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紀州竹林派五巻書

紀州竹林派五巻書:第壱巻
1699.元禄十二乙卯年正月十五日
吉見順正−[久宗千之丞]

紀州竹林派五巻書:第弐巻
1699.元禄十二乙卯年正月十五日
吉見順正−[久宗千之丞]

紀州竹林派五巻書:第三巻
1699.元禄十二乙卯年正月十五日
吉見順正−[久宗千之丞]

紀州竹林派五巻書:第四巻
1699.元禄十二乙卯年正月十五日
吉見順正−[久宗千之丞]

紀州竹林派五巻書:第五巻
1699.元禄十二乙卯年正月十五日
吉見順正−[久宗千之丞]

それぞれの巻末を見るに裁断の形跡が認められ、五巻共に宛名を欠きます。おそらくは子孫の者が手放す際にそうしたのでしょう。巻末の裁断形跡、巻頭の表具裂があるにも関わらず巻軸が無い、紙継の直後に裁断されていることなどの観察から、これらが意図的に行われたことを示しています。
この宛名の無い五巻書が伝授された二年後、吉見順正はさらに『誕生蟇目之作法』と『守札』を伝授します。その片方は宛名が切り取られず残されており「久宗千之丞」の名を確認できます。



これら傳書七巻は、ほか数十巻の伝書と共にやゝ大振りの塗の桐箱に保管されていた事から、宛名を欠く五巻書もまた「久宗千之丞」に傳授された可能性が高いと考えられます。
吉見順正、剃髪以前の名は臺右衛門(前名喜太郎)、実名を経武と云います。父経孝は駿府以来の家臣で先手物頭五百石。 寛永17年(1640)3月15日17歳のとき佐竹源太夫より印可を相傳され、明暦2年(1656)閏4月21日33歳のとき京都三十三間堂大矢数において惣矢数9,769、通矢数6,343で天下一となります。 持弓頭、近習詰、中小姓頭、物頭と累進、元禄のころには千石の身分と成りました。元禄6年(1693)70歳のときに隠居し、隠居料として三百石を下されます。隠居後も老年ながら指南を続けたとみえ、こゝに紹介する五巻書のごとく元禄12年(1699)76歳のときに至っても伝書を伝授しています。宝永3年(1706)2月1日歿、83歳。

久宗千之丞とは何者なのか。これを知る手掛かりとして前記七巻等と共に保管されていた『射手方師弟之起請文前書』があります。これは宝暦13年(1763)8月の日付、久宗千之丞が五巻書を傳授された年から計算すると随分老年ということになりますが、吉見順正のように隠居後も指南した可能性は否定できず、久宗千之丞もしくは後代が弟子取りをした際に使用した起請文だと考えられます。 その起請文の十六名の中に、久宗源次郎・井潤八郎・完倉角弥という珍しい名字をもつ三名がおり、紀州藩の分限帳と照らし合わせると、なるほど久宗・井潤・完倉、三つの名字がたしかに見受けられます。 たとえば享保9年(1724)7月の『職分録』には、完倉四郎左衛門:御勝手 二百俵、完倉善次郎:御小姓、久宗幸之右衛門:表中小姓 拾石 三人扶持、久宗戸右衛門:御代官 百俵、井潤才市:山方元〆 八石、井潤左平次:安藤染右衛門組 四石、井潤佐左衛門:舎人円兵衛組 壱石八斗、井潤才右衛門:御山方役人などゝいった具合に、珍しい名字でありながらぽつぽつと見出すことが出来るのです。 とすれば久宗千之丞は、師範の吉見順正と同じく紀州藩士であったと見て良いのではないでしょうか。

掲載史料及び参考資料
『紀州竹林派五巻書:第壱巻』私蔵文書
『紀州竹林派五巻書:第弐巻』私蔵文書
『紀州竹林派五巻書:第三巻』私蔵文書
『紀州竹林派五巻書:第四巻』私蔵文書
『紀州竹林派五巻書:第五巻』私蔵文書
『誕生蟇目之作法』私蔵文書
『守札』私蔵文書
『射手方師弟之起請文前書』私蔵文書
『和歌山県史』和歌山県史編纂委員会編
『日本武道体系』同朋舎

紀州竹林派五巻書:第壱巻



當願衆生百八煩惱無量之重罪
則時消滅我者是誰未生以前本
來面目一圓之中以大圓覺
佛子々為我伽藍則是壽養
身心安居常在於其中教行
若座臥平等

 日置一流射形
 師弟の起請
 秘記第一巻

三躰父母よりゆつる剛成といへ共
我力にあらす弱成といへ共我耻に
あらす唯強弱を論せす修学
水鉄のことし喩は水々をなか
す鉄たうしのきを削心を知
て強は強弱は弱おのれゝゝ
か分々に骨力をむねとして
嗜量をおもく師の恩ヘを
信して剛を不猜弱を不讒
正直を神として法度に任て
心底に治する者には可相傳
深服の弟子なり共異法に驚
き心深くなくは不可傳仍起
請如件

