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不傳流兵法の伝書

不傳流兵法無言書
1731.享保十六亥彌生
一川傳外正章−高橋又次

不傳流兵法大目録
1716.享保元丙申年十一月吉日
安間鏡傳速晴−吉岡平右衛門

一川正章は伊藤不傳次治の弟子にして、松平不昧公の師一川正鄰の祖父にあたる。
掲載史料及び参考資料
『不傳流兵法無言書』個人蔵
『不傳流兵法大目録』個人蔵
『増補大改訂 武藝流派大事典』綿谷雪/山田忠史編

不傳流兵法無言書


 (印)
 不傳流兵法無言書

有にあらす又無にあらす無一剣
 それこそそれよもとの我なれ

無二剣は前後左右を遠近に
其間其身に勝をいふなり

無上剣堂に具足を着こみにて
ひかりをうつす冑なりけり

截左右剣足はしなゐの翫ひ
一の太刀に至らせんため

間積はあたれは中る物そかし
敵よりしらする間積の剣

相心こゝろの糸をうちかけて
きらすつゝかすゆるましそしれ

目つけとて敵には更になき物を
我身のまとに引請てみよ

水月はいつれの道にかきりなし
 峯より谷にすゝむ猿猴

戸入には左右の敵をはからひて
 足のはこひに鎧ものゝく

馬上にて槍は上段打てとれ
 左右からみの手綱なりけり

脇差は腰よりうつす忍ひ切
 さては抜打突身也けり

思無邪剣無念夢想に有無の剣
 雲はく母にて月は見えけり

小車の敵の弓手へまはりけり
 これそ多勢を斬はらふ剣

右十三箇條

胸を取柄にすかりて来る者は
 天地引うけあたり第一

下緒とて飾に付る物ならし
 用は色ゝ時によりけり

両脇は右を一足ふみ出し
 先に近付目つけ後の敵

三拍子四方一尺一身にて
 はやらす早足突身也けり

武士の枕刀は左右にて
 柄は袖下拳かゝりに

追討は跡より打はあやうけれ
 弓手か妻手へ行こしてうて

細道に前後の敵に逢ときは
 さきは先なり跡は跡なり

敷居こし居腰の勝に突身也
 二の身は居しき打としるへし

立並ひ前後左右に偃なくは
 一の太刀にしくことはなし

行違ひ打は横一太刀○に
 二の身は前後しらつ也けり

二刀には敵の弓手は太刀打に
 妻手の拳は心のつけかな

半月の其月影に住居して
 あるやなしやと人はみるらん

捕者は下緒からみの十文字
 さては一刀柄うちそかし

捕籠る左右の敵のしれさるは
 かすみをかけて分入てみよ

搦縄男女出家にかはれとも
 秘する大事は小手にこそあれ

くさりきり上はしけみてうたれすは
 居しきてはらへ野への草露

具足截下より上へうちかふと
 すきまをかけて突身也けり

やみの夜に誰ともしらぬ人あらは
 手具足もちて誰そとこたへよ

馬上にて太刀は手綱にありとしれ
 馬上の勝は猿猴の勝

槍入ははさきを先の手の内に
 水にうかへる丸木也けり

腰當はいつも刀の下緒かな
 道具なしとは是をいふなり

組討は身をおしさけて忍ひ太刀
 くさ摺り掛けて露を拂はん

しのひの緒尺は六尺弐寸にて
 つけてまはしてはちまきにせよ

比試には六歩の勝に四歩うたせ
 敵あひほかへ心ゆるすな

一方剣むかふも左右も味方也
 是は座敷の惣まくり截

右外之物二十五箇條

一に天二に一心に三にこれ
 身を修めなは運に任せよ

ゆかしこしたゝし走らし止らし
 いつくも我か住家ならねは

勝も又負るも我かこゝろなり
 心の外に敵のかたなし

兵法の所作にはなれし身となれは
 はなれし所作に入にけるかな

ぬけて勝ぬかすして勝ものなれは
 さのみ心ははやらさるけり

刀をはいつも抜身の構にて
 うたぬさきにそ勝は有ける

身を捨て心は秋の月なれや
 すつる身こそは捨ぬ也けり

時ならす何なと人のいふ時は
 何そと聞て静りてゆけ

何事も主にならされ太刀風に
 敵の波立ものとしりせは

中ゝに持たる太刀のなかりせは
 とかくの事はおもはさらまし

出るとも入とも月をおもはねと
 こゝろにかゝるやまのくもなし

勘忍の一の太刀は夢中にも
 二六時中につかひもやせむ

安楽の身となりぬるも是は此
 一方思無邪小車の剣

敵味方心も太刀もなきものを
 是はといはん寒の葉もなし

 以上

(印)
右五十二首者表五十
二位者也以此心受自
已則萬物歸一而無
洩是一乗之法也仍而
無言書如件

      一川傳外
享保十六亥彌生 正章(印)(判)


   高橋又次殿

不傳流兵法大目録

 (印)
 不傳流兵法目録

一 無一劒 口傳
一 無二劒
一 無上劒
一 斬左右剣
一 間積
一 相心
一 目付
一 猿猴附水月
一 戸入
一 馬上鎗付勒
一 脇指
一 法性
一 小車

右之條〃貴殿數年御執心
不浅其上所作錬磨依有之
一流一通毛頭不残令相傳
者也自今以後執心之方
有之者先以實為大将以
勘忍為城郭以理直心
不得己用剣謂之理剣
者也是以不傳流者一生
之間以不用刀為本意所
謂以不戦為勝者也右之
趣為弟子者以是可被示之
雖為主君親子兄弟以
神文可有指南者也弥以
二六時中無怠慢可有工
夫仍大目録如件
 浅山一傳一存判
 伊藤不傳次春判
 安間鏡傳

享保元丙申年
 十一月吉日  速晴(印)(判)


 吉岡平右衛門殿
【訳】
右の條々貴殿数年御執心浅からず其の上所作錬磨これ有るに依て一流一通毛頭残さず相傳せしむもの也。 自今以後執心の方これ有らば先ず以て實の大将たる勘忍を以て城郭を為し、理直心を以て己むを得ずして剣を用う、これを理剣と謂うもの也。 是れ以て不傳流は一生の間刀を用いざるを以て本意たる所と謂う、戦わざるを以て勝ちと為すもの也。 右の趣弟子たる者に是を以て示さるべし、主君親子兄弟たりと雖も神文以て指南有るべきもの也。 弥以て二六時中怠慢無く工夫有るべし、仍て大目録件の如し。

年 年の異体字
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