(印)(判)


      御獫牽
        才助殿

祢津家獫之秘書

 祢津家獫之秘書

一、夫たか日本へ渡る時獫も渡る也、一番に渡仁徳天皇
の御代也、たかの名をしゆんわうと云、犬の名をわう
けんと云て白獫耳先赤き女獫なり、縄は九尋
三尺也
一、二番に渡る清和天皇の御代たかの名からまく
と云、獫の名せいけんと云て白犬の男獫なり
縄は六尋弐尺也
一、三番に渡る一條院の御代たかの名からくつわ
と云、獫の名えうけんと云て赤ふちの男犬也
縄は三尋壱尺也

 縄の尺の事

一、一丈八尺は弥陀の十八願を表也
一、二尋八尺は天の二十八宿を表也、但一丈八尺と同尺なり
一、三尋六寸は地の三十六禽を表也
一、二丈八尺は是も天の二十八宿を表也
一、三丈六寸は地の三十六禽を表也
一、三尋の縄三世を表也
一、五尋の縄五躰五常を表也
一、縄九尋又は七尋にもする也、口傳
一、六尋の縄六道六婆羅密を表也、綱白布の時口傳
一、縄色青し、是は常に用る也、但式正に赤白黒の三つ打の
麻糸也、常は三尋三尺の縄にして用也
一、 藤縄にて長さ八寸定寸方也  一、適縄同尺也、・是は放犬ひやく縄の様にする也、常とはなき事也、男犬に用也
一、さはしの事八寸又は二尋、又は六尺五寸にもする也、●・口傳
一、 早走          外に
一、木綱の寸壱尺弐寸、又は犬のたけにも切なり、十
     但是の時用る綱也、口傳
二月を表也、口傳
一、適縄長さ三尋壱尺、又は弐尺にも三尺にもする也 但遣綱の時は前は首●跡は●ひたりと吉也、麻●三つ組なり、猶口傳
  くさり
一、鎖男獫は二尺八寸、女獫は三尺六寸也
一、獫のふちの事二尺五寸は二十五の菩薩を表也
二十五節こむる事もあり同前也
一、獫飼の杖は梅櫻を用、其外も用也、但不要木栗
桑也、常の寸肩切也、式正にはふち也
一、獫薬飼別書にして知る也
一、能犬相形前足少離長くはし打切たることく
ほそく毛あて目ははしさきをまもり
耳ちいさくまぶちたかく目のいろ朱盤に
あふちをおとしたることく筋はり胸廣く
皮うすく首ほとく腰少ほそく食ふとく
なるよし、此相の獫はいちもつ也、條々
秘事也
一、ほだいこえの事
一、つかれにはようつかれの鳥ようかいでたて
一、はん鳥はようはん鳥ようかいでたて
一、ほう鳥はようほう鳥かいでたて
一、鷹飼をよふこえはようはなついたと云
一、獫の膳くみやうは繪にくはしくしるす也
春夏秋冬にかわるへししきしやうに膳を
すえば飯をはしにて三ヶ一残しわきのか
わらけに入残る三ヶ二を獫に飼、三ヶ一残し
たるをうちかはなり共又いらずば其まゝ
なりともおくへし、又わけたる飯をいぬひ
だるくふり見へばそのばにてかふへし、か
わらけのすはふきてもふかでもくるしからす
口傳を聞べし條々秘事也

[折敷図]
 −ひの木のをしき也、但九寸
 −壱尺弐寸也、柳かぬるで也、刀つき也

 春柳
          かわらけにても
冬竹葉 酢七分 かわらけにても   夏檀

 秋柏葉


[犬図]
   −腰を痛に吉廿一
   −やせるに吉十一
   −腹ぐだるに吉廿一
 −狂氣するに吉三十一
   −足を痛に吉五七
 −腹を煩に吉十一
   −足を痛に吉、針一分
 −諸病に吉
   −しやくりに吉十一
   −足を痛に吉七
   −足を痛に吉七
 −鼻ふさがるに吉七
   −すくみたるに吉七
    −物くわぬに吉七
   −すくみたるに吉七
    −すくみたるに吉七
   −物くわぬに吉廿一
 −涙こぼるゝに吉七
   −咽なるに吉五


右獫飼の秘書正祢津松鴎軒常安六代の末裔
今傳之者也、於天下前後不審不可有之唯受
可為一人也

 天明元辛丑稔
        伊藤傳助
   三月吉日   是次(印)(判)

   伊藤才一郎殿
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