 一、七道

一、足踏の事
目中用口傳亦は蜘蛛の尺と
云心は蜘の家を造らんとて
追風を請て向の木にも雲に
も目付をして吹付らるゝ儀也
闇夜のかねと云も同口そ傳

二、弓搆の事
目中に用墨指と云心は矢を
はめて弓と矢とこふしと三つの
中程に有ぬしの骨法によりて
弓のたて所口傳有之

三、胴造の事
目中に用日月身と云心は我は
大日如来とおもふヘしいつれ
の所におそるゝ者もなきやう
に心をゆるりと筋骨ものひ
やかにいかにも慮外成躰に
なし馬に乗る真の鞍のうち
のことく身なりをけたかく
ゆくやかにして立ても
居てもおなし心そもとより舩
中うこきはたらく矢くら
にても用そ猶口傳灌頂の
巻に有之

四、引取の事
目中に用口傳烏莵の梯(かけはし)と云
心は烏はからす莵はうさき也
弓拳を烏といひ懸拳を莵
と云ゆへに矢を梯と名付左右
直なるを懸合と云也筈上下
口傳多之

打渡す烏莵の梯すくなれは
 引渡すにはそり橋そよき
弓に二度のそり橋と云直の
そり橋は是也口傳有之

五、打起の事
目中に用弦道と云心は時の
手の内にいつれにても相應の
かけにて弦道を造へし剛の
弓懐懸の弦道と云そまた猿
臂の射とて大事の重有之則
日本記明衡徃来に露是は
弓懐に口傳多之是に付て弓
懐弦道に様々の口傳雖有之態
灌頂の巻残す子細は弓疎
学なれは不成事不成事を
爰に云ては疎弟偽とおもふ故也

六、會の事
一に一文字恵休善力大事口傳
二に十文字此十文字は惣躰に
口傳有之也詰の十文字と云也

七、離の事
目中に用四部の離と云心は四所
に有そ先条の五部の詰を一所
をくさひと心へて四所を石火の
出ることくはなるゝを四部のは
なれそ是は惣分の離そ亦爰
に切拂別券此四つに口傳有之皆
是了簡のはなれそ鸚鵡と云は
懸の離也此鸚鵡に四つの字の
心を付て用事口傳口傳有之此四つに
未来身といふ事有之扨こそ
父母のおさまリ未来身とては
なれまへと離ての後との骨法を
能々心に知る事肝要也口傳也
是七道の七重とて大事の重そ
大形は是を頂上とも心得へし

一、骨相筋道之事
心は七道の五部の詰又は始中
終の骨法射形に延て不縮を
骨相筋道と云也矢束も爰
にて知る事有之口傳

引矢束ひかぬ矢束にたゝ矢束
 三つの矢束をよく口傳せよ
口傳せよ矢束と鞭と力革
 なかきをはつけ短はきれ

一、手裏の事
心は五ヶと云吾加共口傳
一に鵜首浮たる也定恵善三指に
口傳鸚鵡の離に相生口傳
二に鸞中軽し定と神力に
傳言有之

一、剛弱の事付抱惜の事
惣躰に雖用第一先奥儀拳
と脈の間を専に用歌知
推過て下ヘ弱   射の
後ヘ過ても弱る  部に
前ヘ過ても弱る  有之也
上ヘ過ても弱る  能口傳
前條吾加を能々心得て四方へ
弱みなき様に可修学致至ては
呼立にあたるそ懸へ心を不
通離を用そ強搦そ口傳

一、懸合の詰の事
是も矢束に用儀也口傳大事
又くさひと云躰に定是はつ
まるくさひ也離のくさひは
過て四方へ破てちることし矢
束のくさひはよき程にし
まるそ三つのくさひと是也

一、弓威矢のつもりの事
心は弓と矢と相刻相生を
知事也弓と矢と相刻して
不懸合時の目中遠近に
用そ口傳矢しりをかむと云本
説有之灌頂の巻に露秘る事也
疎学の人は聞ても不入
事也修学知也

一、弓脉の事
遠近を知心は長短のいき
見越のかねと云事目中の
大事是も疎弟の人は合点
有かたし修学至ては覚たる也
疎学の人我不修して愚成を
忌て師教を疑事是多し奥
儀に神道を修す神道と云は
日本の初時神の約束也その
支證は神道をうけて行に
地獄のことくにへ上る湯に入ても
亦はほのほの中ヘ入ても不苦
事也祢宜みこの小女其外
愚成る者も受ぬれはおこなふ
を以て知り日神月神ゆ出し
給ふ約束も同し天地草木
有性非性も約束の不違分は
末世まても疑事なけれとも
人間の態々は皆相違して
すたれたるゆへに心の不届人
次第々々に道を遠成て修学
を不遂して至らさる也若
干人か中に一人も稽古修学を
達したる者あらは遠近の
目中も矢早も通矢も遠矢
も心のまゝ成へし漢之漢白
は二百歩の真中川を隔て
双方より矢を離て真中にて
矢先と々々射合て後に漢之か
射たる矢先を漢白くいと
めて其矢にて漢之をころし
あるそ楊由も是におとらす
其外此程の名匠多かりつる
日本には弘法大師奥州ヘ
修行の時つさの国野中
にて虚空よりこへして弘法々々
と呼たりける折節浣在の
離覚とて弓の上手通り合て
射て落す其外六十余州に
上手手きゝ多し是皆五道
を修して修ての事也不可疑
可秘々々

