(c) 2014-2017 武術史料拾遺 All rights reserved.

寳蔵院流の伝書

寳蔵院流兵法歌
小幡源左衛門房英−梨羽佐太郎

寳蔵院流兵法歌は、慶長11年2月 寳蔵院胤栄八十余のとき作りたる歌と云う。また序に曰く「此の三拾首は御執心の方々朝夕御覧候て御合点のため作り申す也 」と。後世に至りて長州藩の槍術寳蔵院流師範 小幡源左衛門房英これを傳授す。塩谷源左衛門房貫は房英の父なり。梨羽佐太郎 同藩寄組か。
掲載史料及び参考資料
『寳蔵院流兵法歌』個人蔵
『山口縣剣道史』財団法人山口県道連盟
『萩藩分限帳』萩郷士文化研究会

寳蔵院流兵法歌

  序

夫兵法と申事は神代より
始り世間に廣まるといへとも
十文字の儀は私十六歳より八拾
余にいたるまて工夫を以究
申なり諸流同しといへとも
十文字の心持は柳の枝に
雪折はなしと古人よみ置ける
心もちにて遣へし偖又
此三拾首は御執心の旁朝夕
御覧候而御合点のため作り申也

  兵法歌

兵法は常に遣て工夫せよ
 ならはぬ事を我とこそしれ

露ほともうかめ心をはらひ捨
 へたにもならへ兵法の事

兵法を残らす習ひおほゆとも
 心よわくはいらぬものかな

我前にほむる誠と思ふなよ
 隠のほめこそ定なりけり

我か藝をわれと慢する事なかれ
 人のゆるすそ上手なりけり

まんすれは諸神諸佛も悪とあり
 身はひけをして心懸へし

兵法はちやうし心を常にもて
 ちやうししらすは遣ひそこなふ

ふきやうと人はいふとも稽古せよ
 きやう計はいかて有へき

極意をは問しことくに習ふとも
 生れ付たるきやうたかわん

ふきやうも稽古をとけてするならは
 きやうの人をなしてゆかまし

其人の弟子といふたる計にて
 ならわぬことをいふそおかしき

諸道具をいらさるものといふ人は
 いちこの内そ人足をする

兵法は入身目付をせんにして
 心をもつて敵をつくへし

きめいにもならわぬ事をすへからす
 押てするこそ道のはかなれ

諸道具に目付手心あれはこそ
 いちこのうちの身の守りなり

流しになりかヽりこそかわるとも
 極意の道は同しみなもと

いかに初しんのものとおもふとも
 位のほとはしる人そしる

人をたく五色とたにも見るならは
 十二てうしの心をそしる

目付よしと褒は入身を思ひやれ
 かたちくなれはよしといわれす

見所のなきは兵法上手なり
 これは六こんそろふゆへなり

下手の目にあらき兵法よきとみる
 されは大事は見しらさりけり

兵法を習ひおほゆと思ふとも
 こヽろかけすはみかヽさるなり

師匠にも問すはいかておしゆへき
 こヽろを尽しねんころにとへ

工夫とは習ひの上のくふうなり
 神心の身には何を工夫そ

ふきやうをひけしてとまり物ならは
 流世の中に下手はあらしな

式嶋の道遠くして日は暮ぬ
 すきにし程の行すえも哉

かほとよくまさり心のある人は
 藝にかきりてよきものとしれ

取手をは心をしつめたはかりて
 みつ車にてちやうと取へし

十文字遣ひきわめておほゆれは
 諸道具まても同し手心

讀置し此歌心たくしきは
 みつの極意のきわまるかゆへ

右歌者私工夫之上以書附申候
御執心之旁江者御相傳可申者也
慶長拾一 二月吉日 南都鎌 寳蔵院法印

右三拾首雖為秘事依
御執心令傳授畢全以
他見有間敷者也

 塩谷源左衛門房貫
 小幡源左衛門房英


梨羽佐太郎殿
【訳】
 序
それ兵法と申す事は神代より始り世間に廣まるといえども、十文字の儀は私十六歳より八拾余にいたるまで工夫を以て究め申すなり
諸流同じといえども十文字の心持は柳の枝に雪折はなしと古人詠み置きける心持ちにて遣うべし
さてまた此の三拾首は御執心の方々朝夕御覧候て御合点のため作り申す也

 兵法歌
兵法は常に遣て工夫せよ 習わぬ事を我とこそ知れ
露ほども浮かめ心を拂い捨て 下手にも習え兵法の事
兵法を残らず習い覚ゆとも 心弱くはいらぬものかな
我が前に褒むる誠と思うなよ 隠の褒めこそ定なりけり
我か藝を我と慢する事なかれ 人のゆるすぞ上手なりけり
慢すれば諸神諸佛も悪とあり 身は卑下をして心懸くべし
兵法は調子心を常にもて 調子知らずば遣い損なう
不器用と人は言うとも稽古せよ 今日ばかりはいかで有るべき
極意をば問いし如くに習うとも 生れ付きたる今日違わん
不器用も稽古を遂げてするならば 今日の人をおしてゆかまし
その人の弟子と言うたるばかりにて 習わぬことを言うぞおかしき
諸道具をいらざるものという人は 一期の内ぞ人足をする
兵法は入身目付を先にして 心を以て敵をつくべし
きめいにも習わぬ事をすべからず 押てするこそ道のはかなれ
諸道具に目付手心あればこそ 一期のうちの身の守りなり
流れしになりかかりこそ変るとも 極意の道は同じ源
いかに初心の者と思うとも 位の程は知る人ぞ知る
人をただ五色とだにも見るならば 十二調子の心をぞ知る
目付よしと褒めは入身を思いやれ かたちくなればよしと言われず
見所のなきは兵法上手なり これは六根揃うゆえなり
下手の目に荒き兵法よきと見る されば大事は見知らざりけり
兵法を習い覚ゆと思うとも 心懸けずば磨かざるなり
師匠にも問わずばいかで教ゆべき 心を尽し懇ろに問え
工夫とは習いの上の工夫なり 神心の身には何を工夫ぞ
不器用を卑下して止まる物ならば 流世の中に下手はあらじな
式嶋の道遠くして日は暮れぬ 過ぎにし程の行末も哉
かほどよく勝り心のある人は 藝に限りてよきものと知れ
取手をば心を静めたばかりて みつ車にてちょうと取るべし
十文字遣い極めて覚ゆれば 諸道具までも同じ手心
讀み置きし此の歌心托しきは 密の極意の極まるがゆえ

右歌は私工夫の上書附を以て申し候、御執心の方々へは御相傳申すべきもの也
慶長拾一 二月吉日 南都鎌 寳蔵院法印

右三拾首秘事たると雖も御執心に依て傳授せしめ畢ぬ、全く以て他見有間敷きもの也
TOP