一、竪臥の二儀の事
竪は剛し遊弓に用也臥は
真の弓に叶此二つの心を能々
心得て稽古可仕也紅紫の口
傳有之事也

一、雪の目付と云事も口傳ほん
しやうのやからは羅二に目しゆと
云事有是は蚊の目毛に巣を
懸て世を過る少き虫は此虫
は羅二界の人の身へ放て
みれはあまり大きさに目しい
てみへす蝸角の民は鳳凰に
目しゆと云是も同し心也此心は
けしの粒成共其内に目中を
する心そ口傳也是中は奥儀
そ他流に中拳と是を云歟
猶自師に口傳有之

一、矢束の事
先條に三つの矢束とてしるし
斗也真実は二つならては
なきそ修学の位に知るそ
ひかぬ矢束はなかし骨相筋
道に付そ引矢束は五部の詰
に付そ短そ唯矢束は世間そ
能々可口傳如此注ても自師の
位に稽古の上にて能々究てよし

一、皮肉骨の事
萬事に用事也人の骨と力と
弓と矢皮の人には皮の事肉
の人には肉の事骨には骨の
事也口傳すへし弓位を納る
所も同前就中皮肉骨の九
勘と云事有之重の口傳也

一、始中終法度の事
一に中意趣は七道に在之
二に矢早心は剛を専にす
三に通心は鐡の位
四に遠矢曲也くるみそり橋と
云也口傳有之
五に花形直に美く射る事也
布て初心の部に帰そ能々口傳
世間に弓稽古の人師を頼み
教といへ共此法度を立て傳る
事ハまれなり先世中に的を
射れは手前の花形不叶と
見へたり手前の花形を射と
すれは的に中すとみヘたり當
流には初手の足ふみより始て
目中と教て修て紅葉かさね
にるまて少も中をのそく事
なく稽古して自師賢覚の
位にいたる間的を射る共生物
を射る共其外の目中に應て
こそ中も華形も同しく相調
物なれ弓の情と云は中なり
あたらすは鐡壁を十重通て
も用に不立遠く射遣りても
不入弓の本地と云は中りて矢
早を本とす當世は遊興迄
を稽古し元真実の儀は
うすしさありとてもあひかまへ
てゝゝ法度破て不可相傳也

一、懸合の事
弓を能射る人弓を師と云詞
にて可知是皮離覚か詞也
萬事に用と云へとも弓道に
専一々々


   吉見順正

元禄十二乙卯年
 正月十五日   (印:経武)(判)

[以下切]


 烏

紀州竹林派五巻書:第弐巻


 第二巻

一、萬事に中央と云事可心得
四方を取て中央を加て五形と云
五味と云義也五つのあち也色も五つ
の色を合て黄色也是中央也
矢の五形も同是に大事有之
口傳すへし大事也々々

一、三業三心と云は躬意亦は
前の事そ右の六の理を能々可
修学右の心を思無邪の三字と
名付て諸法に出せり口傳有之

一、両部と云事は日月也日月と
心得ぬれは無果口傳そ爰に
云かたし先両部と二つの岸也
胎金と云心也此二の岸を合
てひとつにすれは人の心に依て
須弥山と如成山には様々の物の
種有善悪の二つ爰にて可
修学是を日本の事に取て
冨士の山と云へり是歌智射の
中に見へたり口傳無果事そ
乾坤の口傳也

一、五上七道は人間の大躰成家に
は柱立て神道には正直也佛道
には五戒慈悲也是を以萬事に
調事也離は會者定離そ

一、十上と云事人間のおもひ出を
究て栄花に募るを云へり是
は弓の十段窮を取て十成共
云ひまねひたり弓の奥儀に
いたるを十成共亦十上共是二つは
一つの言也弓より出たるを云そ
口傳大也

一、十段の位一つもかけて無詮事
なれ共知人少也修学する人希也
此十段と云は奥の十段の口傳そ大也

一、廿五有と云事是は法度手の
中懸稽古の五重十二字の事也
是を段々に能々からして可学事也

一、六道と云て弓にくるしみあり
輪廻の弓とて事行かたし
一に地獄くるし
二に餓鬼とは強骨を弱く
あつかふて力なき故かなしき
を云也
三に畜生矢束を無理にひき
たかり上手の事を疾似せた
かるを云也
四に修羅とは無理につよみ
をあらせてくらいへおそき事を云也
五に人道あまりにゆるゝゝとのひ
かちに斗心得て位へ付さるを云也
六に天道うつくしく射事まてを
ねかふを云也
右の六道に迷ふ病は草菅穀
に勝にて癒すへし

一、冷熱浮中沈片身分無性三
病此十脉を能々可分別凡日の
下に人間の数数十万億那由佗
恒河沙とて無果事なれ共
同し面二つなしされ共せめて
廿五有と今の十段とをかた
とりて能々分別して木火土金
水の五行にすへて酸し甘し
苦し辛し鹹しの味に射
させてこそ其主々の心に合
点して奥儀に至て能射手
なれ弓射の十段も位の
十段も不弁なとをさし口に
覚て射には三病五後とて
何れへも不片付事也
是柳は緑花は紅と片付佛
祖不傳不立文字に片付事也

一、醫師評定の肝要に好物に
やつれ禁物にそたつと云事
一大事口傳也

一、武田小笠原二流とす随分
可修学され共此日置流は射
手の肝要とす家風に不順
事そ左有に依て一切の筋を
不取合儀也

一、真實と云事大事也正法を
そたつる事也正法とは五上也
弓の五味也是を直にそた
てゝ賢学に至れるを実と
云也實とは花の後にみに
成事也

一、楊由か大木の矢と云も懸合
五方にあり

一、左はかり退延の二字は堅臥の
二儀退目指矢込目的に付
左はかりとは剛弱のとまり也

一、中神不修射闇天如飛礫

一、奥儀為透藝老馬以知道

一、骨法不行射疎如騒少風

一、射学達者向大礒似龍乗雲

一、利邪情藝技葉栄繁根浅如樹

一、知恵厚藝枝葉薄根深似
森林

一、疎射談段取耳似秩鼻

一、深信持律弓人日月遊行和
朝如出虎

一、十能七藝人間花弓馬能修
透成實助身命

一、自力射修雨水無道如損穀

一、習射法徳露花有恵似増也

一、無骨弓師似治猿猴疵

一、鍛治教藝如作蜂巣

千兵安求自分射
一將難求一張弓

一、七情之氣大事之口傳
喜  怒  憂  思
心  肝  肺  脾
悲  恐  驚
大腸 腎  膽


   吉見順正

元禄十二乙卯年
 正月十五日   (印:経武)(判)

[以下切]

紀州竹林派五巻書:第三巻


 第三巻
歌知射之事

 一段
能引て引な抱よたもたすと
 離れを弓にしらせぬそよき
矢束程引て味へ心なく
 弦にひかれな臂の力よ
身のたけに餘る矢束も
  たらさるも
 有や無やとあらそひなしそ

一、能引て引なとは過て無理に
引なと云事也抱とは人の物
なとを預りたる様に大事に
かけて能取置たれ共返す時は
やすく返す様にと云也たもつ
とは収て返しかぬるをたも
たすと云也則離を弓にも
骨にも身にも知らせぬと云そ
唯おのつから離れたる吉是
に依て離と云也

二、矢束程引と云事初ての大事也
口傳有之味へと云は弦にひかる
なと云にて知也臂の身力も
懸斗にてなくそひちの力を
添て引と云心也口傳多し
七道の中に大形有之

三、身の長に餘る不足の事
奥儀に知事也先能様に
射ていかほとも矢束をひか
せて矢をそたてゝよし此三首
の理を能々口傳して輙く
奥儀を不可免也

 二段
いかほとも剛を好め押力
 引に心のあると思へよ
打起し引に随ひ心せよ
 弓におさるな思へ剛弱
弦煙龍田之山の紅葉はを
 顔にちらすな息のつまるに
息相はさとりの道の中なれや
 有無の二つは目中にそよる
皮肉骨弓に有なり人にあり
 矢にも有なり能口傳せよ

一、いか程も剛を好と云は大三との
心也弓を引と心得たる斗は悪し
押大目引三分一の事是重の
大事也他流に引分けと云事
を當流に大三とは云儀也口傳
莫太也

二、打起し引に随ひ心せよ弓に
おさるなと云も大三の心亦
剛弱の腕口の心口傳多之能々
教傳へし

三、弦煙とは哥の云かけ也息込
と云事を嫌なれは息のつ
まるを辞故に如此様々に口
傳有之委は灌頂巻に露奥
儀也

四、息相は覚の道とは有無の
二つ也目中によりての事也口
傳有之

五、皮肉骨と云事萬事に用
一つゝゝ口傳すへし口傳より
鍛錬有此五首輙(たやす)く免へ
からす愚成人に傳れは弓に射
轉ふ物也可惜々々雖然惜に
あらす前学を堅固にして
後に可傳と云事也

 三段
口傳せよ押ていたつら引無益
 父母の心を思ひ遣るへし
剛は父懸は母なり矢は子なり
 片思ひして矢はそたつまし
打起し引ぬ矢束を身に知らせ
 胸より左右へ延て離れよ

一、押て徒ら引無益片心なくとは
骨にて引分けよと云事そ
大三を心得て道を能々合点すへ
し骨を引と云事口傳の
中の口傳也

二、剛は父懸は母矢は子と云事也
右の重に同し様なれ共此哥
の心は矢に聲をかけて聲と
心と筋と肉とにて矢を送る
事を知るせり可秘々々

三、打起しひかぬ矢束を身に
知らせ胸より延る心離の前と
思ふへし延てゝゝと思ふ心吉
此三首重の大事そ努々
軽く不可傳我知たる態は
澤山に思ふ物なれは扨こそ
起請を師より書の卒尓に
不傳との事也此流は世に大
切の儀也可秘々

 次段
聲はたゝ弓によりける物なれは
 切聲もよしかけ聲もよし

一、切聲も懸聲もよしとは
延て懸る聲は切聲にして
よし聲は五臓より出る物な
れは若々聲にかけしろい
離にあたりてつかへは懸聲に
すへし懸聲共おくれ息共
云て重々の大事の聲也
他流にヶ様の能事を不知
是は離を生長る儀也弓聲
に様々有之生徳昔弓に
聲と云事はなし有時百々
露懸をつくるとて時の調子
を弓にて取事を政次仕出
してより次第に末世に至て
弓聲にとりて用る事也
則時の調子に懸る子細有
是は重の重也大事と心得て
輙(たやす)く不可免殊更口傳も多
し猶灌頂の巻に露す儀也

 五段
口傳せよ矢束と鞭と力革
 長きはつけ短きは切れ
出る共入共月を思ひなは
 引弦道に迷ふへきなり
押引と續目な見せそ冨士の山
 みねと胸とはひとつ成けり
青かいて秋の木末そ冷しき
 もみちかさねに嵐ふくなり
春替て秋の木末そ冷しき
 紅葉重の嵐吹なり
朝嵐身には入なり松風の
 目には見へねと音は冷し

一、長きをはつけ短は切れとの
大事也是は引矢束の事そ
ぬしの好と所作に随て切ても
續ても能物そ此重は至て
自師の位にて定儀也我と
射覚て究る法也可秘々々

二、出る共入共月をと云心は手の
中を取てより正路にする心也
口傳萬々也此哥の口傳は佛
説にも過たる事也秘して
不注口傳の重也

三、押引と續きめな見せそ
冨士の山の頂と胸と同し
心にと云は中高と云心そいほ
ると云もしほると云も引渡す
そ里橋と云も皆同し心也

四、青かへてとは春夏也春夏は
萬木色々に花咲うつくし
けれ共秋の末には皆散果て
下には嵐にふけてすさまし
けれ共下には紅葉かさなりて
あれはうつくしき事をし
つくして枯たる木のことく
なる心也萬事の態に此心有
書筆の道にも大唐の即之王
義之日本にては高野山の
弘法大師佐理行成ク道風
なとの筆道の秘書にも此紅
葉重の心を弓道を取て書
れたれ爰に秘建の文有之
態不注也

五、朝嵐松風能々注に及す風躰
の心也不云といへ共此説一段深
ししんゝゝとしたる躰とさつゝゝと
したる躰との心有無の二つ也
口傳の様大事也餘々秘事
たる故に異名を付て云也
何の儀も名を替て秘事
して云事多之皆以て方便
の異名とて不驚心肝要也

一、入はうすくれないに生れ来て
   千入になれはむらさきの色
一、朝夕に柴の庵に立露を
   いつ紫の雲と詠めん

此二首能々可聞稽古の心に
第一用儀也亦佛法の心にも
様々喩多之と見へたり道に
入たる歌也能々知たる人に聞は
道に近きそ

帆を掛て急く舩にはあらす共
 水行鳥の心知るへし

一、大事口傳可秘々々


   吉見順正

元禄十二乙卯年
 正月十五日   (印:経武)(判)

[以下切]

紀州竹林派五巻書:第四巻


一、剛父/懸母 父母大三の事

心は引に押と引と両方の氣味
そ押大目引を三分一との事そ是
種々口傳有之亦此次第に五部
の詰と云は五所の骨相肉身に口
傳亦此次に父母の納りと云も
同事なれ共少心か替そ則比
人双の心そ此比人双に色々口傳
有そ父母大三より始て五部の
詰父母の納り比人双此四つの心
を能々修学してこそ矢束は見へ
たれ爰に矢束の口傳奥儀に露す

一、會の事
右に一文字十文字と云て註し
たる斗也
三に弦搦口傳弦道のなふ
四に淺深口傳人に依て時々矢数
に用儀也
五に弦斗遠矢之口傳也
 次に腕力の事
一に一騎當千口傳
二に大將に口傳
三に剛無理口傳

一、離の事
右に切拂別券と云て四つの離を
註したる斗也切とはきる離也
中り物の心に用儀也拂とははらふ
離也遠矢に用也別とは指矢の
心に用也券とは強射通の心に
用儀也唯常の離は切も拂も
別も券にも不射して四つの離を
和合して離たる吉離也
云は懸の離也此に四つの字
の心を付て用事種々様々口
傳有之此次に末来身と云事
有之扨こそ父母の納り末来身
とて色々様々口傳多之

一、嫌好の事
心は惣躰に雖美弱けれは嫌ふ
雖賤剛けれは好雖剛不延緩む
を嫌雖細不緩延を好也右醫
師評定牛角之療に露口
傳萬々也

一 手裏の事
右に二つの手の内を註したる斗也
三に三毒剛上下開閉に口傳也三毒と
とは貪欲愚癡の事そ
口傳にて知事也
四に骨法陸也ゥ方に渡る口傳
五に呼立り弓の起請と是を云
老て二度乳子に成と云事是
より始る矢の諸病此二つにて
治る其外奥儀に露也右重々々
牛角の相應とて皆療治之
部也深重に可口傳

一 弦収矢の別の事
先條に呼立と云手の中弦道弓
之剛弱所にの離にて
何心もなく初心に離たるか
弦の収りにて有そ是に口傳
様々多し一大事と可秘々々矢
の別と云事有弦の収る時別に
矢に隋て遅速有能々口傳有之
此矢の別に拍子と云事口傳息
相の拍子とも云弥々口傳是修学
に知

一、弱弓に  重矢
二、少弓に  大弦
三、餘力に  細矢
此三ヶ條を難註能々可口傳

一、檜垣十文字の事
目中用心は立たる物には檜
垣に弓を押當よ亦横成物に
は十文字に弓を押當て吉
猶以口傳

一、三擧と云事
目中の重の重也寝々小法
師と云人は乳子の守りする
者子をねさする心を喩也秘
して可口傳様々品多し大事
の口傳と可秘々々

一、意念の事
防風鴈金骨相合口傳氣を
付て可見送口傳
眼情目は五藏より生たる故
高越敵相に口傳

一、聲位の事歌知射に露灌頂
の巻に露付時々調子の事

一、絹綾錦三段の事

一、經の段の事
心は萬事の竪貫事也取分絹布に相應
の竪貫にて弓の事に經の段
と露し喩事多之

一、十二字五位之事
一、父/母 ひしけれは子の成人急也
二、君/臣 直なれは國豊なり
三、師/弟 相生すれはゥ学長高
四、鐡/石 相剋して火の出る事急也
五、老木/晴嵐 紅葉散満て冷し

一、五部の詰の事付十重の詰口傳
陰詰
胸 肩詰/肩詰 三の矢束爰に有口傳
陽詰

一、四部の離と云も右の詰に真中を
水の心に持て五臓五躰の情を胸
に納て其色を合て見れは紫也此
紫の胸の中へ大石を打込ことく
離の心を付て双四つの搦たる物か
一度にさつと切れて離心そ是を
紫部の離とは至ての心也此心覚
ぬれは弓道心のまゝに叶也爰に
歌有態不露也

一、牛角の療と云事
牛は角に勝たる物なし然共五躰
弱けれは見事成角は不入物也
弓の療に射形も美く見所は
能様なれ共牛角の療部を不
弁射る事を嫌也喩は牛の戦に
角は見事なれ共其牛弱けれは
負る角は弱けれ共其牛剛けれは
勝也爰を以て牛角の療とは
云也牛馬人間皆薬を用て
病を治するは醫者の骨也牛
馬人間大成五躰に薬種壱朱
一毛の軽き重きを以て加減
して如治七道より始るゥ勘を
揃て弓の真行草を仕立る事
皆以薬種のことく薬傳の法は
天笠より弓の療より始る也其
後薬師佛出生給て薬と
云事は出来たれ其先は弓療
の人の名を奇妙と云つる薬
師佛出来より薬を以て病を
癒す人の醫師と云事も始る也
弓の師は奇妙薬師は醫者也
日本に弓師を奇妙の沙汰を
醫師評定と註たれ奇妙と
醫者は其位高き事難註
是に依て奇妙の人は我身を大日
覺王と崇と也亦藥師の人は
我身を薬師如来と崇と也次に
村上天皇の御代に吉備の大臣
帰朝して弓に八掛と云事を註
したれ共餘々言多けれは當流に
は除也他流には定て可用哉返々
弓の療は病人の薬種と心得て
可教傳事肝要也信すへしゝゝ

一、五緩と云事有之
第一矢束の出るを緩見と云去
とも是は餘り不嫌也
一に推手の腕口にて緩むを剛
の緩と云事也
二に懸の肱にて緩むをくわん
と云也
三に推手の肩にて緩むを左
肩のくわんと云也
四に會の肩にて緩むを右
肩のくわんと云也
五に胸にて緩むを胸のくわん
と云也
右五緩と云て骨の緩み也
第一悪事此緩は五部の
詰にて治する儀也能々可口
傳也

一、五輪碎の事
一に土躰黄色中四角心は足踏
を踏てより大地のことくに
心得てゆるかすと云心也中四
角とは弓構胴造をひつ
みなき様に真四角にと云
儀也
二に水躰黒色北圓形心は右
の心を覚てより水の躰に
成て弓の中へ真丸に張
込て物の露の澪なとの落
ることく離る心持也
三に木躰青色東段團に可作哉
心は右の心を覚てより春に
至て萬木成懸成弓成懸成の成を形に可作哉
面持其外花形を直す儀也
四に火躰赤色南三角是も
右の美しき事を覚てより
離の味を弦煙の出て火の
出ることく剛味成離を用也
五に金躰白色西半月此心は
右の剛味を皆覚して如何
にも軽き離の味也いかにもゝゝ
鍛々たる強きはかねを
折様子冷てはぜて堅く強く
離る味也是は至て紅葉重
の位也
右五輪と云て大事の口傳
第一教る心持に用儀也

一、弓之文紋に可作哉之事先條に絹
綾錦又經の段と註したる
と同し心て別也心は五躰の
筋骨の十横むくうに入違ひ
たるを我と自師に習て弱
所へ引張也

一、弓に冷熱平三張の弓皮骨
肉の九勘に合て加減して
賢覺に納むへし口傳有之
心は風は競て長閑に成也裏
表を知事肝心也

一、十八界之事七道諸勘悉
く習覚して一尺八寸に
約る小間に用口傳也

一、剛々正直一大事口傳也千
萬の其断は剛弱に直に
射させんためと思よ

一、當流奥儀究
六四積一町三尺十段百手


   吉見順正

元禄十二乙卯年
 正月十五日   (印:経武)(判)

[以下切]

紀州竹林派五巻書:第五巻


 第五巻
倩弓の由来を尋に天地
開始り日月出生し給ひて
より月は水神の精也又日は
火神の精なり此二神自然と
和合して星は生せり依之
明生と云也是に様々内傳の
子細有此三光露てより色々
様々の事出来て草木生
すれは魔王天より下て皆
取ひしき土わき水たうして
泥界と成て萬物そたつ事
なし其時帝釈天より下給て
しゆみ(須弥)のいたゝきにて御覧する
に日月和合して星のことく光
ありて長なる物生れたり
帝釈御覧すれは一方は烏
の口一方は莵の頭のことく
なるにつる(弦)をはへてみへたり
帝釈に向てそゝろに聲して
物をそ云たりける我は弓
と云物そ星の精にて有そ
世をまもり生類をたすけん
ために弓と云物に形を變
して出生したるそ我をよく
信して崇めたまへよ世界
の守と成へしとそ云たりける
奇特に思召て枯たりけるあしの
有間其あしにてはへたる弦を
おさへて相構々々世間の守と
なれ可崇々々との給て弦
を少打ちたまへはあしは弦に
はねられて帝釈の御座は
ほんてん(梵天)へあかりてあしの末
の方に生物の形出来て是も
物をそ云たりける我は星
の精也天火と云物なるか世
界を守らんとて形を變して
箆といふ物に生れかわりたり
弓の部類也能々崇給へとそ
云たりける此矢の物云たるか
しら虫の形にて有間矢の頭
を筈けらとくひと名付たり此理は
三光の恩徳と云書物に明に
しるせり一見の人は弥々信心
可深其後帝釈大通智勝
佛の御許に行て御尋有
けれは佛弓と云は是やうの
物とてはつし弓の少きを取
出してみせ給へるを能々御覧
しけれは人と云字にて成たり
けりそれをはりて御覧すれは
半月の形也何も此弓に本説
数多有奥儀たる故に態不注
國受の受戒とて弓の灌頂是也
内傳也其時帝釈に佛より
粮物を進給とて箸にて弓
箆のまねひをしたまふより
一手矢とは学たり是によりて
あれも真の弓に一手矢有也
又有時帝釈猿と菟と鹿と
三疋置て臂につるをかけて
矢をはなしたるを御覧して
弥々弓の儀顕然也是より猿臂
の射と云言は出来る也此三つの
けた物の位に則たる事も三光
恩徳と云書物に猶々顕然也其後
帝釈の目前に烏飛来て桑
の弓蓬の箭治世永豊と鳴也
帝釈聞給て弥々弓を用給ふ
其後修羅と戦出来て悉く
弓にて敵をほろほし給ひて
世界は出来たり此時よりからす
を御さきと名付て神道を日本へ
わたし給ふ時先烏を先へそ渡
したまふ其より烏を日神の位
に則給ふ故に弓本を烏菟の
名也日本記に一張の弓と云
儀を秘して造る神道先條に
大形注なり意趣は聖徳太子と
達磨と本は中天竺の人なるか
漢白と覚賢か弓説を聞て
さらは日本へ禅学を渡すへし
然は日本へ生れ替り互に佛法
のふさとならんと約束仕給て
有か何と相違たるやらん尊者は
廿五年先に大和国片岡谷と云
所に賤の子に御生れ有て聖徳
太子を待給ふ間馬に成て人に
つかわれ給て聖徳太子生れ給て
より互に知る事有て其時の
歌も日本の記共に顕然たり
ことこまかに爰に注さす文は
千返巻の弓に内傳有之灌頂也
日本に千返数珠とて念佛者の
用事有之是も弓をまねひて
念佛の行者仕学たり萬法皆
弓より起也人間萬事一心に
収ることく中にて究そ可修
学々々天竺震壇日本に至る迄
萬事に弓用事内傳外傳の
法也先人間出生の時誕生の弓
とて蟇目を射る神楽の弓とて
行有佛神のせんさ又は祈祷の
始何も弓を除事はなし又五穀の
守にかゞしの弓とて是に萬々
の法有態と不註人の死て後梓の
弓と云て霊の弓に乗て云事も
是神道也是を人間は見なから
知なから疎に行事は木石より
愚なりと云へり又註釈迦如来は
五歳の御年より弓を射給て
弓の徳に依て天より告有て覚
發て佛王と成給意趣は悉ゞゝく
太子五ツの御年南殿の御遊して
諸侯の衆の給ふは吾此界へ
出生しける時虚空に物の鳴
けるは如何ととはせ給ふに官人
返答申けるはそは御誕生の蟇目
の音にやと申けれは太子弓道
の者を召て弓の来由を尋た
まふに日月の来由陰陽の二神
弓一物の位天地の相應鳥類の
双羽有性非性の根元悉の道は
弓より起と言上申せは太子
聞召分て弓道を修学仕給て
て弓力達て後にはくろかねにて
弓にすちかねを通して用給ふ也
秋の半月にゑいして遊ひた
もふに虚空より御前の庭中へ
光物落てしばし在之不思議に
思召天に仰見給へは月の中に
妙の躰有て空より聲有て我は
則光物の躰そ能々覚れと聞
けれは太子彼ひかり物を心中に
うつし覚給て後にしるして
御覧すれは文字にてそ有ける
二字の灌頂是也太子此二字を
覚給てより佛道起て十九の
御年王位を下り妻子を捨た
まひて修学上て末世に至て
佛のはさとは成給へる也是
弓の徳より起たる也此二字の
灌頂と弓の安心をうけぬれは
諸佛も終て唯心の究也一心と
云は中の事也灌頂受戒の人は
一行の究りなくは不可傳者也

一 一張の弓の事天地和合


 三十六禽
東 魚鮫龍貉兔狐虎豹狸
西 豺狼狗雉鶏烏
南 鴈鷹羊馬鹿蛆蝉
北 龜蟹鼡燕猪牛

 二十八宿
室壁奎婁胃昴畢
觜参井鬼柳星張
翼軫角亢軫房心
尾箕斗牛女虚危

  下上
一、日月明星
  下上
一、父母一心
一、仁義禮智信
一、木火土金水
一、地水火風空
一、眠耳鼻舌身意
一、同六道
右大形註何にても一行全天地の
水火を取て染にも藤にも可用
藤の貴様は我か心次第國の務
将軍なとの弓には弥々口傳有之

一、本来弓に無聲時の調子を取て
弓にうつし付る也先條に露也
 附時の調子の事
 丑未辰戌一の申酉子
  平調なれは亥子は盤渉
 巳牛より黄鐘調を聞くなれは
  双の調子は寅卯なりけり

一、学三位の事
 受
 知
 修学
 自師
 賢覺
右八字の灌頂の奥儀也此位を
賢覚に到れるをは奇妙と云也
我も不知人も不知言にも宣へか
たし賢覚に有之

一、三つの矢介チヤツコチヤクカイ巳己巳巳
的を人たすきにかけて見る時は
 あたらすとてもはつれさりけり

 三業
 雨露利

勝穀

一、三心相引口傳題字
弦を引は弓手弓を引は妻手
何れも入合て陰陽和合す
骨を引傳也弓は弦弦は弓の事

 灌頂
二字
五字
五大明王
八神

 金剛垣
天綱  地結

不動
文殊
地蔵
藥師
勢至

虚空蔵
大日
阿弥陀
觀音
弥勒
普賢
釋迦

十三佛位
一心
八神位


吾伊賀國 安松左近丞与
    仍印可如件
   日置弥左衛門範次在判
 應永廿五戊戌年三月五日
 右写
     弓削弥六
    仍印可如件
   安松新次郎吉次在判
 永正二年正月廿日
 吾写
     石塔竹林坊
    仍印可如件
   弓削甚左衛門次在判
 天文廿年八月十六日
 右写
     喜多村弥蔵
    仍印可如件
   石塔竹林坊如成在判
 文禄二年六月九日
 吾写
     野村喜右衛門
    仍印可如件
   喜多村後竹林
 慶長六年十一月十五日
 右写
     佐竹源太夫
    仍印可如件
   野村作右衛門在判
 寛永六年八月十五日
 吾写
     吉見喜太郎
    仍印可如件
   佐竹源太夫在判
 寛永拾七年三月十五日
 [以下切]
 
 
  烏
  繁
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